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04.身代わり魔女、騎士に求婚される
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連れて行かれたのはアスターの部屋。王城の敷地内にある騎士の宿舎だという。
意外に広くてきちんと片付けられているのは、アスターが隊長だからだ。頼めば洗濯や掃除が入るらしい。
「すごく待遇がいいのね。あなたって、もしかしてとても偉い人?」
まじまじと聞いたカイエに、アスターが呆れたような視線を寄越す。
「バルディア竜騎士団の第一隊長です。最初にそう名乗りましたが」
「そうだったかしら。神殿の護衛責任者というのは覚えているんだけど」
「そうですか。まあ、あなたが俺に関心がないのは、今に始まったことではありませんでしたね」
言いながらアスターが奥の部屋からシャツを持ってきて、ふわりとカイエの肩にかける。
「別に寒くないわよ?」
今は真夏だ。
「薄着は目に毒ですので」
「私は姉ほどスタイルよくないから、それほど毒になるとは思えないけど」
「姉?」
「あ」
あわてて口を押さえたが時すでに遅し×2回目。
――私って、どうしてこう……。
「さて、東の魔女カイエ殿。話をお聞かせ願えますか?」
アスターがにっこり笑って居間にある椅子をすすめてくる。
「そ、それならあなたの話が先よ、騎士アスター。どうしてあなたは、上位の魔物しか使えない転移魔法が使えたの? それに鼻がきくって」
「本当に俺のことはまるで覚えていないんですね。心当たりもまったくありませんか? 俺はあなたと出会ってから一日たりとも、あなたのことを忘れたことはないのに」
正面に立たれ、見下ろされる。
眼差しが冷たい。目の色が氷色なだけに、なんだか急にまわりの温度が低くなったように感じる。カイエは肩にかけたアスターのシャツをぎゅっと抱き寄せた。
「犬に変えられた男の子のことなら覚えているわ。あれがあなたなの? でもそれと、魔法が使えることの因果関係は?」
「呪いをかけられた後遺症というのでしょうか。俺に魔法をかけたのは相当力が強い魔物だったようですね。あなたは俺の呪いを解くのは無理だと言った」
「覚えているの? それとも誰かに聞いたの?」
「覚えています。あなたと初めて会った日のことも、あなたのもとにいた日々も、あなたと別れた日のことも、すべて」
「ええ、そんなことってあるの? おかしいわね、あの時、あなたは犬になっている間のことは覚えていないと言っていたわよ?」
別れ際にカイエは「今までのことを覚えている?」と確認したが、少年は何も覚えていないと言った。
実際、アスターにかけられた呪いは相当強く、アスターの魂も体もすべて蝕んでいた。呪いにかけられていた間の記憶が残っているとは考えにくい。
「話は最後まで聞くものですよ。呪いの後遺症だと言ったでしょう。あの時覚えていないと言ったのは、嘘じゃない。あとから思い出したんです。あなたのことも……あなたのにおいも」
「におい?」
「犬にされていたせいか、あれ以来、鼻がきくようになったんです。それに魔力も強くなった」
こんなふうにね。そう言いながら、アスターが手をサッと振ると、目の前に神殿の様子が浮かび上がった。魔女はどこだと捜し続ける神官長に、女官長。魔女が聖女を連れ去ったのでは。あるいは殺したのでは。けれど王都の結界は無事だ。どういうことだ……。
――こんな魔法、上位の魔物だって使えない。
どうしてそんなことが。
竜のうろこの持ち主としか思えない。
もしかして自分が知らないだけで、
「実はあなたもうろこを持つ魔物?」
「違います」
うっかり口にしてしまった疑問を、アスターがきっぱりと否定する。
「俺の魔力が強くなったのは、あなたが俺に呪いをかけた魔物をあなたの力で退治したからです。呪いを通じて俺と魔物はつながっていた。魔物が受けたあなたの魔力が俺に流れ込んだんです。ほんの一部ですが、それはとてつもない力でした」
この世界に満ちている魔力はすべて竜が残した創世の力の残滓だ。だから創世の竜の力を源にしているカイエの魔力は強い。
「……確かにあいつは手ごわくてなかなか殺せなくて、本当に大変だったわ。でも呪いを通じてあいつに使った魔力があなたに宿るなんてことがあるの? 初耳」
