9 / 71
デイブレイク始動、還し屋の脅威
歩幅を合わせて
しおりを挟む
「そういえば、此処は何処?」
「知るか」
我に返り焦った様子で辺りを見回す弥夜は見慣れない景色に辟易する。土地勘などある筈もなく、嫌な鼓動の高鳴りだけが胸中に取り残された。
「だよねえ、適当に車を走らせたもんねえ」
「お前がな」
「逃げる為には致し方なし。背に腹は?」
「代えられん」
「はい、よく出来ました」
「……うっざ」
灰色に舗装された道路を宛もなく歩む弥夜。律動的に響く靴音は、茉白が後ろに続いたことにより二つに増える。しばらく無言で歩き続ける二人の間には、水たまりを踏む際の音だけが何度も木霊した。
「おい」
前を歩く小さな背に呼び掛けた茉白。だが、返事は無い。
「おい、聞いてんのか」
無言。降り頻る雨は、未だ止まず。
「この距離で聞こえない訳がないだろ」
尚も、意味を成すこと無く虚しく消え入る言の葉。大きな舌打ちをした茉白は何かを諦めたようにため息をつく。
「……弥夜」
「ん? なあに? 何度も呼び掛けてどうしたの茉白」
「聞こえてんじゃねえか、鬱陶しい」
振り返った弥夜は満面の笑みが浮かべる。感情を表すように、咥えられた飴の持ち手までもが楽しげに動き回っていた。
「初めて名前を呼んでくれたね」
「お前が呼ばせたんだろ。それで? 何処へ行くつもりだ」
「とりあえず何処か泊まる場所を探そう。買い物って言ったけれど色々あり過ぎて疲れちゃった」
「なら、お前の護衛は終わりだな」
大きく伸びをして背を向けた茉白は続ける。
「これで解っただろ? うちと一緒に居れば厄介事に巻き込まれ死期を早める」
「うん、解った」
黒いメッシュの入った銀髪が雨に濡れ、茉白の表情を覆い隠した。逆方向へと踏み出した彼女は、自身の腕が背後から掴まれたことに驚きを示す。
「それで? だからどうしたの? 危なくなれば私を放って逃げればいい」
「……離せ」
茉白は腕を振り解こうと試みるも、更に強い力で掴まれ苛立ちを見せる。雨により冷えてしまったのか、弥夜の手はとても冷たかった。
「一緒に来てくれようと悩んでくれたんでしょ? 私に何処へ行くか聞いてくれたもんね」
「お前は馬鹿か。買い物と答えたら護衛の続きをするつもりだっただけだ」
「じゃあ買い物」
「嘘つけ」
「嘘かどうかはついた本人にしか解らない。つまり今この場において、貴女がそれを証明する術は無い」
「くっだらねえ屁理屈だな」
鼻歌を唄いながら戯けた弥夜は腕を引いて茉白を振り返らせると、預かっていたぬいぐるみを優しく胸元に返した。
「ほら、ぬいぐるみちゃんも茉白と一緒に居たいってさ」
「ネーミングセンス皆無だな」
雨で少し湿った柔らかい綿の感触を肌に感じ、茉白は無意識に口角を緩める。これ以上濡れないようにと、腕を覆い被せるように強く抱き締めた。
「くれた子供に、ぬいぐるみなんて要らねえだとか何とか言おうとしていたくせに、結構お気に入りじゃん」
口元に手を当てて含み笑いをする弥夜。舐め回すような視線に気付いた茉白は即座に表情を是正した。そして何かを思い付いたのか、揶揄うような笑みを浮かべる。
「もしかしてぬいぐるみに妬いてんのか?」
「うん、妬いてる」
予想外の切り返しに頬を紅潮させたのは茉白の方であり、不可抗力で交差した視線が気まずそうに逸らされた。
「何? 歳上の私を揶揄おうとしたの?」
「知るか」
「笑顔、素敵だったよ。これからも……どうか笑っていられる世界でありますように」
続く追撃に舌打ちをする茉白。舌戦では弥夜に軍配が上がった。仕切り直した弥夜は「さて」と手を打ち鳴らす。
「とりあえず行こうか、風邪を引いたら困るしね」
「馬鹿は風邪なんて引かないだろ」
「馬鹿って言う方が馬鹿だもん」
二人は傘もささずに降り頻る雨の中を歩き場を後にする。「歩くの早くない?」と弥夜に言われたことを思い出した茉白は、悟られないようにそっと歩幅を合わせた。
