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11.カーテンは閉めたほうがいい
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「おはようございます。今日はお早いですね」
シャワーを浴びてバスローブをまとい、厨房で飲み物を探していると、裏口から通いの家政婦が現れて声をかけてきた。
グレアムはグレアムの姿のまま振り返り、「おはよう」と返事をする。
丸っこい顔に体つきの彼女は、グレアムの実家、ハンスティーン伯爵家に古くから仕えているメイドの一人だ。
グレアムのことも子どものころから知っている。
グレアムが一人暮らしを始めるにあたり心配した両親と兄が「知らない人間よりは知った人間のほうがいいから!」と、派遣してくれたのが彼女だった。
「ちょっと、用があって」
「まあ。副団長ともなると大変なんですねえ」
グレアムの答えに、家政婦が大仰に驚く。
副団長としての用事ではないのだが、訂正するのも面倒なのでそのままグレアムは頷いた。
朝一番にこの家政婦が来るから、早起きしてフェイとの情事の痕跡を隠したグレアムである。
まず居間の窓を全開にして空気を入れ替え、ソファを水拭きする。居間の床に散らばっているフェイの服を回収する。フェイの荷物を二階の寝室に移動させる。
二階の寝室まで我慢ができず、ダイニングルームの隣で押し倒したなんて、
――さすがに知られたくないんだよなぁ……。
フェイのことを隠す気はないが、秘密にしておきたいことも、ある。
そのフェイは現在、二階にあるグレアムの寝室で寝息を立てている。フェイにはあのあともう一度相手をしてもらったので、今日は昼過ぎまで起きてこない気がする。
二回目ともなるとフェイも体力を消耗しているからか、恥ずかしがる気力をなくしているようだった。こちらの愛撫にとろけた顔でひたすら喘ぐフェイはかわいかった。
彼女の初めては奪った。
まっさらな体に精を放って自分のものだという印もつけた。
朝、目が覚めて改めてフェイの姿を見てみたら、彼女の放つ優しい黄色の光の中に、自分の青い光が混ざっているのが確認できて、思わずニンマリした。
この印を取り払う魔力の持ち主がこの国に何人いるだろうか。
「あら、どなたかいらっしゃっていたんですか?」
厨房を覗き込み、家政婦が声をあげた。
昨夜の食器がそのまま残されていたからだ。
「この匂いはパルミラのスープ! グレアム様の好物ですね。もしかして、どなたか女性が作ってくださった?」
「ああ、そうなんだ」
「あらあら、まあまあ」
家政婦が笑顔を浮かべる。
「それは大事になさらないと!」
「そう。大事にするよ。……彼女は二階で寝ているから、起こさないようにしてくれ。あ……あと、これなんだけど、直すことはできるか?」
グレアムは家政婦が来たら聞いてみようと持って来ていた、フェイの制服のジャケットとブラウスを差し出した。
「……ボタンがすべて取れていますね」
このふたつを手に取り、家政婦が眉をひそめる。
「グレアム様、女性にご無体を働くのは感心できませんねえ」
「俺じゃない」
いや、正確に言えばこの体がやったことではあるが、その時、この体の中にいたのはフェイだった。
「あら、そうなりますと、グレアム様がこの方を助けてさしあげたのですか?」
「……まあ、そうだな……」
正確にいえば、助けにきたのはやっぱりこの体の中にいたフェイなのだが、ややこしいのでそのあたりは省くことにする。
「まあまあ、素晴らしいこと。それでこそこの国を守る騎士様というものですよ。ボタンつけですね。こちらのジャケットも少し汚れていますから、ついでに洗濯しておきましょうか? ああでも、お仕事に使うんですよね」
「今日は休みをとっているから、急がなくていいよ。今日中に直してくれたらそれでいい」
「承知しました。……ふふふ、グレアム様にそういう方ができたんですねえ。これは旦那様と奥様に報告しないと」
鼻歌を歌いながら家政婦がジャケットとブラウスを、洗濯カゴの上に乗せる。
「今日は二階の掃除はしないでくれ。一階の掃除もなるべく静かに。彼女が寝ているから」
「承知しました」
グレアムの指示に家政婦が笑顔で頷く。
さて、と。
昨日の就寝時間はいつもより遅かった。
寝る前に体力も使った。
なのに起床時間はいつも通りで、自分でも笑ってしまった。
確かに体には少し疲れが残っている気がするが、気持ちは晴れ晴れとしているので気にならない。