「そうでなければ、俺がこれほどの魔法が扱える理由の説明ができません」
アスターがパチンと指を鳴らすと、目の前の幻影がフッと消える。
「おかげで俺は竜騎士の中でも抜群に力が強いから、トントン拍子に出世できました。創世の力は俺を魔物には変えなかった。この体は人間のままです」
「よかったじゃない」
「そのかわり、あなたは魔力を失いましたね、東の魔女。誰に聞いても、あなたの魔力も気配も感じないから、東の魔女は死んだに違いないと言われましたよ」
「いや別に失ってないし。弱くなっただけよ……ほんのちょっと」
よく調べてるアスターが怖くなり、カイエは話を盛った。……だいぶ。
アスターは相変わらず怖い顔をして見下ろしてくる。
だいたい身長差があるのに、こっちは座って向こうは立って、視線の高さがおそろしく離れているせいで見下ろされ度がものすごく高い。威圧的! これはいったいなんというハラスメントか。
「俺の話はしました。次はあなたの番です、東の魔女カイエ。なぜあなたは聖女のふりをしていたのですか。先ほど聖女を姉と呼んだ理由はなんですか?」
淡々と尋問は続く。
アスターという男、人のにおいを嗅ぎまわる変態性を持っているが、若くして騎士団の隊長を任されるだけあって、仕事はできるらしい。
「……ほかの人に黙っていてくれるのなら」
姉は長年正体を隠している。
バレたらバルディアに居られないことがわかっているからだ。
「ことによります」
氷の瞳がスッと細められる。あかん、これはあかんやつや。
アスターの良識に賭けよう。
アスターもバルディアの民なら、聖女の重要性を理解しているはず。
「聖女セレスは私の姉なの、騎士アスター。本当に血がつながっているわけではないけど、創世の竜のうろこから生まれてきたという点は同じ。今のところ、こういう生まれ方をした魔物はほかにいないわ。過去にはいたのかもしれないけれど、私は出会ったことがない」
「魔物は人の心から生じるのではないのですか」
「一般的には、そう。でも私とセレスは違う。まあ、人間の魂を食べるし人間より長生きだから、魔物には変わりないけど」
「……」
「セレスがバルディアの王様と恋に落ちて結婚する時、魔女だと体裁が悪いから聖女ということにしたのよ。私が聖女のふりをしているのは、そのセレスに留守番を頼まれたから」
カイエはアスターの前に手のひらを突き出し、竜のうろこを呼び出した。虹色に輝くそれは光を放ち、アスターの居間を明るく照らす。
「これはセレスのうろこ。これを預かって、セレスの代わりに私が王都の結界を維持しているのよ」
「では、本物の聖女様はどこへ?」
「知らないわ。推しのライブに出かけるって言ってた。明日あたりに帰ってくるそうだから、本人に聞いたらいいじゃない」
カイエはうろこをしまい、アスターを睨んだ。
「私は何も悪いことはしていない。姉に頼まれて姉の代理人をしているだけよ」
「……あなたの姉上は、聖女で、魔女、なんですよね。」
アスターが確認するように聞く。
「そうよ。魔女のくせに聖女のふりをしているの。もう何百年も。愛した人はとっくに死んでいるのに、律儀よね」
「魔女は……いや、聖女様は、ご自分の伴侶を魔物にはしなかったのですか。あなたがたほどの魔力を持っているのなら、出来そうな気がしますが」
「人間を魔物にすることはできないの。使い魔にすることはできるけれど、それだと自我を失ってしまう。セレスは、旦那さんにずっとそばにいてもらうよりも、人間でいてほしかったんじゃない?」
「人間で?」
「使い魔にすれば、ずっとそばにいてくれるけど、笑ったり、話しかけたりはしてくれなくなるもの。セレスは、旦那さんと最後まで笑ったりおしゃべりしたかったんだと思う」
亡き夫との約束を律儀に守り続けるセレスに思いを馳せながら、カイエが呟く。
「……あなたと聖女様は、俺の知る魔物とはずいぶん違いますね」
「確かにね。私たちもどうしてこうなのかはわからないから、聞いても無駄よ」
先手を打ったカイエに、アスターが微笑む。
「ところで、聖女様にはお子様がいらっしゃったはずだ。聖女様のお子さまたちが現在のバルディア王家なのですから。……あなたたちは人間と結婚できるし、子もなせるのですか?」
「みたいね。ただし子どもはただの人間よ。バルディア王家の誰も、別に長生きしてないでしょ?」
カイエの言葉に、アスターの頬が緩む。
え、今って笑うところだった?
