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第2章 超人ヒムニヤ
《神妖精》超人ヒムニヤ(5)
しおりを挟むこの頭の痛みは何だ……。
俺はまた死ぬのか……。
「いい加減、シャキッと……せんか――――いッ!!」
バチバチバチバチバチバチ!!
往復ビンタを食らう。
目の前にいるのは……リディアだ。
「……おふ。ぶっ……何、するんだ……よ!」
「何するんだもクソも……なーーーーーい!!」
バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!
何だ何だ。
何故こんな目に合ってるんだ俺は。
目に涙を溜め、恐ろしい形相で迫ってくる。
「ちょっと……ぶっ……待って……ぶぶっ……リディ……ぶぶぶっ」
「リディア、ちょっと待ちなさい。殴るのは後にしなさい」
ようやくリタがリディアの腕を持ち、制止してくれる。
「おはよう……マッツ。ご機嫌はいかが?」
何故だか、氷のような目つきをしている。
とても怖い。
「あ、ああ。なんか頭が痛い、位かな。ハハ……」
「そう。ならよかったわ。……ところで、さっきの行動は何? 今回はどう言い訳するのか見ものだわ。どれだけ苦労してヘンリックがあなたをここまで運んだと思ってるの?」
何か知らんが、リタがマジギレしている。
「いや、ちょっと待ってくれ。何が何だか……」
周りを見渡すと、皆、勢揃いしている。
ふと、俺のすぐそばに聖なる者の気配がし、目を向けると、先程の女神がいるではないか。
「うおう!」
「ん? どうした?」
「あんた……」
「フフフ。どうだ? お前がキスしようとしていたのは、この老婆だぞ?」
「え? 老婆?」
「……ん!?」
老婆なんぞ、どこにいるんだ?
恐ろしく綺麗な女神様が、そこにいる。何やら怪訝な顔をしているが、それもまた、麗しい……。
「お前……まさか、私が視えているのか?」
「え? 見えてるけど……さっき、俺を助けてくれた女神様だろ?」
「何だと!? これは……そうか。お前、『神視』の特性を持っているのか」
「『神視』……ああ、そういえばサイエンのジジイも驚いていたな」
そこで、今度は本当に心底驚いた表情をする女神。
「サイエンだと! お前、サイエンに会ったことがあるのか!?」
「あ、ああ……。でも、ここにいるみんな、アデリナとエルナ以外はみんな会ってるぜ?」
そこで口をつぐみ、俺をマジマジと見つめる女神様。しつこいようだが、なんと綺麗なお顔なんだろうか。
そして、不意に大口を開け、笑い出す。
「アッハッハ! これは愉快。そうかそうか。こんな奴が今の世にいるのか……『神視』持ちに仮の姿など無意味。では、私も姿を晒すとするか」
そして―――
皆がどよめく。
今までの会話と前回のサイエンの事例でわかっている。今、見えたのだ、みんなには―――。
「な、な、な……」
エルナは何が起きたかわからない、を如実に表す大きさで口を開けている。実にわかりやすい。
アデリナもビックリし過ぎて声が出ないようだ。
無論、サイエンを見たことがある他のみんなも驚いている。まあ、老婆と言っていたからな。ギャップはすごいだろう。
「『賢人ヤコブ』は、姿を隠すための仮の名。本当の私の名は『ヒムニヤ』と言う」
「ヒムニヤ!!!」
エルナが素っ頓狂な声を上げ、なんと、気絶してしまった。
エルナは知っているのだろう。この女神様の名を。そうか、ヒムニヤ様というのか……。
「《神妖精》……超人ヒムニヤ……本当にいたんだ……」
クラウスの独り言に頷く。うんうん……ん? 超人?
