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第3章 英雄
竜討伐(3)
しおりを挟む俺達は超人ヴォルドヴァルドに一歩、近付いた。
最早、射程内だろう。
ドラフ山脈からの帰り道、興奮したラーヒズヤが、ついにその名前、最重要人物の名前を口に出した。
―――
『剣聖、お前の働きは万人に値する。皇帝に会え。我が父、ヴィハーン・クマールに』
―――
ドラフジャクド皇帝、ヴィハーン・クマール。68歳。
元々は旧パヴィトゥーレ王国領の武官。30年前、先代皇帝プラカーシュ・カーンからその軍事力と政治力を認められ、第9代皇帝となる。
入国前、ヒムニヤに教えてもらった情報を復習する。
そして、ラーヒズヤと共に、ヴォルドヴァルドに操られている1人でもある。
心の中でガッツ・ポーズをし、真面目くさった顔をして、ラーヒズヤ様の後から参ります、と、一旦、彼と別れ、俺は『竜討亭』に戻ってきた。
「ただいま~」
男部屋のドアを開け、無事、帰ってきた事を告げる。
「マッツ! お帰り~~~!!!」
「うわっ!」
突然、部屋からアデリナが飛び出してきた。
両腕を俺の首に巻き付け、抱きついてくる。
顔が近い近い。
「ビックリしたぁ……アデリナ! ただいま!」
笑顔でアデリナを抱いて、振り回してやる。
かっる! 綿みたいだ。
「ひゃあ~~~」
と言いつつ、満面の笑みのアデリナ。無事にこの笑顔を見れて良かった。
「一番に抱きつくんだ、とわざわざこっちの部屋に来てたんですよ」
クラウスが、お帰りなさい、と微笑みながら教えてくれる。ふふ、アデリナらしいな。
「どう?『風のブーツ』は、役に立った?」
「ああ、旅の間も全然疲れない。ってか、これ、みんな履いた方がいいぜ。メチャメチャ楽だ」
「へ~そうなんですね。僕も買おうかなぁ」
アデリナと俺のやり取りを聞いて、羨ましそうにクラウスが呟く。
「これはオススメだぜ! 良いものを貰ったよ」
「なら、良かった!」
ギュ~~~
アデリナが抱きついて……いや、絞め付けてくる。
う……苦し……。
「マッツ! お帰り! ……って、何やってんのアンタ達」
リ……ディア……ただいま……。
根負けして、タップする。
「やった! 勝った!」
「ゲホッ! ゴホゴホッ!!」
単なる絞め技になってたんだが……。
帰って来て早々に落とされそうになる。
「帰るなり、賑やかねぇ」
「ホントですね。リディアも行って来たら?」
リタとエルナがリディアの後ろから現れる。
「フン。カンケーないですッ! ……で、どうだったの? 竜討伐は」
「見た感じ、傷の1つも負っていないな」
ヘンリックがなかなかに目ざとい。
「まあ、ここじゃ何だから部屋に入ろう。女子部屋に行こうか」
そうして俺達は広い大部屋に移動する。
そこでやっと皆に、今回の竜討伐の一件はヒムニヤ、アルトゥール、俺で予め仕込んでおいた事を説明、同時に、この事は冗談でも絶対に言うな、と念を押す。まだバレていい段階ではないからだ。
そして、遂にヴィハーン皇帝に会える事になった、と告げる。
「うおおおお! やった! マッツ!」
アデリナが俺の右手をギュッと抱きしめる。
リディアの眉がピクッと釣り上がる。
だが、アデリナの言う通りだ。これは喜ぶべき事だ。ようやく、辿り着く。
とはいえ、問題はまだある。
「皆に言っておく。ここまでは順調だ。目論見通り、と言っていい。問題は……ここからだ」
皆、真剣に聞いてくれているので、そのまま続ける。
「これから俺達はパヴィトゥーレにあるこの国の首都、ペザを目指す事になる。ここからはいつ、何が起こっても不思議じゃない。気を付けてくれ。誰が敵か判らない。何か1つ、歯車が狂ったら取り返しのつかない事になる、と肝に銘じてくれ」
声を更に低くする。
俺も頭で断片的になっていた情報、状況を順番に引っ張り出す。部屋の中がシ―――ン……となった所で、話を続ける。
「では、状況を整理し、おさらいをしよう」
アデリナがコクコクと真面目な顔で頷く。
「まず1つ目だ。バルジャミンの酒場でヒムニヤが大男を吹っ飛ばした後、シャムという男がヴォルドヴァルドの使いだ、と訪ねてくる。ヒムニヤに対して挑発とも取れる内容だったが、ヒムニヤがヴォルドヴァルドからでは無い、と看破した」
「じゃあ、誰なんだ」
腕組みしながら、ヘンリックが口を挟む。
「そう。シャムは何者だ? こいつにその伝言を依頼したアルという男。こいつは何者だ? そして、その背後にいるのは誰だ? 何もわかってはいない」
