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40-2.証明 2*
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「ジェラルドは、その、楽しい? 僕みたいなのを相手にして。ジェラルドならもっと普通の、そう、普通の女の子を妻に迎えることだって」
「俺はアイリーンを選んだんだ。この選択を後悔するつもりはない。それに、無垢で素直なアイリーンはかわいい」
「……かわいいわけがない。女らしくないのに」
アイリーンはジェラルドから目を逸らした。
「かわいいものはかわいい。女らしくないとかわいくないというのは、間違いだぞ。見ろ、この真っ白な肌。痕を残さずにはいられない」
そう言いながら、胸の真ん中、心臓の上にジェラルドが唇を落とす。そのまま強く吸い上げられ、アイリーンは眩暈を感じた。
「ジェラルド、あなたの趣味はおかしい」
「なんとでも。どうしても手に入れたいと思ったものを手に入れて、今の俺は非常に気分がいいんだ」
ジェラルドが笑う。アイリーンは呆れつつ自分の胸元に目をやる。……赤いあざが、心臓の真上に残されていた。
見覚えがある。宮殿で身体検査を受けた時、女官たちに騒がれた「情交の痕」だ。
――まさか……。
あの時、ジェラルドはなんて言っていた? 皇帝に捧げるには惜しい。女官たちの報告を受けて皇帝の興味は削がれた。「この娘はもらい受ける」そう言ってジェラルドはアイリーンをここに連れてきた。
宮殿に行く前夜、アイリーンはこの屋敷に泊まっている。疲れていたところに発泡酒を出されてぐっすり寝てしまった。
何をされたって気付かない。翌日は下着の上から装束をまとって宮殿に向かった。自分の肌は見ていない。
そういえばジェラルドはアイリーンの体を見ても驚かなかった。それは、見たことがあるから?
「もしかして、身体検査の時の鬱血……」
思わず口に出して呟けば、ジェラルドの視線がこちらを向く。
黒い、夜の闇のような瞳と視線がぶつかる。
「……そうだ」
「なん、で……」
「皇帝に取られないために」
「そなたの名誉を傷つけたことは謝る。だがほかに思いつかなかった」
ジェラルドがアイリーンの肌に向かって囁く。吐息がくすぐったい。
「僕を引き取るために、痕をつけたの?」
「ああ。皇帝であろうと、ほかの男に取られたくなかったから」
アイリーンを利用するために助けたわけじゃなかった。ジェラルドは初めからアイリーンを連れ出すつもりで、騒動を起こしてくれていたのだ。
「いいか、アイリーン。よく覚えておけよ。俺が本気だということを」
ジェラルドがそう言うと、再びアイリーンの白い胸元に唇を落としてきた。
その夜、アイリーンはジェラルドからいやというほど「かわいい」と「きれい」の二つの言葉を聞かされることになった。普段なら「そんなわけがない」と力づくで言葉を止めさせるところだが、残念ながらそんなことができる状態ではなかった。
アイリーンにできたのは「もうやめて」と懇願することだけだった。なのにジェラルドはやめてくれなかった。
聞くに堪えないアイリーンを称賛する言葉も、アイリーンを翻弄する行為も、どちらもやめてくれなかった。
あまりの幸福に頭がどうにかなりそうになりながら、アイリーンは自分にのしかかって出来損ないの体を貪る男を抱きしめた。
アイリーン自身目を背けてきた裸体をきれいだと言って、大人の女性のように扱ってくれる……それはアイリーン自身が望んで望んで、でもどうしても手に入らなくて諦めていたもの。それをジェラルドが身をもって証明してくれた。
ジェラルドが言葉だけでなく態度で示してくれたことが嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、そして愛しい。
――僕は、ジェラルドが好きなんだ。
ジェラルドが何度も「こういうことをされて嫌か?」と聞いてきたのは、好きでもなんでもない人とこういうことをすることがどれほど苦痛を伴うか、知っていたからだ。
嫌じゃない、と思った時点で、気付くべきだった。
思えば、初めて会った時から目を奪われていた。
なぜか気になっていた。彼に会うと胸がざわざわして落ち着かなくなっていた。ドルフをはじめ今まで出会った誰に対しても抱いたことがない感情だった。だからとても戸惑ったことを覚えている。
竜族は、つがいに会えばすぐにわかるのだという。この人だ、と。それはこういう感覚なのかもしれない。
でもジェラルドは竜族ではない。父親はこの国の皇帝、母親も帝国のそれなりに名のある一族の出身。二人とも身元がはっきりしていて、どこかに竜族の血が入っている可能性は低そうだ。……ジェラルドはアイリーンの竜族としてのつがいではない。だから、アイリーンを短命の運命から救ってくれるわけじゃない。
どうしてジェラルドは竜族じゃないんだろう?
どうして彼は自分のつがいじゃないんだろう?
