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第3章 英雄
二人の領主(2)
しおりを挟む「今、『初めまして』と言ったが……お前達と私達は、既に一度会っているな?」
「む……」
2人が顔を見合わせる。
「俺も同じ感覚がありますね。マリほどはっきりとしたものではないですが」
う~ん、と驚いた表情で低く唸り、お互いの顔を見合うマジュムルとエイゼル。
そして、急にワッハハと笑い出す。
「流石ですね。驚きました。あの大勢の人の中で我々を捉えていたとは……気配は消していたつもりだったんですが」
「確かに我々はあの時、あの場にいました。そちらのマリさんが巨漢を吹っ飛ばした、あの酒場に」
ああ、と皆、納得する。
「ふふ。あの場では私達に関心を持たない方が不自然、ではないか?」
「なるほど……気付いていた素振りなど全く見せなかったのに」
「いやはや、勉強になりました」
『マリ』のような小娘(推定19歳)と俺の様な若造(24歳)に、いい歳の中年が心底、感服した態度を取る。
どうやら悪い奴らではないようだ。
「特にゴビン様に指示された訳ではないんですが……失礼ながら、本物の剣聖殿とそのお仲間なのかどうか、事前に見ておこうかと」
マジュムルが髭を触りながら言うのに、エイゼルが続ける。
「何せ、傭兵として高値で雇われたい、と竜殺しの話をする旅人など、毎年大勢いますので。本物だったことなど、一度たりともなかったですが」
ふむ。なるほど。
ある意味、俺も同じ手口なんだが……だが、俺は本当に竜殺しだからな! 殺してないが!
「しかし、剣士として高名な剣聖である、オーウェン殿なら或いは……と領主が期待しておりまして」
「わかりました。私は本物のマッツ・オーウェンです。そこはご安心を。竜殺しというのも本当です。まあ、殺しまではしませんでしたが。……では、竜退治の傭兵として召し抱えたい、と言うお話と思って良いでしょうか?」
しかし、再度、うーんと唸るマジュムルとエイゼル。
おや? 違うのか?
「いや、実はですね……少し我らの口からは言いにくい。ご予定もあるでしょうが、一度、我ら領主の居館まで来て頂けないでしょうか? 直接、我等が主人のゴビンから話を聞いて頂きたく」
「言いにくい、と言う事は、竜退治とは違うんですね。……ほほう。何でしょうね……わかりました。後日、伺いましょう」
喜色を浮かべ、ウンウンと頷く2人。
「それは有り難い。ここまで来た甲斐があったというものです。では地図をお渡ししておきます」
そう言って、手書きの地図をくれる。
……
非常にわかりやすい。
紙の上から下にぐにょぐにょと蛇のようにくねった線が一本、それに矢印をつけて『赤い道』と書かれてある。
その線の上側と下側に星印が1つずつ、下の星には矢印で『イマココ』と書かれてあり、上のそれには矢印で『メシュラン(城ココ)』と書いてある。
そして、紙の右下に大きく『大体、5、6日』と書いてある。
思わず、噴き出しそうになる所を抑える。目の前の2人が大真面目だったからだ。
「随分と、分かり易い地図ですね」
「いやぁ、それほどでも。褒めて頂けると嬉しいです。昨日、2人で何枚も書き直しましたので」
これでか!
いや、本当に分かり易いけどさ。
むしろ、ボツになった地図を見てみたいものだ。
「ところで1つ気になったのですが、何故、そんないでたちを?」
「ああ、これは……」
「オーウェン殿の真偽が不明な場合、身をもって確認する所存でしたので。我等の見立てでは、まず間違いなく本物、と判断していますので無用となりましたが」
なるほどな。
真偽が不明とは言え、竜殺しとやるんだ。そりゃ重装備になっちまうだろう。
「なるほど……もう1つ、我々を見つけるのが早くないですか? まだ入国して4日目です。昨日の騒ぎから見張っていたとすれば3日目の時点で既に把握していた事になりますよね」
そこでまた二人、顔を見合わせ、バツ悪そうな顔でマジュムルが口を開く。
「少々言いにくいのですが……貴方方の事は、実は古竜の大森林を抜けてきた辺りから把握しておりました。勿論、貴方方を見張っていた訳ではなく、国の防衛の為、と考えて頂きたい」
「そこで、高名な剣聖、そしてビルマークの最高位魔術師エルナ殿と酷似した旅人が我が国に向かっているとの知らせがあり、我々が来た、という次第です」
うん。これも腑に落ちる話だ。モンスターや不意に攻められない為の見張りなら、その辺りにいても不思議ではない。
しかし、エルナは美人だし、力も凄い。ある程度有名なのはわかるとしても、俺ってそんなに有名なのか? ただの田舎の一兵士だぜ?
「あまり他国の方にお聞かせする話ではないのですが……ひょっとするとオーウェン殿にも関係があるかもしれないので、申し上げておきますが……」
そこで、一段、声を低く、小さくするマジュムル。
「実は今、この国には『ケルベロス』と呼ばれる、東のアスガルド帝国の凄腕暗殺者が入国している、という情報があり、通常時よりも警戒態勢を強めています」
「ケルベロス……」
「私、聞いたことあるわ」
俺が首を傾げていると、リタが話に入ってきた。
「え!? 本当ですか! 今は少しでも情報が欲しいのです、知ってる事を教えてもらえませんか!?」
エイゼルが食い付き、メモ帳を取り出す。
「アスガルド全土で恐れられた暗殺者、幅広の剣ファルシオンを使う。相当な使い手で、焰剣士ケネトともやり合った事がある、と聞いてるわ」
ケネトと?
そんな凄い奴が?
いやいや、あいつ、修羅剣技使いだぞ……。
「成る程成る程……性別は? 性別はわかりませんか?」
エイゼルの突っ込みに首を振るリタ。
「性別や年齢はわかりませんわ。狙われて生き残った者は、ケネト以外ではいないんじゃないかしら……。ここ、数年ほど噂は聞かなかったけど、こんな所にいるなんて」
「その噂が立ち始めたのはいつ位からなんです?」
俺の問いにエイゼルと顔を見合わせるマジュムル。
「ここ、2、3ヵ月、といった所でしょうか」
最近だ。
神の種と何か関係があるのだろうか。それとも、この国の何かと……?
「情報、ありがとうございました。バルジャミン内部で展開させて頂きますね。オーウェン殿らも道中、呉々も気をつけて」
メモし終わったエイゼルが言う。
「では御用意もあるでしょうから、我々は先にメシュランに戻って領主に報告しておきます。お待ちしておりますので!」
「分かりました。ではまた、後日、お会いしましょう」
そう言って2人とはそこで別れたのだった。
その後、一旦部屋に戻る。
「ベッドも飯も満点だったが、さっきの話の通りだ。出発するぞ」
「ええ~~~」
「あ~~あ」
「……それは残念です」
「お前ら、マジか」
古竜の大森林から野宿が多かったしな。
気持ちはわかるが。
「まあ、そもそもずっと旅を続けているんだ。今更言うまでも無いだろうが、各自、必要なものは今日中に用意しておいてくれ。ここはかなり大きい街だし、色々揃うだろう。明日の朝、出発する」
「は~~~い!」
そんな訳で、俺達は明日旅立つのだが、大丈夫だろうか。
返事をしてくれたのがアデリナだけだったんだが……。
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