海に抱かれる

希京

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白い粉

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アパートで目を覚ましたのは昼過ぎだった。
あれから浴びるほど酒を飲んで、中野たちに利休のことを根掘り葉掘り聞かれて閉店時間になったらすぐ店を後にした。
聞かれても流れている噂どおりの男で、新しい情報はない。
無職の藤堂は昼過ぎに起きても問題はない。
強いて言えば二日酔いで頭が痛いことくらいだった。
金はないが店に顔を出すと中野が全部支払ってくれる。
その資金はどこから出ているのか、詳しいことはわからない。

ただの暇つぶしに毎日のように店に向かう。
また会えるかもしれないという淡い期待を抱いて、髪を整えて真新しいスーツを着て出かけた。
ネオン輝く道を歩いていくと店の奥のボックス席で中野たちは声を潜めて何か話している。

今夜は中野の隣に可愛い顔をした実玖という男と、マスターと同じ年くらいの年上の男、短髪で筋肉質ながら細身のスーツを着ている寡黙な男が同席している。
「こっちは元公安の渡辺さん、向こうは元警察の特殊部隊所属だった織田さん」
中野はまわりを囲む男たちを藤堂に紹介した。
連中の正体には興味ないが、『元』とはいえ警察関係者がこんなに深く食い込んでいるのはスパイではないかと疑ってしまう。

「みんな肩書は『元』さ。今は金儲けに奔走して法に歯向かう悪い大人だ」
「罪の意識が高まると私の教団に懺悔しに来るの」
その発言で白髪の杏里が新興宗教の教祖だということを初めて知った。
「それで?」
中野が話を戻す。
「セミナーは成功よ。希望者だけ集めて神の聖水を飲んでみんなハッピー」
「シャブ入りジュースか。悩みなんか吹っ飛ぶな」

杏里は大きなブランドバックから新札の束をテーブルに置いた。
「今夜顔を出した人間で100万ずつ山分けだ。みんな持ってけ」
驚愕している藤堂の目の前にも金の束がテーブルを滑ってくる。
「俺は何もしてない」
返そうとすると杏里が止めた。
「口止め料か?」
「生活もあるでしょ?気にせず受け取って」
足元を見られた嫌な言い方だが、もうすぐ失業保険も切れる。正直喉から手が出るくらい金がほしい。
「一生懸命働いても報われなかっただろう?今までのご褒美だと思ってこれからは楽してくれ」

犯罪の片棒を担ぐ前に金だけ受け取った。後が怖い。
「……」
後があるのだろうか。
渡辺や後藤は無表情でジャケットの胸ポケットに金をねじ込んでいる。
藤堂も震える手で札束を握ると空っぽの財布に入れた。

「じゃあ飲もうか。マスターよろしく」
中野の一言で、キープしているボトルとグラス、そして冷えたシャンパンが運ばれてくる。
「今夜の良き日に乾杯!」
そこにいる全員シャンパングラスを掲げて歪な宴が始まった。
いい具合に酒が回った頃、店の入り口が開いて客がひとり入ってきた。
もしかして警察か、藤堂はびくっと体を震わせたがやってきたのは利休だった。
ふわりとした大きめの黒いシャツにゆったりした黒のズボン姿で立ったままマスターと何か話している。

ボックス席の中心に座っていた中野がすっと立ち上がって利休に近づいていった。
「白い粉の入手先は利休の叔父さんの組織からなの」
横から杏里が聞いてもいない真実を話した。
自分以外の人間は利休の正体を知っていたのか。
疎外感を感じて藤堂は早いペースで酒を飲んでいく。
いつも無愛想な利休が、笑顔で中野と話しているのも何故か癪に障った。

話が終わった中野が利休を連れて席に戻ってくる。
ムッとしている実玖の横に中野を挟んで利休が座った。
マスターが新品のブランデーとグラスを持ってきてテーブルをつなげて空間を広くする。
「ボスによろしく。今夜は存分に飲んでいって」
ボトルの封を中野自ら開けて、利休の酒を作った。

気分を害した実玖は渡辺や織田と話しだして、中野は愛想よく利休と接している。
まんざらでもない感じの利休を見ると藤堂はさらに飲むスピードが早くなった。
「悪酔いするわよ」
横に座る杏里がみかねたのか藤堂のグラスをそっと押さえる。
「これ飲んだら帰るから」
「えー?藤堂さん帰っちゃうの?つれないな」

中野越しに利休が声をかけてきた。
今まで一言も自分に話しかけてこなかったのに、どういうつもりだろう。
酔った頭では正確な答えをはじき出せない。
改めてまわりを見ると、真面目そうな織田まで酒に飲まれて笑っている。
今夜は脳をアルコールで溶かして本能のまま動いてみたい気分だった。
「僕そろそろ行くから藤堂さん貸して」
「どうぞ。気をつけて」

突然の展開に唖然としている藤堂の腕を引っぱって利休は立ち上がった。

「ふう…。ああいうの苦手」
店を出てから利休はため息をついた。
「楽しそうだったじゃないか」
「中野さんは接待のつもりだったろうけど、女みたいな顔の男、怖かったあ」
「あんたも女みたいな顔してるだろ」
「藤堂さんも怖い顔して僕を見てた」
腕を組んだままふたりで階段を降りる。

「あんた何者なんだ?」
階段の踊り場で利休の腕を振り払った。
「何が?」
「薬物を売る組織の関係し…」
全部話す前に、口を手のひらで塞がれた。
「誰が聞いてるかわからん所でそんな事言うな」

耳元で囁かれて呼吸がくすぐる。
その刺激だろうか。

気がついた時、利休を壁に押さえつけて唇を貪っている自分がいた。
女のような顔だが性別を間違うほど酔ってはいないはずだったが、利休は抵抗せずむしろ腕を回して体を引き寄せてくる。
糸を引いて唇を離すと、酒に酔ったような表情で利休は藤堂を見ていた。
「…っごめん…!」
我に返って慌てて離れたが利休の腕が藤堂を掴んだ。
「続き、しないの?」
ぎりぎり保っていた理性も、利休のひとことで吹き飛んだ。









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