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愛情
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直也の頬に水滴が落ちる。
何かと思って目を開けると、櫻井が泣いていた。
眼鏡のフレームをつたって涙が流れ、直也を濡らしていく。
こんな時なんて言えばいいのかわからず、絶頂が近づく体を自分で慰めて白い液を腹に垂らした。
櫻井も動きを早めて直也の中に出す。
激しい動きに合わせて水滴が空に舞った。
「…泣かないで」
「え?」
自分が涙を流しているのに気がつかなかったのか、指摘されて目をさわり、濡れた指をじっと見た。
はずした眼鏡をサイドボードに置いて、櫻井は手をついて呼吸を整えている。
「あいつが死んだ時でも泣かなかったのにな」
直也の横に倒れるように転がって、視線を虚空に向けてぼんやりしていた。
ほかの誰かを思いながら自分を抱くなんて、昔の自分なら櫻井をなじって部屋を飛び出していたが、今夜は何も言えなくて直也は黙っている。
体は快楽の余韻にふけっていたが、直也の頭は冷えていた。
「シャワー借ります」
起き上がろうとする直也の腕を、櫻井は窓の外に目を向けたまま掴む。
「車、他人の駐車場に勝手に止めたから移動させないとまずいです」
「そう」
「いつでも来ますからだまし討ちはやめて下さい。心臓に悪い」
掴まれている腕からそっと手を離す。
部屋を出る時ふり返って櫻井を見ると、目を閉じて眠っているように見えた。
理由はわからないが妙な違和感を感じつつ、浴室に向かう。
昼の葬儀では全責任を背負っていたから疲れが出たのだと思う。
嘘で自分を呼び出した事も、身勝手な行動も、原田のことを思って今夜は不満を飲み込んで、リビングに散らばっている自分の服を着ながらかばんの中にあるスマホを確認して、もう一度寝室に向かう。
「直也」
眠っていると思っていた櫻井が口を開いた。
「愛してるよ」
直也はため息をつく。
「そんな安い愛のバーゲンセールやめて下さい」
本当にそう思っているのなら、もっと愛してほしい。
原田にすべてを捧げたような思いを自分に向けて欲しい。
「おやすみなさい」
それが出来ないなら、言わないでくれ。
ドアを閉めて、しばらく待ってみたが追いかけてくる気配はなかった。
昔はエレベーターで下に降りる自分を階段で追ってきて捕まえたりしたのにな。
それも仕事を辞めさせない演技だろうと思いながらやっぱり嬉しかった。
車に戻ると、本来の駐車場の主が戻ってきてけたたましいクラクションを鳴らしてきた。
やかましいその音に眉をひそめながら、勝手に停めていたのだから文句は言えない。
運転席から人が降りてきたので面倒な事にならないように急発進してその場を後にした。
その一部始終を、部屋の窓から桜井は眺めていた。
原田のスーツを着て、カーテンに指をかけて隙間から直也の車が去っていくのを目で追う。
「痛かっただろう」
ベッドに置いた原田の骨壷を見て、そこに本人がいるかのように言葉をかける。
「俺は馬鹿だから体験しないとわからないんだよ。お前が痛みに耐えている姿を見ても何も出来なくて」
手にする紙には原田の病気の部位を丸で囲んである。
「何が正しかったんだ?あの時どうしていればよかった?」
それをベッドに置いて、包丁を自分の体に当てた。
「お前と同じ痛みを食らって反省するから許してくれ」
櫻井は持っていた包丁の刃先を自分の腹に向けて力を込めた。
何かと思って目を開けると、櫻井が泣いていた。
眼鏡のフレームをつたって涙が流れ、直也を濡らしていく。
こんな時なんて言えばいいのかわからず、絶頂が近づく体を自分で慰めて白い液を腹に垂らした。
櫻井も動きを早めて直也の中に出す。
激しい動きに合わせて水滴が空に舞った。
「…泣かないで」
「え?」
自分が涙を流しているのに気がつかなかったのか、指摘されて目をさわり、濡れた指をじっと見た。
はずした眼鏡をサイドボードに置いて、櫻井は手をついて呼吸を整えている。
「あいつが死んだ時でも泣かなかったのにな」
直也の横に倒れるように転がって、視線を虚空に向けてぼんやりしていた。
ほかの誰かを思いながら自分を抱くなんて、昔の自分なら櫻井をなじって部屋を飛び出していたが、今夜は何も言えなくて直也は黙っている。
体は快楽の余韻にふけっていたが、直也の頭は冷えていた。
「シャワー借ります」
起き上がろうとする直也の腕を、櫻井は窓の外に目を向けたまま掴む。
「車、他人の駐車場に勝手に止めたから移動させないとまずいです」
「そう」
「いつでも来ますからだまし討ちはやめて下さい。心臓に悪い」
掴まれている腕からそっと手を離す。
部屋を出る時ふり返って櫻井を見ると、目を閉じて眠っているように見えた。
理由はわからないが妙な違和感を感じつつ、浴室に向かう。
昼の葬儀では全責任を背負っていたから疲れが出たのだと思う。
嘘で自分を呼び出した事も、身勝手な行動も、原田のことを思って今夜は不満を飲み込んで、リビングに散らばっている自分の服を着ながらかばんの中にあるスマホを確認して、もう一度寝室に向かう。
「直也」
眠っていると思っていた櫻井が口を開いた。
「愛してるよ」
直也はため息をつく。
「そんな安い愛のバーゲンセールやめて下さい」
本当にそう思っているのなら、もっと愛してほしい。
原田にすべてを捧げたような思いを自分に向けて欲しい。
「おやすみなさい」
それが出来ないなら、言わないでくれ。
ドアを閉めて、しばらく待ってみたが追いかけてくる気配はなかった。
昔はエレベーターで下に降りる自分を階段で追ってきて捕まえたりしたのにな。
それも仕事を辞めさせない演技だろうと思いながらやっぱり嬉しかった。
車に戻ると、本来の駐車場の主が戻ってきてけたたましいクラクションを鳴らしてきた。
やかましいその音に眉をひそめながら、勝手に停めていたのだから文句は言えない。
運転席から人が降りてきたので面倒な事にならないように急発進してその場を後にした。
その一部始終を、部屋の窓から桜井は眺めていた。
原田のスーツを着て、カーテンに指をかけて隙間から直也の車が去っていくのを目で追う。
「痛かっただろう」
ベッドに置いた原田の骨壷を見て、そこに本人がいるかのように言葉をかける。
「俺は馬鹿だから体験しないとわからないんだよ。お前が痛みに耐えている姿を見ても何も出来なくて」
手にする紙には原田の病気の部位を丸で囲んである。
「何が正しかったんだ?あの時どうしていればよかった?」
それをベッドに置いて、包丁を自分の体に当てた。
「お前と同じ痛みを食らって反省するから許してくれ」
櫻井は持っていた包丁の刃先を自分の腹に向けて力を込めた。
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