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麻痺

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「何だよ、ニュース終わっちゃったじゃん」
西田はチャンネルを変えていくがバラエティ番組に切り替わっていく。心底つまらなそうな顔がやけに滑稽に思えた。
「動きがあれば速報が入るんじゃない?」
暗に帰宅を促したが西田が座ったまま動かない。だんだんうっとおしくなってきて逆に自分が外に出ようか考えた。

自分を犯した相手とTVを見ながら雑談している。佐伯の感覚もおかしくなっていた。被害届を出せば恥ずかしい思いはするが傷害で西田を警察に突き出すこともできるのに何故かそれをしない。高校時代と長谷川に利用されていた時間が倫理観を壊してしまったんだろうか。ストックホルムってやつか。自分の心もかなり壊れているんだなと思ったが今までは後藤がさり気なくサポートしてくれた。その後藤にも暴力的に犯されたのに音信不通になっている彼を心配している自分もいる。

『感情が絡むとややこしいだろ?』と後藤はよく言っていた。こういう事なんだろう。
「美少年狩りに警戒していたけど、よく考えたら俺たち『少年』じゃないよな」
唐突に西田が言った。確かに佐伯は20歳を過ぎている。土屋は19歳だ。どちらを狙うかとしたら答えは簡単だ。
どうして自分がターゲットになると勘違いしたんだろう。
「それだけ自分は若いと思ってるんだ。おじさんの悲しいサガだ」
佐伯はそう言うしかない。美少年と呼ばれ続けたせいかそれは永遠に続くものだと思っていた。
「年取ったんだなあ。俺が40になった時、小泉って人みたいになってるとは思えない」
西田はため息をつく。
「ハゲなければいいよ。遺伝子に期待する」
特に何も考えず佐伯が発言すると「ダメだ…」とうなだれる西田の姿があった。

西田が部屋に押しかけてきた時から今まで、手を出してくるんじゃないかと警戒していたが、すっかり小泉に心を奪われた西田からそんな気配はない。
偶然だと思うが、水森のパートナーの名字も小泉だった。どちらも魔性の力があって相手を破滅させた。小泉静に魅了された人間はどうなるんだろう。城におしかけている怖いもの知らず達を見てそう思う。
後藤はどうなんだろう。今まで小泉の話題を出したことはなかったし、組を抜けたがっていた。内部の人間関係はわからないが反りが合わない人間はいる。そちら側だったのかもしれないが。

「ごめん長居して。帰るね」
ようやく西田が重い腰を上げた。
「そう。気をつけて」
「俺は狙われる理由はないから平気さ」
「わからないよ。無差別に来る気がする」
どうも最近勘が鋭くなってきた。倫理観が薄くなったぶん、危険な臭いに敏感になった。

西田を送り出してスマホ画面を見つける。後藤からの着信はない。
死んでしまったんだろうか。

最初の出会いは最悪だった。浴槽に沈められて無理やり暴行された。その後はやけに世話を焼いてくれてこちらが何か動く時は必ず相談した。それが後藤の仕事だったといえばそれまでだが、この部屋をタダで借りられたのも後藤のおかげだし警察より確かに頼りになる。
彼がいないと正確な情報が手に入らない。適当なことを言っているニュース番組のコメンテーターの話をぼんやり聞きながら連絡が来るのを期待した。
はたから見たらうまく利用している一般市民なんだろうか。そんな下心は一切ないが、後藤の言う通り感情が絡むとややこしい。佐伯を見て恨み、嫉妬を抱くものが想像以上に多くいる。確信はないがなんとなく空気でわかるようになってきた。
人の気持ちなんて知らないほうが幸せだ。空気を読まない人間が一番最強かもしれない。うっとおしいが。
「あーっ、もう」
佐伯はイラつく感情を何とかしようと酒を買いにコンビニに行くことにした。

夜になって暗くなっても城は警察のサーチライトで浮かび上がる。
「小泉さん、マスコミからの取材依頼が止まらないのですが、一社くらいは受けてみますか?」
馬鹿に聞こえるので「兄貴」とは呼ばせないようにしている。
「俺に指図するのか」
組長席の前にある若頭席に座って小泉が睨む。怒りの視線なのに目が合うと胸がどきりと鳴ってしまう。
「壁乗り越えてここまで来たやつは?」
「まだいませんが、庭が死体だらけです」

フリーのジャーナリストはスクープ欲しさに手段を選ばない。射撃にすぐれた者を2階に配置して見つけ次第射殺した。
取材受けるふりして女引きずり込んでもいいな。いいことを思いついた。
「女性記者の方が来たら応じてもいい」
「わかりました!確認します!」
元気に一礼して出ていく。アホらし、小泉が冷たい視線を送った。

テーブルの上のスマホ画面を見る。後藤から連絡はない。あのまま意識が戻らないまま死ぬんだろうか。
組を抜けたいと悩んでいた後藤に直接声をかけた。これからは自分で生きていく道を模索したほうがいい。
「なかなか難しいと思うが長い目でみたらそのほうがいい。まだ若いんだから」
後藤からみれば雲の上の人間に心の内を読まれて、さらに背中を押されたからその真意がわからなかったんだろう。
「あがりのうちどれくらい組に納めればいいですか?」
恐る恐る質問してくる後藤に、小泉は大声で笑った。
「企業舎弟になれって言ってんじゃねえよ。考えがあるならさっさと足洗って違う人生歩けってこと。オヤジには俺が話つけとくから」
「いえ、自分で言います。けじめつけろって言われたら…」
「だから、それがいらん考えだ。食っていける算段あるならそれで生きていけ」
「小泉さんはどうするんですか?」

その答えは当時はまだ漠然としていて言語化するのが難しかった。「何とかなる」と曖昧に答えたがなるわけもなく良案も浮かばない。そうしている間にもカネにあえぐ人間が自ら命を断っていく。
死神に取り憑かれたのはその頃だった。

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