それに、だ。
昨日の夜からだいぶ時間が過ぎているのに、今日は入れ替わりが起きていない。
エレンの話では、元に戻るには十日ほどかかるという話だったのに、どういうことなのだろう。
これについてははっきりさせなければならない。
単に入れ替わりの間隔が伸びているだけなのか、エレンの予想が外れて早々に魔法石の効力が切れたのか、それとも違う理由があるのか。
眠っているフェイを置き去りにしてくるのは忍びないが、昼までは起きないと踏んでグレアムはいつも通りの時間帯で王宮に行くことにした。
有給を取っているから、私服姿だ。
いつも通り、市場で朝食を調達して王宮に向かう。行き先は騎士団の事務所ではなく、魔術研究所だ。
フェイの目には白い建物に見えているようだが、グレアムの目には赤黒いヤバげなオーラが噴き出して見える。フェイの同期であるミネルヴァには「どす黒い蛇が巻き付いて見える」そうだ。エレンの出す気配の見え方は、その人の魔力の強さによってまちまちなのである。
この中に踏み込んで平気なフェイはどうかしている。
「おい、起きているか、丸眼鏡」
ノックもなしに実験室のドアを開ければ、床の上で寝袋にくるまっていたエレンが「ほへっ」と変な声を上げて目を覚ました。ちなみに、エレンといえども寝るときはさすがに眼鏡をはずす。
「始業時間が来ているぞ。相変わらず世の中を無視した生活リズムだな」
「んん……その口調、さてはグレアムだな?」
のそのそ起き上がり、あらゆるものがぐちゃぐちゃと積まれたテーブルの上に置いていた丸眼鏡をかけ、グレアムをまじまじと見つめる。
「ああ、そうだ。昨日はよくもひどい目に遭わせてくれたな」
「んんんん~~~~? 入れ替わりが解けたの?」
「それがわからないからおまえのところに来たんだろうが」
「んー、それもそうかあ」
ふああ、と大あくびをしながら、流しに向かう。
「お茶淹れるけど飲む?」
「それ、飲めるシロモノなのか」
「失礼ですねー。カップがないからビーカーだけど、中身はちゃんとお茶だよ」
「カップくらい用意しろよ」
「これ以上ものが増えるのはいやだ」
「いらんものが多すぎなんだよ、おまえの部屋は。捨てろ」
グレアムの進言にエレンは「むーりー」と明るい声で答え、お茶の準備を始めた。やかんに水を入れ、エレン特製の、よくわからないメカニズムで動く小さなコンロにやかんをかける。
「ところでさあ、グレアム。君たちがかかった入れ替わりの魔法なんだけど」
ほかに置き場がないので、物置と化しているテーブルに買ってきた朝食を置く。大きな丸いパンに切れ込みを入れ、豪快に具を詰め込んだサンドイッチだ。
「二人の距離を近づけたら入れ替わりが解けるのは知ってるよね」
「ああ。一時的にな」
「種明かしをすると、あれ、二人の距離が重なったら、元に戻るんだ」
「……は?」
グレアムが聞き返す。
エレンは上機嫌でお湯を沸かしている。
「キスだと重なり方が浅くて、入れ替わりを解くことができない。でも、もっと深く重なったら、元に戻る」
「……」
「と、いう、魔法なんだ。あれ。失敗とかじゃなくて」
「……は?」
ピー、とやかんの音がして、お湯が沸いたようだ。
エレンがビーカーの上に茶こしを乗せ、缶に入った茶葉を入れる。目分量、大雑把。
「いやあ、うまくいってよかったよねえー。見ていてほんっっっと、イライラしたからさあ! 我が親友の長年の恋が叶ってよかったよ! いつグレアムが強制わいせつで連れていかれるか冷や冷やしてたんだ」
「……おまえが仕組んだのか」
「第三騎士団の団長から相談は受けてたんだけどね」
ビーカーにお湯を注ぐ。茶こしから爽やかな香りのお茶が出てくる。
「なんだと?」
「団長が言うには、フェイちゃんが来たときのグレアムの目付きはヤバかったらしいよ。フェイちゃんに無体を働きそうだってんで釘を差したら、団員に意味なく当たり散らかすようになって、困ってたんだって。原因はフェイちゃんが鈍すぎるせいだから、フェイちゃんにグレアムを意識させる方法を相談されてたんだけどォ、なんかまどろっこしいじゃん? そこで強制的にキスしなきゃいけない入れ替わり魔法をかけたってわけ」
はっはっは、とエレンが高らかに笑う。
「どのみち一日たったら解ける魔法だったんだけど、自己解決しちゃうなんてねー。愛の力は偉大だなあ。あ、関係ないけど夜はカーテン閉めて寝たほうがいいぞ。外から丸見えだから。はい、お茶」
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