海に抱かれる

希京

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本音と建前

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薬物というとすぐ頭に浮かぶのは「ヤクザ」の3文字。
元公安の渡辺の話によると、薬物を扱っている組織は軽蔑されて義理事でも端に座らせるような外道な行いなんだそうだ。
利休と藤堂も杏里の部屋に合流してテーブルを囲んで話し合っていた。
白いワンピースの上に藤堂に借りた黒いジャケットを着てソファにあぐらをかいて座っている利休に、男の視線が集中してしまう。

女のような顔。
というか全身女にしか見えない。

貧すれば鈍するというように、不景気な昨今それなりに大きな組もグレたガキを使い走りにして違法なものをさばいて上前をはねているらしい。
「まともな組なら手を出さない。金儲けが下手な所が資金繰りの苦しさでやってしまう。そして今は組に属さないいわゆる半グレ、つまり俺らみたいなわけのわからない人間が扱ってる」
『まともな組』という定義が藤堂にはわかりにくい。
犯罪者に良いも悪いもあるか。それが藤堂の感覚だった。
「俺達みたいな中途半端な集まりに、中国や韓国の裏社会が高待遇してくれるとは思わないね。狼は利休の親戚だったら何とかなったがそれでも結構危ない綱渡りだった。次は本物のマフィアが相手だ。俺だったら一か八か海に飛び込んで逃げたいよ」

動揺しているせいかハイテンションで説明していた渡辺は、ネクタイを締めたり緩めたりを繰り返している。織田は姿勢を崩さず冷静な顔で話を聞いている。
杏里はまだキマっているのかけっこう強気な方向に進もうとしている。
「義理もシマもあらへん僕らみたいなほうが軽く動けるから向こうはそこに目をつけたんちゃう?」
利休も強気の姿勢で押してくる。

「金の流れを掴まれなきゃいいんでしょ?宗教は非課税だし何も起こさなければ警察の介入なんてないわよ」
「犯罪組織の逮捕の突破口は脱税やし」
「宗教ってだけで公安はピリつくんだ。どっかの団体がどえらい花火あげてからな」
情報だけでは理解が追いつかない。こういう時は直感を信じるしかない。
自分が何をしたいか、何が欲しいか。
とりあえず一度自分の部屋に戻って身なりを整えることになり、杏里を残して男たちは散り散りになった。

「利休」
普段無口な織田に呼び止められて利休は不思議そうにふり向いた。
藤堂は随分先に進んでいる。
「現状どんな絵を描いてる?」
「……」
冷たく光る織田の目を、利休はしばらく無言で眺めていた。
「実は僕が選んだ狼のメンバーは生かしてる。前から祐樹が僕をトップにした別動隊を作るって言ってて人選はしてた。それを残した。織田さんならすぐ見抜くと思うけど会場に配置しとく。交渉決裂したら戦争やな」
「藤堂に話したか?」
「話したってわかんないと思うから言ってない」

壁にもたれて利休は『わかるでしょ?』とでも言いたげな視線を向けて笑っている。
人によって言い方も態度も変えるこの男を信じていいのか判断に迷っていると、利休はくすくす笑い出した。
「そんな怖い顔せんとってよ。舐められてるほうが相手は油断するから今の状態のほうがいいって。パパは日本への密売ルートさえ確保できればいいって考えだから、それを持っているならどこでもよかったんだ。問題は日本で派手に動いて渡辺さんが言った『まともな組』と揉め事を起こさないようにすること。こっちのほうが難しいよ。今の所はこんなもん。後は出たとこ勝負」

もし藤堂が巻き込まれて死んでしまったらこの男はどんな顔をするのだろう。
そんな意地悪い事を考えていたことを読んだのか利休の表情は厳しくなった。
「目の前に人殺しがいるのに普通にしゃべってる織田さんもおかしくなってるよ。元警察官でも人を殺したことはないでしょ?今夜織田さんが男になるのを楽しみにしとくわ」
手をひらひらしながら利休は織田から離れて自分の部屋に戻っていく。

「俺は…っ、人殺しになるために警察官になったんじゃない」
自分の全てを否定されたような気になって思わず叫んだ。本来は利休のような悪を捕まえる側の人間だったはずだ。
「正義で飯が食えなかったからこっち側に来たんやろ?いい加減腹くくれや」
女のような顔から強烈な圧を感じて織田はしばらくその場から離れられなくなり、ひとり廊下に残された。
情緒不安定でころころ気分が変わる扱いにくい男だが、体に流れる骨肉の運命からは逃れられず利休は生まれながら裏社会で生きている。
死を覚悟している人間の放つオーラが利休をより美しく咲かせている。
遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、それが幸薄そうに感じてどんな感情で今の気持ちを納得させればいいのかわらなくなった。

約束の時間より少し早く、重い気分のまま「運良く」予約が取れたレストランに向かうと、円卓を囲む数人の客に混ざってボディガードも連れずに座る男がいた。
ふわりと緩く流れる黒髪をアシンメトリーに分けて濃いグレーのマオカラースーツの男、そして白いアオザイを着て当然のように横に座り笑顔で話している利休の姿があった。
時間通りにやってきた胸を露出した黒いドレスを着た杏里と、渡辺、そして藤堂が入り口で立ち止まる。
男は利休の耳元でなにか囁いて、利休はそれを聞きおわるとこちらに笑みを浮かべて招いた
「はじめまして。シム・ジョンスです」
例えるなら帝王、そんなプレッシャーを感じる冷たい美貌の男に杏里だけは堂々とした態度とそつのない笑顔で挨拶して腰をおろす。
織田は何気なくまわりを見ると、利休の言っていたように一般の客に混ざって配置されている人間たちに気がついた。
それは自分たちを守ってくれるのか、殺すためにいるのか、話の展開次第で運命がどう転ぶか命を懸けたゲームが始まる。
狼の時と同じようにドライな態度を崩さず誰にも媚びることはない利休だが藤堂への想いに賭けるしかない。
細すぎる命綱だった。





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