「超人だって? あのサイエンと同じ? 神様じゃないの?」
「失礼な事を言わないで下さい、隊長! ヒムニヤ様はツィ系魔法を極めたお方、私の中では神に等しいお方です!」
珍しくクラウスが激昂する。
「待て待てクラウス、まあ落ち着け。さっき、夢にこの人が出てきて、えらい気持ち悪い奴から助けてくれたんだよ。気持ち悪い奴から一転、この絶世の美女だぜ? そりゃ本物の女神様だって思うだろうよ」
「いや……それは、確かに……想像をはるかに超える美しさですけれども」
改めてマジマジとヒムニヤを見つめるクラウス。
「だろう? 真っ暗だったし、俺はもう、てっきり竜にやられて死んだんだと思ってたんだよ。そしたら、このお嬢さん……ヒムニヤか、が助けてくれたんだ。もうそりゃ死後の世界だろ、そんなの」
「死んだら誰とでもキスするの? 誰でもいいの?」
いつの間にやら再びロッドを握りしめたリディアが横にいた。背筋が凍る。
「ちょっと待ったぁ~~~! 一回、みんな、落ち着こう! マッツにーさんも目覚めた所だし」
ナイスだ、アデリナ。君は命の恩人だ。
「わ、私もそう思います。皆さん、お茶にしませんか? さ、リディアも落ち着いて……。私も少し頭を冷やしたいです……」
リタに起こされたらしいエルナに促され、リディアも持っていたロッドをしまう。
おお……。
ちょっと待てよ……
さっき、俺はアレで殴られたのか……。
死んでても起きそうだな。
―
皆でお茶をすする。
誰も喋らない。
死んだと思っていたら、目が覚めてみんな無事だった。
よかった―――
とにかくみんな無事でよかった。しかも状況から見て、俺はみんなに助けられたんだろうな。
「……では、そこの男、マッツ・オーウェンに何が起こったかを説明しようか」
ヒムニヤが紅茶を置き、口を開く。
「マッツは竜と戦い、森の妖精の娘と少年を助けた。相手の竜だが、北の暗黒大陸から追われ、この大森林に逃げ込んできた竜だ。この竜、名をアルトゥールという」
ほほう。竜に名前なんてあるんだな。
「アルトゥールと私は知己でな。彼の体の傷を見て、憤慨したものだ。治してやろうと言ったのだが、いいと言うのでな。……まあ、傷といっても、お前がつけた傷とは比べもんにならんほど、微々たるものだったがな。ハッハッハ」
おぉ……。
俺は超人のお友達の脇腹に穴を開けてしまったか……。
「いや、だってあれは、あいつが先に人質取ったり、無茶苦茶やってきたりするからさ……俺の脇腹だって穴開いたし、死にかけたんだぜ?」
「わかっておる。お前に怒ってはおらん。結局、お前には情けをかけられたと言いに来たしな……さて、そのアルトゥールだが、彼を傷付けたのは暗黒大陸のドラフジャクド皇国、皇太子ラーヒズヤ。そしてその直轄軍団で、皇国最強と言われる黒竜戦団」
竜を追い払う奴って、一国の軍隊だったのかよ……。
「しかし、彼等は操られているに過ぎん。彼等を陰で操っているのは、超人ヴォルドヴァルド。奴は暗黒大陸から、竜を追っ払おうと精力的に動いているようだ」
「やっぱり……そんな気がしたよ……」
「どれだけ、敵に回さないとダメなんです?」
クラウスが恐る恐る尋ねる。
「お前達の旅の目的は神の種だろう? それはヴォルドヴァルドが持っている。そして奴は身を守る為、皇国を操っている。つまり……」
「基本的に……全て敵に回す、と考えた方が良いって事ね」
リタが深刻な顔をする。
それはそうだ。ちょっとさすがにこれはまずい。
「モンスターや野盗レベルならいくらでも相手してやるが……国を敵に回すのは俺達の立場上、まずい」
そう。仮にも俺達はランディア王国守備隊だ。それが他の国の軍隊と戦うという事は、神の種だけの問題では済まなくなる。世界の平和を守ろうとして、戦争を起こしてしまう危険がある。
「マッツ。お前の言いたい事はわかる。だが、心配せんでよい。先程も言ったが、彼等、皇国の人間はヴォルドヴァルドに操られているだけ。お前達が奴を倒せば、感謝されこそすれ、怒る奴などいないであろう」
「……失敗したら、戦争じゃないか」
「どっちにしろ、お前の旅の目的も失敗出来ないんだろう?」
「いや、まあ、そりゃそうなんだけど」
それはそうなんだが……リスクがデカすぎる。
考え込んでいると、ヒムニヤが口の端を少し上げ、とんでも無い事を言い出した。
「大丈夫だ。安心しろ。私も付いて行ってやる」
………………
「「「「「「「え!?」」」」」」」
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