【R18】身代わり魔女はその護衛騎士から逃げ切りたい

ほづみ

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01.身代わり魔女、騎士と出会う

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「推しのライブに行きたいの! カイエちゃん、その間のお留守番をお願い~~~~!」
「……は?」

 久しぶりに姉からの連絡が来たと思ったらコレ。
 カイエは水晶玉に映る「お願いポーズ」中の姉を見つめ固まった。
 透き通るように白い肌に銀色の髪の毛、銀色の瞳。
 今日も姉の変装姿は完璧だ。

「おし? らいぶ?」

 一方のカイエはまっすぐな黒髪、とんがった耳、赤い瞳、しかも瞳孔は縦長。
 水晶玉に映る姉は神々しく、水晶玉に反射している自分はまがまがしい。
 だが姉も元はカイエと似たような外見をしているのだ。
 なぜなら二人は姉妹だから。

「そう。ど――――しても行きたいのよう~~~~! でも誰かがここで結界を維持しなきゃいけないじゃない?」
「それはそうだけど」

 カイエの姉セレスは、大陸北部バルディア王国を守る「聖女」だ。
 王都に結界を張って魔物の侵入を防ぎ、国王全土に聖なる力を行きわたらせて魔物の力を抑制する。
 もうかれこれ三百年ほど、そこで聖女をやっている。

 その理由が、三百年前にバルディアの王様と恋に落ちて結婚し、「私がこわーい魔物から子孫を守るね!」と、王都に結界を張ることを約束したからだ。その際、「魔女に守られるのはどうかなー。うちの子たちに風評被害が出たりしない?」と不安視した王様に「だったら聖女ってことにしとけば大丈夫じゃないかな!」とセレスが提案し、現在に至る。

 だから表向き、バルディアの王様は聖女と結婚し、その聖女が今も王都を守っている、ということになっている。聖女は創世神に選ばれた娘、という設定らしい。
 このことは、今は亡きセレスの夫を除けば、妹のカイエしか知らない。

「結界が維持できそうな人材って、カイエちゃん以外にはいないじゃない?」

 水晶玉の向こうでうーん、とセレスが唸る。

「まあね……」

 この世界にはこわーい魔物が跋扈している。それを退治できるのは「竜騎士」と呼ばれる、特別な力を持つ存在のみ。
 セレスのように結界を張って魔物の侵入を防いでくれる存在は、まさに女神! なのだが、そのセレスが実は魔女というオチ。
 もちろんバルディアにも竜騎士はいる。
 セレスは国民も竜騎士もぜーんぶ騙して、聖女としてバルディアで暮らしているのだ。

 それはセレスの魔力がずば抜けて高いからできること。とはいえ、結界維持のために、王都から動くことができない生活が実に三百年。
 何が楽しくて……と思うが、セレスは「パパ(=セレスの夫)と約束したんだもん」といたって大真面目だ。

 しかし、このセレスに最近「推し」ができた。
 楽しい音楽に合わせて歌って踊る女の子たちのグループである。

 どこかで目にして以来、その姿があんまりにもかわいくてすっかりハマってしまい、今までは「魔女だとバレたら困る」という理由でほとんど使うことがなかった使い魔を飛ばし、セレスとカイエが通信用に使う以外に使い道のない水晶玉に使い魔が見た映像を転送してもらって、ライブを楽しんでいるのは知っていたが。

「隣の国にね! 来るの、推しが! これは行くっきゃないでしょ」

 水晶玉の向こうでセレスが力説する。

「いつもみたいに水晶玉のライブ中継で我慢できないの?」
「できない! あの子たちが近くに来るなんて、この先もうないかもしれないのよ!?」

 セレスが叫ぶ。

「でも私だと魔力不足だと思うんだけど」
「これ貸してあげるから!」

 じゃん、という効果音付きで出されたのは、半透明で七色に光り輝くお皿……ではなく、竜のうろこだった。
 セレスが魔女のくせに聖女に化けていられる理由。それが、このうろこだ。
 セレスはこの世界を作ったという創世の竜のうろこを持っている。