つがいなら、この体は大人になれるのに。そうしたら、ジェラルドとずっと一緒にいられるのに。子どもだって生めるのに。
ジェラルドにそっくりな子どもたちをこの腕で抱きしめて、大好きだよって言ってあげられるのに。
自分にはその未来が訪れることはない。
目がくらむほどの幸福と同時に、アイリーンは深い悲しみも噛みしめていた。
「俺はアイリーンを選んだんだ。この選択を後悔するつもりはない。それに、無垢で素直なアイリーンはかわいい」
「……かわいいわけがない。女らしくないのに」
アイリーンはジェラルドから目を逸らした。
「かわいいものはかわいい。女らしくないとかわいくないというのは、間違いだぞ。見ろ、この真っ白な肌。痕を残さずにはいられない」
そう言いながら、胸の真ん中、心臓の上にジェラルドが唇を落とす。そのまま強く吸い上げられ、アイリーンは眩暈を感じた。
「ジェラルド、あなたの趣味はおかしい」
「なんとでも。どうしても手に入れたいと思ったものを手に入れて、今の俺は非常に気分がいいんだ」
ジェラルドが笑う。アイリーンは呆れつつ自分の胸元に目をやる。……赤いあざが、心臓の真上に残されていた。
見覚えがある。宮殿で身体検査を受けた時、女官たちに騒がれた「情交の痕」だ。
――まさか……。
あの時、ジェラルドはなんて言っていた? 皇帝に捧げるには惜しい。女官たちの報告を受けて皇帝の興味は削がれた。「この娘はもらい受ける」そう言ってジェラルドはアイリーンをここに連れてきた。
宮殿に行く前夜、アイリーンはこの屋敷に泊まっている。疲れていたところに発泡酒を出されてぐっすり寝てしまった。
何をされたって気付かない。翌日は下着の上から装束をまとって宮殿に向かった。自分の肌は見ていない。
そういえばジェラルドはアイリーンの体を見ても驚かなかった。それは、見たことがあるから?
「もしかして、身体検査の時の鬱血……」
思わず口に出して呟けば、ジェラルドの視線がこちらを向く。
黒い、夜の闇のような瞳と視線がぶつかる。
「……そうだ」
「なん、で……」
「皇帝に取られないために」
「そなたの名誉を傷つけたことは謝る。だがほかに思いつかなかった」
ジェラルドがアイリーンの肌に向かって囁く。吐息がくすぐったい。
「僕を引き取るために、痕をつけたの?」
「ああ。皇帝であろうと、ほかの男に取られたくなかったから」
アイリーンを利用するために助けたわけじゃなかった。ジェラルドは初めからアイリーンを連れ出すつもりで、騒動を起こしてくれていたのだ。
「いいか、アイリーン。よく覚えておけよ。俺が本気だということを」
ジェラルドがそう言うと、再びアイリーンの白い胸元に唇を落としてきた。
その夜、アイリーンはジェラルドからいやというほど「かわいい」と「きれい」の二つの言葉を聞かされることになった。普段なら「そんなわけがない」と力づくで言葉を止めさせるところだが、残念ながらそんなことができる状態ではなかった。
アイリーンにできたのは「もうやめて」と懇願することだけだった。なのにジェラルドはやめてくれなかった。
聞くに堪えないアイリーンを称賛する言葉も、アイリーンを翻弄する行為も、どちらもやめてくれなかった。
あまりの幸福に頭がどうにかなりそうになりながら、アイリーンは自分にのしかかって出来損ないの体を貪る男を抱きしめた。
アイリーン自身目を背けてきた裸体をきれいだと言って、大人の女性のように扱ってくれる……それはアイリーン自身が望んで望んで、でもどうしても手に入らなくて諦めていたもの。それをジェラルドが身をもって証明してくれた。
ジェラルドが言葉だけでなく態度で示してくれたことが嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、そして愛しい。
――僕は、ジェラルドが好きなんだ。
ジェラルドが何度も「こういうことをされて嫌か?」と聞いてきたのは、好きでもなんでもない人とこういうことをすることがどれほど苦痛を伴うか、知っていたからだ。
嫌じゃない、と思った時点で、気付くべきだった。
思えば、初めて会った時から目を奪われていた。
なぜか気になっていた。彼に会うと胸がざわざわして落ち着かなくなっていた。ドルフをはじめ今まで出会った誰に対しても抱いたことがない感情だった。だからとても戸惑ったことを覚えている。
竜族は、つがいに会えばすぐにわかるのだという。この人だ、と。それはこういう感覚なのかもしれない。
でもジェラルドは竜族ではない。父親はこの国の皇帝、母親も帝国のそれなりに名のある一族の出身。二人とも身元がはっきりしていて、どこかに竜族の血が入っている可能性は低そうだ。……ジェラルドはアイリーンの竜族としてのつがいではない。だから、アイリーンを短命の運命から救ってくれるわけじゃない。
どうしてジェラルドは竜族じゃないんだろう?
どうして彼は自分のつがいじゃないんだろう?
つがいなら、この体は大人になれるのに。そうしたら、ジェラルドとずっと一緒にいられるのに。子どもだって生めるのに。
ジェラルドにそっくりな子どもたちをこの腕で抱きしめて、大好きだよって言ってあげられるのに。
自分にはその未来が訪れることはない。
目がくらむほどの幸福と同時に、アイリーンは深い悲しみも噛みしめていた。
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