そこで一度、皆を見回し、話を続ける。
「2つ目は、『ケルベロス』と呼ばれる、東のアスガルド帝国の凄腕暗殺者が入国している、という情報だ。噂が立ち出したのは、聞いた時に2、3ヵ月前、と言っていたから、今は3、4ヵ月前ってとこだ」
「マジュムルとエイゼルが教えてくれた件ね」
リタの確認に、頷いて肯定する。
「こいつに関しては、居場所や目的、一切、何もわかっていない。俺達とは何の関係も無いのかもしれない。が、気を抜くな。どこで出会うかもわからない。リタが聞いた噂通りだとすれば、相当な腕前の奴だ」
「ヴォルドヴァルドとやる前に、手合わせしたいもんだな」
ヘンリックが珍しく、口元に笑いを浮かべる。こいつなら相手できるかも知れない。しかし油断は禁物だ。
俺は真剣な表情を崩さず、更に続ける。
「3つ目だ。俺達はバルジャミン領主ゴビンとドラフキープヴィ領主アクシェイ、2人とも面識がある、が、この2人が少し妙だ」
「妙、とは?」
エルナが神妙な面持ちで聞き返す。
「わからないんだ。僅かに気配の違和感がある、というのかな……勘なんだが。ヒムニヤはもう少し何かを感じ取っているようだが、それでもはっきりとはわからんらしい」
「ヒムニヤ様はそれを確かめる為に残られた」
「そうだ、クラウス。最初に順調だと言ったが……そういう意味では、少しずれ始めて来た、と言っていい。ヴォルドヴァルド戦にヒムニヤは必須だと考えているからな。その前に合流はしたい」
もう一度、部屋を見回し、部屋の外にも監視の気配がないか探る。
大丈夫だ。人の気配はあるが、ただの傭兵共だろう。誰も聞いている奴はいない。
「最後だ。ここドラフントに来てから、俺達は監視されている」
「え!?」
クラウスが目を見開く。
「誰か、気付いた奴はいるか?」
「今、言われて、それと気付きました」
エルナが挙手する。
「いつ?」
「貴方が討伐に行っている間です。私とリディアで町にアイテムを見に行った時に明らかに視ている視線を感じました。知らん振りしておきましたが」
うんと1つ頷く。
さすがエルナだ。落ち着いている。
「実は俺とヘンリックが空き地で練習していた日、同様の気配を感じている。そして竜討伐時、討伐隊に参加している連中の中にも俺を監視している奴がいた。その時、エルナ達も視られていたとすれば、最低、2人はいる事になるな」
リディアが眉をひそめ、自分の腕を抱く。
不安だろう。今までこんな目に遭った事が無いんだから。
「今の所、敵とは断言出来ないが……明らかに俺達を監視している誰かがいる。誰と誰が手を組んでいるのかわからない。ここから先、いつ、どこでどんな邪魔が入るかもわからない。みんな、ここからは一層、気を引き締めてくれ。行動は必ず2人以上で。絶対に1人になるな」
「わかりました」
「わかったわ」
「わかった! ずっとマッツと一緒にいるよ!」
更にギュッと引っ付いてくるアデリナの髪をゆっくり撫でてやる。
「バルジャミンとドラフキープヴィの兵士達は明日、ここを出発する。ざっとパヴィトゥーレまで15日の距離、そこから首都ペザまで更に5日間だそうだ。俺達は明日から3日間程で準備をし、ここを旅立つ。その前提で頼む」
みな、頷く。
その時、不意に大切な事を思い出した。
「あ、そうだ。話は変わるんだが……さっきアデリナには言ったけど、みんなから貰ったこのブーツ、最高だったぜ! 有難うな! 疲れないし、履くと軽いし、みんなもこれにした方がいいぜ!」
急にトーンを変えたので、みんなキョトンとしている。が、横のアデリナが真っ先に反応する。
「あれ、見つけたの、リディアだよ! みんなであの店に行く?」
リディアが!?
それは意外だ。何となく。
「まだ残ってるかな……投げ売りのカゴの中から見つけたのよ」
「明日、行ってみようぜ!」
そんな訳で次の日、目的の店に連れ立って行ったのだが、『風のブーツ』は有るには有ったものの、なんとリディア達が買った時の数百倍の値段になっていた。
店主に聞いたところ、ラーヒズヤ皇太子が認めた有名な竜殺し、剣聖が同じブーツを履いていた、と言う噂がこの数日で広まり、プレミアが付いた、との事だった。
グヌヌ……。
仲間の冷たい視線が刺さるのがわかる。
その日は予定を変更し、これに相当する、いい感じのブーツを人数分探し、ドラフント中を歩き回ったのだった。
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