「それがなかったらセレスが困るんじゃないの?」
「大丈夫よぉ。私本体の魔力だってそこそこ強いんだから! カイエちゃんのためにライブで推しグッズいっぱい買ってくるから、お願い! お姉ちゃんどーーーーーしても行きたいの!」
「グッズはいらないかなー」
「なんで! もうねーあの子たちのかわいさを知らないで生きていくなんてほんと人生損してる! もったいなさすぎる! カイエちゃんも一緒に沼ろ? 一人で盛り上がっても寂し……あっ、なんか神官長が呼んでるんだって! 詳しいことは手紙で送るからあとはよろしくねっ」
「あ、ちょっと」

 ブツッと切れた通信に慌てて声を荒げてみても、聞こえるはずもなく。
 カイエは沈黙した水晶玉の前で頭を抱えたのだった。

 ***

 この世界は創世の竜が作ったとされる。
 竜がいたころは創世の力が満ち、人々はその力をうまく利用して生活していた。やがて人々は創世の力を使って争いを始め、そのことを嘆いて竜はこの世界から飛び去る。

 竜が去ったことで創世の力は減ってしまった。
 人の心の闇が残った創世の力を得て生まれてきたのが魔物。
 魔物は人の心に忍び込んでわざと争いを招いては心の闇を作り、力を得てきた。
 魔物は悪意と憎悪が具現化したもの。人の心に巧みにつけ入るが、人の心は理解できない。

 人々の多くも創世の力を使えなくなったが、使える人も少しはいた。そういう人たちが魔物退治を請け負い、やがて魔物退治専門の組織ができた。それが「竜騎士」。創世の竜にちなんだネーミングだ。

 そしてセレスとカイエは、飛び去る創世の竜が落としていったうろこから生まれた。
 人から生まれたわけではないし、不老だし、糧は人の魂だから魔物に近い生き物だが、人の心の闇から生まれたわけではないので、人の心は理解できる。
 なぜ自分たちが特殊な存在としてこの世に生まれてきたのかはわからないが、自分たち以外に、創世の竜のうろこを持っている存在に出会ったことはない。

 創世の力は現在、魔力と呼ばれている。
 魔物が使う力も、竜騎士が使う力も、セレスとカイエが使う力も、実はすべて同じものだ。
 魔力はただのエネルギー。使う者によって剣にも盾にもなる。

 セレスは生まれてきた理由を三百年前に見つけた。
 一方のカイエは、その理由を未だに見つけられていない。

 陽気なセレスは昔から人の中で暮らしていたが、人に関わることが苦手なカイエは人目を避けて暮らしてきた。それでも生きる糧が人の魂である以上、どうしても関わらざるを得ないから、時々、人の世界に現れては魂を対価に魔物を退治したり呪いを解いたりしていた。
 そんなことをしていたため、カイエは「対価を差し出せばどんな呪いも解いてくれるが、出会えるかどうかは運次第の魔女」として、人間には最後の頼みの綱として、魔物には厄介な存在として認知され、いつごろからか、住んでいた場所にちなんで「東の魔女」と呼ばれるようになった。

 人と関わるのは生きていくためにどうしても必要だからだが、人付き合いは長く生きてもへたくそなままなので、はっきりいって面倒くさかった。
 一人の方が気が楽。
 でも一人だとちょっと寂しい時もある。
 そんな時はセレスとちょっと話をすれば寂しさは薄れるから、セレスがいれば問題ない。セレスは変わらずそこにいてくれる。
 だからカイエはセレスの頼みに弱い。
 これからもそうやってだらだらと生きていくのだと思っていた。

 十五年前までは。

 ***

 ――無視してもいいけど、バルディアの結界がなくなるのは問題だもんね。

 手紙を受け取ったあと、カイエはため息をつきながらバルディアの王都にやってきた。
 手紙によると留守番は十日程度でいいらしい。
 十日ならまあ、何とかなりそうな気がする。

 バルディアの王都は魔除けの結界がバッチリ張ってあるが、セレスからあらかじめ受け取っていた鍵を使って、神殿の中にあるセレスの部屋に転移する。
 内側から手引きがあれば結界なんて、意味がないのである。

「あーん久しぶりぃ」

 転移先はセレスの自室。
 ニッコニコ顔のセレスが待ち受けていた。

「これ私に似せる薬ね。見た目も私そっくりになるの。一日一回一錠、飲み忘れないでね。衣食住は世話係の女官にお任せすればいいし、何かあったら女官を呼んで言いつけたらオッケーよ」
「至れり尽くせりね。で、聖女の仕事は? 私は何をすればいいの?」

 セレスから白い錠剤が詰まった、透明なガラス瓶を受け取りながらたずねる。

「ここでこれ持って、私が帰ってくるのを待っててくれればいいわよう」

 セレスがふわっと何もないところから虹色のうろこを取り出し、カイエに押し付けた。
 竜のうろこはセレスの力の源だ。
 以前はカイエも持っていた。でも失ってしまった。
 だからセレスのうろこを借りなくては留守番ができないのだ。
 でもうろこがなければ、セレスも本来の魔力を使うことができない。

「じゃあ、あとよろしくう」
「えっ、もう!?」

 驚くカイエを残し、セレスの姿はさっさと消えていた。

「セレス様、どうかされましたか?」

 ドアの外からそんな声が聞こえる。カイエは慌ててセレスの残した瓶のふたをこじ開け、中に詰まった錠剤を一粒飲み込んだ。
 スゥッと、まっすぐな黒髪がゆるくウエーブがかった銀髪に、華奢で凹凸が少ない体がメリハリボディに代わる。カイエが着ていた漆黒のミニワンピの胸元はパツパツで、ウエストはガバガバ。

 ――スタイルよくていいわよね。

 ドアが開いて女官が入ってくる。
 間一髪で間に合った。

「セレス様?」
「ええと……新しい服に挑戦してみたけれどサイズが合わなくて。着替えるのを手伝ってくれる?」

 セレスに扮したカイエの苦しい言い訳に、女官は目をぱちくりさせたが、すぐに「もちろんです」と頷いた。

***

 その騎士に会ったのは、セレスの身代わりを始めた翌日のこと。
 ボロを出したくないので体調不良を理由にサボろうかと思ったのだが、「すぐ済みますし、着任する騎士隊長の挨拶を無視されるのはどうかと」と神官長に渋られたので、顔を出すことにしたのだ。

「本日付けで神殿の護衛責任者に着任いたします、バルディア竜騎士団第一隊長のアスター・ヴェンデールと申します」

 謁見用の広間に行けば、黒い騎士服に身を包んだ金髪の青年がそう名乗って、カイエの前に剣を差し出して跪く。

 ――ええと……。

 何かこう儀式的な動作が必要っぽいが、そんなものは知らないんですけど。
 助けを求めるように神官長に目をやるが、怪訝そうにこちらを見るだけ。
 反対側にいる立場が高そうな女官に目をやっても、同じように怪訝な眼差しをしているだけ。

 ――セレス……私もうボロが出そう。帰ってきたらきっちりフォローしてよね。

 まあ、あの姉のことだ。
 多少おかしな行動をとっても「あの聖女様なら」ということになっ…………

 ――るわけないと思うけどォ、

 ……てくれないと困る…………。

「こんにちは、騎士アスター! 今日からよろしくね! 頼りにするからね!」

 カイエは精一杯「あの姉っぽく」笑いながら、跪いて剣を掲げるアスターの前にがばっと勢いよくしゃがみこみ、剣を掲げた手を両手で包んだ。そのままぶんぶんと振る。
 アスターが驚きのあまり顔を上げる。
 正面から覗き込んだアスターは氷色の瞳が印象的な、非常に凛々しい顔立ちの青年だった。セレスから借りているうろこがあるせいか、はっきりとアスターの中にある魔力を感じ取れる。

 ――この人、ものすごく魔力が強いわ。

 まるで人間ではないみたい。
 いや、人間だけど。ちゃんと人間だけど。それはわかる。

 ――私も前はこれくらい、魔力を感じ取ることができたのよね。

 うろこさえ無事なら、セレスに遜色ない魔力を持っていた。いつの間にか弱ってしまった感覚に慣れていたことに、気が付いた。
 ちょっと切なくなりながら、アスターから手を離して立ち上がる。
 一方のアスターは固まったままだ。じっとカイエを見つめている。

 はっとして神官長を見れば「ヤレヤレ」といった感じで首を振る。反対にいる女官に目を向けると、額を押さえたまま天井を仰いでいた。

 やっちまったようである。

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