「知るか」
我に返り焦った様子で辺りを見回す弥夜は見慣れない景色に辟易する。土地勘などある筈もなく、嫌な鼓動の高鳴りだけが胸中に取り残された。
「だよねえ、適当に車を走らせたもんねえ」
「お前がな」
「逃げる為には致し方なし。背に腹は?」
「代えられん」
「はい、よく出来ました」
「……うっざ」
灰色に舗装された道路を宛もなく歩む弥夜。律動的に響く靴音は、茉白が後ろに続いたことにより二つに増える。しばらく無言で歩き続ける二人の間には、水たまりを踏む際の音だけが何度も木霊した。
「おい」
前を歩く小さな背に呼び掛けた茉白。だが、返事は無い。
「おい、聞いてんのか」
無言。降り頻る雨は、未だ止まず。
「この距離で聞こえない訳がないだろ」
尚も、意味を成すこと無く虚しく消え入る言の葉。大きな舌打ちをした茉白は何かを諦めたようにため息をつく。
「……弥夜」
「ん? なあに? 何度も呼び掛けてどうしたの茉白」
「聞こえてんじゃねえか、鬱陶しい」
振り返った弥夜は満面の笑みが浮かべる。感情を表すように、咥えられた飴の持ち手までもが楽しげに動き回っていた。
「初めて名前を呼んでくれたね」
「お前が呼ばせたんだろ。それで? 何処へ行くつもりだ」
「とりあえず何処か泊まる場所を探そう。買い物って言ったけれど色々あり過ぎて疲れちゃった」
「なら、お前の護衛は終わりだな」
大きく伸びをして背を向けた茉白は続ける。
「これで解っただろ? うちと一緒に居れば厄介事に巻き込まれ死期を早める」
「うん、解った」
黒いメッシュの入った銀髪が雨に濡れ、茉白の表情を覆い隠した。逆方向へと踏み出した彼女は、自身の腕が背後から掴まれたことに驚きを示す。
「それで? だからどうしたの? 危なくなれば私を放って逃げればいい」
「……離せ」
茉白は腕を振り解こうと試みるも、更に強い力で掴まれ苛立ちを見せる。雨により冷えてしまったのか、弥夜の手はとても冷たかった。
「一緒に来てくれようと悩んでくれたんでしょ? 私に何処へ行くか聞いてくれたもんね」
「お前は馬鹿か。買い物と答えたら護衛の続きをするつもりだっただけだ」
「じゃあ買い物」
「嘘つけ」
「嘘かどうかはついた本人にしか解らない。つまり今この場において、貴女がそれを証明する術は無い」
「くっだらねえ屁理屈だな」
鼻歌を唄いながら戯けた弥夜は腕を引いて茉白を振り返らせると、預かっていたぬいぐるみを優しく胸元に返した。
「ほら、ぬいぐるみちゃんも茉白と一緒に居たいってさ」
「ネーミングセンス皆無だな」
雨で少し湿った柔らかい綿の感触を肌に感じ、茉白は無意識に口角を緩める。これ以上濡れないようにと、腕を覆い被せるように強く抱き締めた。
「くれた子供に、ぬいぐるみなんて要らねえだとか何とか言おうとしていたくせに、結構お気に入りじゃん」
口元に手を当てて含み笑いをする弥夜。舐め回すような視線に気付いた茉白は即座に表情を是正した。そして何かを思い付いたのか、揶揄うような笑みを浮かべる。
「もしかしてぬいぐるみに妬いてんのか?」
「うん、妬いてる」
予想外の切り返しに頬を紅潮させたのは茉白の方であり、不可抗力で交差した視線が気まずそうに逸らされた。
「何? 歳上の私を揶揄おうとしたの?」
「知るか」
「笑顔、素敵だったよ。これからも……どうか笑っていられる世界でありますように」
続く追撃に舌打ちをする茉白。舌戦では弥夜に軍配が上がった。仕切り直した弥夜は「さて」と手を打ち鳴らす。
「とりあえず行こうか、風邪を引いたら困るしね」
「馬鹿は風邪なんて引かないだろ」
「馬鹿って言う方が馬鹿だもん」
二人は傘もささずに降り頻る雨の中を歩き場を後にする。「歩くの早くない?」と弥夜に言われたことを思い出した茉白は、悟られないようにそっと歩幅を合わせた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる