毒姫達の死行情動

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相方として生きること

真実

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「何が言いたいのです?」

「私はある情報を持っている。私の質問に答えてくれるのならそれを貴女に伝える。信憑性は高いよ? 貴女と同じ還し屋だった者からの情報だから」

 還し屋だった者とは妹のことであり、弥夜の表情が僅かに陰る。稀崎はその一瞬を見逃さなかった。

「質問の内容次第です。這い蹲って無様に死ねよ蛆虫共、という貴女の昨日の伝言は、残念ながら上には伝えていません」

「あらら、それは残念」

 陽の光さえ遮られた薄暗い路地で冷戦のような睨み合いが続く。辺りの喧騒でさえ届かないほどで、此処ら一帯だけ時間が止まったと錯覚するほどの静けさだった。

「それで? どうする? 私からの質問は一つだけ」

「質問を、お訊きしても?」

 観念して折れる稀崎だが、抱かれた警戒心が解かれることは無い。いついかなる時でも降り掛かる脅威を払えるよう、隙だけは見せなかった。

「貴女の肉親も含めて、囚われた人達が収容されている場所は何処?」

「私達のような末端の構成員には知らされません」

「そうなんだ、残念」

 僅かに肩を落とす弥夜。妹ですら知らなかった収容場所を、稀崎が知らないことも想定の内。「情報は無しか」と毒づく弥夜に、稀崎は続ける。

「ですが、私は秘密裏にその場所を突き止めました」

 それは弥夜からすれば嬉しい誤算であり爆弾発言だった。だがあくまで冷静に、表情すら微動だにさせなかった。

「へえ、教えてくれる?」

「目的を、お訊きしても?」

「……家族を助ける為」

 助ける為、という言葉に不信感を抱いたのか稀崎の視線が刺々しさを孕む。そして僅かな逡巡の後、心を鎮める為か小さく息が吐き出された。

「囚われているのは、救いの街です」

 茉白とテレビで見た海上都市。毎日のように街中のモニターで繰り返される理想郷という名の綺麗事。短い声を発した弥夜は「なるほどね」と皮肉に口角を吊り上げた。

「道理で居住権に応募しても当たらない訳だ。周りでも当たったという話は一件も聞いたことが無い。人々の為だとか謳っているのは形だけで、まさか還し屋の城だったなんてね」

「大半の者は知りませんよ。会わせて貰えないのを不審に思い、個人的に調べただけですから」

「ありがとう稀崎さん、真実を知れて良かった。母が殺されるまで後六日……まだ間に合う」

 あと六日、という発言に即座に反応した稀崎は、説明しろと言わんばかりの視線を向ける。交換条件は満たされ、人気ひとけが無いことを確認した弥夜は稀崎との距離を一歩縮めた。

「私が持っている情報はね? 救いの街の人質を殺し合わせて、生き残った強い者だけを還し屋の駒として使うというもの」

「肉親の安全を保証する為に、私は還し屋になったはずですが」

「その優しさを利用した下衆な奴が、還し屋の上には居るって話だよ。でも、私の話を素直に信じるの? 言った通り私は還し屋を恨んでいる。貴女達を破滅させようと企んでいるかもしれないよ?」

 薄ら笑いを浮かべる弥夜は煽るように口角を吊り上げる。だが、稀崎は下らないとでも言わんばかりにサイドテールをふわりと掻き上げた。

「まさか私を揺するつもりですか? 生憎、通用しませんよ。還し屋者からの情報、母が殺されるまで後六日、そして……柊という珍しい苗字」

「……何が言いたいの?」

「私からも一つ、質問をしても?」

 静寂を幾らか緩和していた換気ダクトの駆動音は止まり、遠くの雑踏から齎される僅かな喧騒だけが場を支配する。言葉が発せられるまでの間が、弥夜にとっては永遠のように感じられた。

「柊、貴女には妹がか? そうですね……例えば、名前はひいらぎ 優來ゆらとか」

 その一言で目付きが変わる。瞳には、まるで表情を裏返したような明白な殺意が宿り、それに伴い痺れを錯覚する鋭利な空気が蔓延った。稀崎の胸ぐらを掴んだ弥夜はそのまま壁面へと叩き付ける。

「どうして私の妹を知っているの? 答えなければ此処で殺す、返答次第でも殺す」

「殺す? 笑わせないで下さい。貴女如きが私に敵うとでも?」

「答えろ、質問をしているのは私だ」

 力が更に込められ、せ返る稀崎の本能が警鐘を鳴らす。「優來は……私の親友でした……」と、逸らされた視線と共に喉奥から絞り出された声。震える声色は底知れぬ悲しみを孕んでいた。

「え……?」

 嘘のように解かれた拘束。稀崎は表情を変えること無く涙を零し、その美しい涙は相反して薄汚れた地面へと吸い込まれた。

「私は今、親友を殺した者を追っています。私の唯一の理解者だった優來。親友を奪った者を……私は絶対に赦さない」

 想像もしなかった事実に、弥夜の胸中では様々な感情が混ざり合う。感情の終着点である涙を目の当たりにすることで、彼女の心もまた悲しみが揺り返した。

「稀崎さん、私は貴女を少し誤解していたかもしれない」

「……誤解?」

「優來は優しくて、何に対しても真面目で前向きだった。そんな優來の為に涙を流してくれる貴女が悪い人な訳が無い」

「誤解ではありませんよ。私は還し屋としての仕事を全うし、能力者を殺め続けています。それは囚われた肉親……兄を護る為であり、優來を殺した者の手掛かりへと近付く為でもあります」

 乱れてしまった稀崎の胸元を正し、弥夜は深々と頭を下げる。軽率な行動を取った自身を戒めるように、苛立ちを含んだ小さな唸り声が発せられた。

「まずは、いきなり乱暴してごめんなさい」

「お気になさらず。戦闘など日常茶飯事ですから」

「そう言ってもらえると救われるよ。ねえ、もし良かったら……どうして優來と仲良くなったのか聞かせてくれないかな? あの子、割と人見知りでね? 友達の話なんて一度も聞いたことが無かった」

 黙り込んだ稀崎は意識の中で想い出を旅する。そのまま懐かしむような悲しげな笑みを見せ、静かに口を開いた。

「……優來と私は還し屋の同期でした。話したの正直偶然でしたが、二人の距離を縮めたのは名前です」

「名前?」

「優來と同じく、私もゆらといいます。夜に羅刹の羅と書いて夜羅ゆら。名前が同じだと知ってからは毎日のように話をし、いつしか親友にまでなりました。そんな矢先に優來は何者かに殺された……昨日の話です」

 強く握り締められた拳が小刻みに揺れる。爪が皮膚を裂き、指の隙間より血が滴り落ちる。地に斑模様を刻む血液を目で追った弥夜は、死ぬ間際の妹を思い出し僅かに心を乱した。

「優來は強かった。並大抵の能力者に劣るとは考えにくい。これは彼女からの情報ですが……恐らくタナトスの仕業です」

「タナトス? 詳しく聞いてもいい?」

「還し屋と同じく能力者集団です。テロリストの如く悪逆非道を尽くし、一般人ですら殺すことを厭わない。何か目的があるようですが、突き止めるには至っていません」

 顎に手を当てて何かを思考する弥夜。脳内で情報を処理するも求める答えには至らない。

「優來が殺されたのは特別警戒区域アリスだよ?」

「もちろん存じています。夜葉と貴女が出会った場所でしょう? 見ていましたから」 

「見てた……?」

「初めて貴女と会った時に言ったはずですが? こうして対面するのは初めてですね、と。偶然迷い込んだ特別警戒区域で能力者に襲われた夜葉が、それを退けた時に貴女が現れました」

「特別警戒区域アリスは、能力者による暴動や殺人が群を抜いて多い場所。優來は日頃からその鎮圧に当たっていた」

 稀崎は「それも存じています」と相槌を打つとハンカチを取り出して涙を拭う。そのまま胸に手を当てると大きく深呼吸をして見せた。

「他に何か見ていませんか? 夜葉を見付けた私は彼女の動向を追っていましたし、優來が殺されたと知ったのは貴女達がアリスを去ってからですので」

「色を失くした炎を見た。その炎で優來は焼かれた。後は、黒い毒を口から吐き出して絶命する死体くらいかな……?」
 
 一言一句を刻む込むように聞き入っていた稀崎は相槌を打つ。脳内で何度も反芻するも、思い当たる節は無いのか首が横に振られた。

「……解りました。何か解れば伝えます。それと、貴女と夜葉が共にいる時は敵ですので、それをお忘れなきよう」

「兄を護る為?」

「……仕事だからです」

「兄を救ってあげると言ったら?」

「届かない希望は持たぬ方が身の為ですよ。自身の身を滅ぼし兼ねない」

 突き放すような言葉に対し無邪気に笑った弥夜は、地面に落ちていた空き缶を強く蹴り付ける。急な放物線を描いた空き缶は夜羅の肩口すれすれを通過し、遠くにある錆び付いたごみ箱に吸い込まれるように消えた。

「届かないって誰が決めたの? もう少し素直に生きたら? 救いの街でエグいことが行われようとしているのに、もう還し屋に縛られる必要は無いと思うけれど?」

 諭すように紡ぎ「それじゃあね」と軽く手を振った弥夜は路地を後にする。狭い空間に迷いが晴れた軽快な靴音が反響し、稀崎はそんな彼女の背を静かに見据えた。

「……ひいらぎ

 消え入りそうな呼び掛けに脚が止まる。後ろで手を組みながら振り返った弥夜の目は、先程とは真逆の優しい色をしていた。

「どうしたの? 夜羅ゆら

 親友だった者の姉に名前で呼ばれることに、何故か覚えた懐かしさ。不思議と嫌な気がしなかった夜羅は僅かな希望を込めて紡ぐ。

「もしかして、救いの街へ行くのですか?」

「愚問だよ。妹が殺された以上、母が死ぬまでにもう時間が無い」

「還し屋の上層部が数え切れない程いるのですよ? 貴女が行ったところで、何も出来ずに殺されて隠蔽されるだけ」

「別に戦う必要はないよ。救って逃げればいいでしょ?」

「……貴女は馬鹿ですか? 海上都市ですよ? 救いの街へ至る経路は一本の橋だけ。封鎖されたら終わりなんですよ?」

「そうなれば私の負け、それだけの話」

 淡々と紡ぐ弥夜を見、夜羅は呆れからか額に手を当てる。既に覚悟が決まっているのか、弥夜の瞳には一切の迷いが無かった。
 
「柊。貴女こそ、もう少し自分の命を大切にしたらどうです?」

「ありがと、肝に銘じておくよ。貴女と此処で会えて良かった」

 八重歯を覗かせた可愛げな笑みが浮かぶ。今度こそ踵を返した弥夜はその場を後にし、取り残された夜羅は複雑な心境で深い思考を巡らせた。

「優來……こんな時、貴女ならどうしますか」

 ビルの隙間から見える狭い空を仰ぐ。揺れる心から染み出した静かな独白は、再び駆動を始めた換気ダクトの音に掻き消された。
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