海に抱かれる

希京

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想い

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噂ゲームが再開していた。

藤堂の暗い室内でスマホが明るく光る。
『あれ本当に利休?』
『スーツ着てたよ。兄弟いたかな?』
『いや本人だよ。今第3〇〇ビル入ってった』
LINEやメールで情報がどんどん拡散していく。
あくまでひとつの繁華街での遊びなのでツイッターで拡散しないのが暗黙のルールになっているが、どこかの店に顔を出せば誰かに繋がる狭い世界。

下船して数日、ようやく動き出した利休の行き先は聞かなくてもすぐわかった。
まるで自分を見つけてみろといわんばかりの動き。
時間があればわざと無視して駆け引きして遊べるのに、残念ながらお互い残されている時間は少ない。
藤堂は夏用のジャケットを羽織って夜の街に駆け出した。

黒の会がたむろする店が入っているビルを通り過ぎ、発砲事件を起こした雑居ビルのエレベーターで2階まで行き、中の非常階段を駆け上った。
むっとする湿度の高い空間、屋上へ続くドアの前に誰かいる。
「久しぶり」
にっこり笑って利休は組んだ腕から指をひらひらさせる。
片方の髪を上げて細身のスーツを着ていると男に見えなくもない。こちらが本来の姿だが初めて見る男らしい姿に藤堂の動きが止まった。

ジャケットの中は汗だくで、階段を駆け上った息は荒い。
そんな藤堂を面白そうな顔で利休は見てくる。
数段上にいる利休に近づこうとした時「動くな!」と止められた。
利休が手にしているのは日本では違法のテーザー銃。
「会いにきたんじゃない。お別れに来たんだ」
「護身用の銃持ってか?ずいぶん警戒されてるな俺。帰ろうか?」
藤堂の言葉に何故かムッとした表情をして利休は標準をはずす。それでもその気になればすぐ撃てる程度の射程内にターゲットを収めている。

「どこでもいいけど、こんな暑い所で長話はごめんだ」
「巻き込んだことは謝るよ。でもあれから尾行されてるの気がついたから逆にここだってわかったんやろ?普通ビルに入ったらどこかの店に入ると思うもん。1軒ずつ入って確認してたら怪しまれるし営業妨害で訴えられる。公安もおおっぴらには動けない所でさらに人目につかない所を知っている人間。絞れるのは僕たちふたりだけ」
「お前を初めて抱いた場所だ。はずさない」
前置きなく秘め事を口にされて利休が一瞬ひるむ。

「そのドアの向こうでな」
一段ずつゆっくり上がってくる藤堂の気迫に押されて利休はその動きを止められなかった。
少しだけ広い空間でふたりの体が密着する。
「なんで来るの」
藤堂は銃を握る手をドアに押し付けて利休の腰に手を回して唇を重ねる。驚いて突き飛ばしてくると思ったが利休は目を閉じて舌を絡めてきた。

「俺に会いたかった?」
低い声で耳元で囁くと利休の力は完全に抜けたようだった。
「…これでお別れだ、藤堂さん。僕は行くよ」
「どこに?」
「どこにいてももう近づいちゃダメだ。僕といると…」
「渡辺に聞いた。俺も監視対象になったようだ。毎日部屋の前に車が張っているし動けば尾行がつく。そんな状況で会うのを控えても意味はない。疑われてるんだから堂々としてたほうがいいじゃないか。」
ちっ、と舌打ちして利休が銃を握り直して体を振り切ろうとした。
「せめて下にいる連中は消してや…っ」
「やめておけって」

この状況でも相変わらずころころ感情が変わる所は変わらないんだと思うと可愛くなってしまう。
「笑ってる場合ちゃう…」
「ごめん。笑ってた?」
「顔わろてるやん」
「スーツ似合ってるね」
「そんなこと言ってる場合じゃ…な…」
藤堂の手が体をすべっていく。はじめは逃げようと体をひねっていたが狭いスペースに逃げ場はなかった。
「や…っ、藤堂さ…あ…」
黒いシャツの上から胸のふくらみを指で撫でるとビクっと体を震わせて利休は甘い声を漏らす。

「こんな事してる場合じゃない…」
「そうなんだよな。わかってるんだけど。なあ俺達はどうすればいいんだ?」
「う…」
藤堂は利休の素直な欲望を示す部分を軽くさすった。
「俺はどうしたらいいのかな」
利休は落としかけた銃を握り直して藤堂に向けた。
「ここで僕を殺せるくらい強かったら…っ」
「強かったら?」
藤堂の手は利休のそれを離さず、むしろ力を込めた。
「強かったら…一緒にいてもいい」
吐いた言葉は強かったが、その時はもう自分の力で立っていることも出来ないくらい力が抜けて、藤堂に支えてもらってかろうじて立っている状態だった。

お互いの汗が混ざり合ってコンクリートの床に落ちていく。
風が欲しくて少しだけドアを開けて隙間を作るとぬるいが空気が流れて少し涼しく感じる。
「やあ…外ダメ…」
「行かないよ。暑いんだって。お前くっついてるし」
利休に腕を回して支えた状態でしばらく風に当たる。
「なあ。俺はもう腹くくったんだ。利休はどうなんだよ」
「…で呼んで」
「え?」

消え入りそうな声を拾うために耳を口に寄せる。
「二人きりのときは、名前で呼んで」
「本名の…悠人?」
支えられている腕の中で小さな頭が頷いた。
「わかった。できるだけふたりきりの時間いっぱい作ろうな、悠人」
耳たぶを噛みながら囁くと利休はうれしそうに藤堂に腕を回してきた。
明日死ぬかもしれない人生。
沈は後悔しない生き方をすると言っていた。
想像以上にはっきりした決意を持って現れた藤堂に嬉しかったことは覚えている。
最期は海の水面に漂うことになるかもしれないが、ふたりでならそれもいいかもしれないと揺らぐ意識の中で利休は思った。











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