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顔合わせ
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狼の上原祐樹も圧の強い男だったが、沈 朴正と名乗るこの男も近寄りがたいオーラを纏っていた。
テーブルマナーのややこしいフランス料理のフルコースではなく、気軽なイタリアンだったことが藤堂のプレッシャーを軽くした。
隣接するフロアにはビュッフェスタイルのコーナーもあるが、料理を取りに立ったり座ったりでは話が進まない。
「昔存在した秘密結社の名前をもじって会の名称にしたんですが、名前負けしてて恥ずかしいです。普段は輸入雑貨店を営んでいてベトナムや中国、韓国などの民族衣装や小物を扱っています。悠人君と出会ったのは彼がお客様で僕が店番をしていた時に来てくれたのがきっかけでした」
こんな存在感のある、接客に向きそうにない男の話を誰が信じるんだと藤堂と織田は思った。渡辺は情報を掴んでいるのか感情の読めない顔をしている。
杏里も信じていない感じだが、身の上話が嘘か本当かなど興味がないようだった。
「店の裏には、雑貨じゃないストックがたくさんあったね」
利休はにやっと笑ってシムの顔を見る。
白のアオザイを着て、ご丁寧にメイクまでしている利休はどこから見ても女にしか見えない。この仕上がりがシムの好みなのかと思うと、中野考の時に感じたような微妙な感情が浮かんでくる。
「空港でバレないのかしら?」
杏里が器用にフォークを使いながら核心をついた質問を投げた。
「海上ルートは割とザルですよ。日本に上陸するのは比較的簡単です。ほかの国は賄賂でクリアできます。ウエハラサンの使っていた手段もこれからは使えます」
低くて耳に心地よい声色で淡々と説明されると話に吸い込まれそうになり、全部本当の事なのかと思ってしまう。藤堂は密輸の話には全く興味はないが、利休が『パパ』と呼ぶ二人の関係性のほうが気になって仕方がない。
「私は宗教団体の教祖という神輿に担がれて今ここにいますが、実務的なことは下にまかせてます」
「人の魂を救うのに信仰は大切なものです」
この茶番はあとどれくらい続くのか、藤堂はうんざりしながら黙々と料理に手をつける。織田も同じような感じだが周辺を警戒しているようで民間人には出来ない鋭い視線を巡らせている。
藤堂もまわりを見渡してみる。ここにいる客全員裏社会の人間というのが信じられない。違法行為で得た巨額の金で上辺は富裕層のセレブの集まりに見えなくもないが、蓋を開ければクズの集まりだ。その中に自分という異質な存在は混ざれない。
一瞬利休の視線を感じたが、それはすぐにシムのほうへ移った。
永遠に続くかと思った時間も、意外と早く終わった。
「もっとゆっくりお話したかったのですが生憎まだ打ち合わせがいくつか残っていて。みなさんはどうぞごゆっくり」
そう言ってシムが立ち上がり、いつのまにか集まってきていた部下と一緒にこの場を後にした。
「なるほどねえ…。すごいオーラだったわね」
杏里の呟きとともに張り詰めていた空気が緩んだ。いつものように利休はまるでジュースのようにワインを飲み干していく。行儀の悪い飲み方で、赤い唇が濡れて光る。
白髪に黒のドレス姿の杏里はまるで2次元の世界にいるような、この世の人間とは思えない不思議な姿をしている。それは教祖としての演出を彼女自身が行っているためで、全てセルフプロデュースの賜物だった。
一方の利休は自然そのまま、見た目に悩む様子はなく、何ならそれを楽しんでいる。
「日本には住まないって言ってたから滅多に会うことはないと思うで。僕が旅行がてら会いに行くくらい」
「どこが本拠地なの?」
「香港と仁川を行ったり来たり。雑貨の仕入れも本当にやってるしついでにヘロインや武器の取引してくる。北ルートで覚醒剤の取引を日本でやりたいから狼と話つけてたんだけど僕が奪った。余談だけど本人は戦術核が欲しいって言ってたけど無理無理。誰が買うねん」
利休はあはは、と無邪気に笑っているが笑える話ではない。
織田は酒を口にしても絶対酔う姿を見せない。どこに誰がいて、怪しい動きをしている人間をチェックしている。
どうして利休は藤堂にこだわるのか、本人にもわからず困惑する。
完全に戦力外なのにここにいる意味がわからない。
「先に部屋に戻っていいか」
居心地の悪さに我慢できなくなって藤堂は立ち上がった。
「大丈夫?」
テーブルに両手をついて慌てて利休が立ち上がる。
頼んでもいないのに支えるように腕を組んできて部屋まで送る気なのか歩幅を合わせて隣にいた。
杏里たちはまだ何か話をしている様子だった。
「酔っちゃった?」
心配そうに覗き込まれても明確な答えがない。
「お前こそワインがぶ飲みして平気なのか」
「やっぱりピッチ早いよね。治したいんだけどゆっくり飲んだり食べたりできへん」
「後から回るぞ」
「藤堂さんがやめろって言うんならやめる」
エレベーターを待つ間、他愛のない会話なのに利休は笑顔ですり寄ってくる。
たった1階、階段で行こうと思い直して歩きだすと、戸惑いながらも利休はついてきた。
利休が護衛につけていた人間を下げたことに藤堂は気が付かない。護衛がいたことも気がついていなかった。
人気のない所に着くと、藤堂は壁に利休を押し付けた。
「え…何?」
「どうして俺なの?」
藤堂の問いに、意味がわからないような表情で返す。
「お前の仕事に俺は必要ないだろう?織田がいればいいんじゃないか」
瞳に困惑の色をのぞかせていた利休だが、ふっと表情を変えた。
「藤堂さん、自分を善良な一般市民だと勘違いしてない?」
「え?」
「あんた僕をレイプしたこと忘れたの?男同士だったからグレーだけどもし僕が訴えたらそれなりに社会的制裁を受ける行為だよ。ヤクザから乗船チケットもらったのもぎりぎりアウト。誘いに乗ったのは自己責任だから僕のせいにすんな」
「なんで叔父さんを裏切った?」
「この船何でもありって説明したよね。ドラッグ、カジノ、人身売買。僕売られそうになった。その前もクスリ使って僕を何人も犯させて祐樹はそれ見て楽しんでた。殺してなければ今頃僕は変態金持ちの性奴隷になってたと思うで」
知りたい事と知らなかった事が一気に襲ってきて藤堂はしばらく動けなかった。
テーブルマナーのややこしいフランス料理のフルコースではなく、気軽なイタリアンだったことが藤堂のプレッシャーを軽くした。
隣接するフロアにはビュッフェスタイルのコーナーもあるが、料理を取りに立ったり座ったりでは話が進まない。
「昔存在した秘密結社の名前をもじって会の名称にしたんですが、名前負けしてて恥ずかしいです。普段は輸入雑貨店を営んでいてベトナムや中国、韓国などの民族衣装や小物を扱っています。悠人君と出会ったのは彼がお客様で僕が店番をしていた時に来てくれたのがきっかけでした」
こんな存在感のある、接客に向きそうにない男の話を誰が信じるんだと藤堂と織田は思った。渡辺は情報を掴んでいるのか感情の読めない顔をしている。
杏里も信じていない感じだが、身の上話が嘘か本当かなど興味がないようだった。
「店の裏には、雑貨じゃないストックがたくさんあったね」
利休はにやっと笑ってシムの顔を見る。
白のアオザイを着て、ご丁寧にメイクまでしている利休はどこから見ても女にしか見えない。この仕上がりがシムの好みなのかと思うと、中野考の時に感じたような微妙な感情が浮かんでくる。
「空港でバレないのかしら?」
杏里が器用にフォークを使いながら核心をついた質問を投げた。
「海上ルートは割とザルですよ。日本に上陸するのは比較的簡単です。ほかの国は賄賂でクリアできます。ウエハラサンの使っていた手段もこれからは使えます」
低くて耳に心地よい声色で淡々と説明されると話に吸い込まれそうになり、全部本当の事なのかと思ってしまう。藤堂は密輸の話には全く興味はないが、利休が『パパ』と呼ぶ二人の関係性のほうが気になって仕方がない。
「私は宗教団体の教祖という神輿に担がれて今ここにいますが、実務的なことは下にまかせてます」
「人の魂を救うのに信仰は大切なものです」
この茶番はあとどれくらい続くのか、藤堂はうんざりしながら黙々と料理に手をつける。織田も同じような感じだが周辺を警戒しているようで民間人には出来ない鋭い視線を巡らせている。
藤堂もまわりを見渡してみる。ここにいる客全員裏社会の人間というのが信じられない。違法行為で得た巨額の金で上辺は富裕層のセレブの集まりに見えなくもないが、蓋を開ければクズの集まりだ。その中に自分という異質な存在は混ざれない。
一瞬利休の視線を感じたが、それはすぐにシムのほうへ移った。
永遠に続くかと思った時間も、意外と早く終わった。
「もっとゆっくりお話したかったのですが生憎まだ打ち合わせがいくつか残っていて。みなさんはどうぞごゆっくり」
そう言ってシムが立ち上がり、いつのまにか集まってきていた部下と一緒にこの場を後にした。
「なるほどねえ…。すごいオーラだったわね」
杏里の呟きとともに張り詰めていた空気が緩んだ。いつものように利休はまるでジュースのようにワインを飲み干していく。行儀の悪い飲み方で、赤い唇が濡れて光る。
白髪に黒のドレス姿の杏里はまるで2次元の世界にいるような、この世の人間とは思えない不思議な姿をしている。それは教祖としての演出を彼女自身が行っているためで、全てセルフプロデュースの賜物だった。
一方の利休は自然そのまま、見た目に悩む様子はなく、何ならそれを楽しんでいる。
「日本には住まないって言ってたから滅多に会うことはないと思うで。僕が旅行がてら会いに行くくらい」
「どこが本拠地なの?」
「香港と仁川を行ったり来たり。雑貨の仕入れも本当にやってるしついでにヘロインや武器の取引してくる。北ルートで覚醒剤の取引を日本でやりたいから狼と話つけてたんだけど僕が奪った。余談だけど本人は戦術核が欲しいって言ってたけど無理無理。誰が買うねん」
利休はあはは、と無邪気に笑っているが笑える話ではない。
織田は酒を口にしても絶対酔う姿を見せない。どこに誰がいて、怪しい動きをしている人間をチェックしている。
どうして利休は藤堂にこだわるのか、本人にもわからず困惑する。
完全に戦力外なのにここにいる意味がわからない。
「先に部屋に戻っていいか」
居心地の悪さに我慢できなくなって藤堂は立ち上がった。
「大丈夫?」
テーブルに両手をついて慌てて利休が立ち上がる。
頼んでもいないのに支えるように腕を組んできて部屋まで送る気なのか歩幅を合わせて隣にいた。
杏里たちはまだ何か話をしている様子だった。
「酔っちゃった?」
心配そうに覗き込まれても明確な答えがない。
「お前こそワインがぶ飲みして平気なのか」
「やっぱりピッチ早いよね。治したいんだけどゆっくり飲んだり食べたりできへん」
「後から回るぞ」
「藤堂さんがやめろって言うんならやめる」
エレベーターを待つ間、他愛のない会話なのに利休は笑顔ですり寄ってくる。
たった1階、階段で行こうと思い直して歩きだすと、戸惑いながらも利休はついてきた。
利休が護衛につけていた人間を下げたことに藤堂は気が付かない。護衛がいたことも気がついていなかった。
人気のない所に着くと、藤堂は壁に利休を押し付けた。
「え…何?」
「どうして俺なの?」
藤堂の問いに、意味がわからないような表情で返す。
「お前の仕事に俺は必要ないだろう?織田がいればいいんじゃないか」
瞳に困惑の色をのぞかせていた利休だが、ふっと表情を変えた。
「藤堂さん、自分を善良な一般市民だと勘違いしてない?」
「え?」
「あんた僕をレイプしたこと忘れたの?男同士だったからグレーだけどもし僕が訴えたらそれなりに社会的制裁を受ける行為だよ。ヤクザから乗船チケットもらったのもぎりぎりアウト。誘いに乗ったのは自己責任だから僕のせいにすんな」
「なんで叔父さんを裏切った?」
「この船何でもありって説明したよね。ドラッグ、カジノ、人身売買。僕売られそうになった。その前もクスリ使って僕を何人も犯させて祐樹はそれ見て楽しんでた。殺してなければ今頃僕は変態金持ちの性奴隷になってたと思うで」
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