この人、何を考えているのかわからないから、ちょっと怖い。
「ねえ、もういいかしら。セレスが帰ってくるまで隠れているから、私を見逃してちょうだい。私を捕縛するとセレス……聖女様に迷惑がかかるわよ。バルディアから聖女がいなくなったら、あなたたちだって困るんじゃない?」
「ええ、そうしましょう。この部屋を使ってください」
「えっ、ほんと? やったあ」
アスターのセリフに喜んだ次の瞬間、アスターがカイエの前にいきなり跪いた。
なんなのっ、と身構えたカイエの手を取ってそっと口づける。
なんなのマジでっ、と固まったカイエにアスターが微笑む。
「魔女カイエ、俺はあなたを捜していました。ずっと、捜していたんですよ、本当に。俺を助けたあと忽然と姿を消したあなたを、俺はあなたから授かった魔力もすべてを使って捜しました。それでもあなたは見つからなかった。俺が竜騎士になったのは、あなたの行方を知るためです。魔物たちを狩る者、そして魔物たちの情報網に触れられれば、あなたの居場所をつかめると思った」
「な、なんで?」
「もう一度、あなたに会いたかったからです。俺を助けてくれた魔女……美しく、強い、そして優しいあなたに。会って、あなたに気持ちを伝えたかったし、謝りたかった。あの時、あなたが大きな犠牲を払ったことには気が付いていましたから。俺のせいです」
「違うってば。負い目とか責任とかそういうものは感じなくていいから! 私が好きで勝手にやったことなんだから」
だから手を離してくれるかなぁぁ、とカイエはアスターにつかまれたままの腕を引っ張った。
抜けそうにない。なぜだ。
「俺が犬になった時も、あなたは献身的に俺の面倒をみてくれました。覚えています。あなたはとても優しかった」
「一般的な子犬の世話しかしてないと思うけど」
「そんなあなたに、俺は恋をしました」
「そっかあ……恋かあ……って、は!? 恋!? 私に!?」
素っ頓狂な声をあげたカイエに、アスターがこれ以上なく優しい微笑を浮かべる。
けれどなぜかその微笑に感じるのはときめきではなく悪寒。
「魔女と人間でも結婚できると知ってほっとしました。ずっと、好きになってはいけない人を好きになってしまったのだと思っていたから」
しみじみとアスターが呟く。
まあ、そうだろう。
竜騎士は魔物を狩る者。
カイエは魔女。狩られる側だ。
「魔女カイエ。私、アスター・ヴェンデールはあなたに結婚を申し込む」
跪いたままアスターがまっすぐな視線で告げる。
さっきまでは冷たいと思っていた氷色の瞳が今はどこか熱っぽくて、視線に妙に力があって、目が逸らせない。
アスターから感じた恐怖の正体はこれだったのだ。
狙われている。私の貞操が。
冗談じゃない。
「お断りします」
カイエはアスターの手を力いっぱい振り払うと立ち上がった。
意外に広くてきちんと片付けられているのは、アスターが隊長だからだ。頼めば洗濯や掃除が入るらしい。
「すごく待遇がいいのね。あなたって、もしかしてとても偉い人?」
まじまじと聞いたカイエに、アスターが呆れたような視線を寄越す。
「バルディア竜騎士団の第一隊長です。最初にそう名乗りましたが」
「そうだったかしら。神殿の護衛責任者というのは覚えているんだけど」
「そうですか。まあ、あなたが俺に関心がないのは、今に始まったことではありませんでしたね」
言いながらアスターが奥の部屋からシャツを持ってきて、ふわりとカイエの肩にかける。
「別に寒くないわよ?」
今は真夏だ。
「薄着は目に毒ですので」
「私は姉ほどスタイルよくないから、それほど毒になるとは思えないけど」
「姉?」
「あ」
あわてて口を押さえたが時すでに遅し×2回目。
――私って、どうしてこう……。
「さて、東の魔女カイエ殿。話をお聞かせ願えますか?」
アスターがにっこり笑って居間にある椅子をすすめてくる。
「そ、それならあなたの話が先よ、騎士アスター。どうしてあなたは、上位の魔物しか使えない転移魔法が使えたの? それに鼻がきくって」
「本当に俺のことはまるで覚えていないんですね。心当たりもまったくありませんか? 俺はあなたと出会ってから一日たりとも、あなたのことを忘れたことはないのに」
正面に立たれ、見下ろされる。
眼差しが冷たい。目の色が氷色なだけに、なんだか急にまわりの温度が低くなったように感じる。カイエは肩にかけたアスターのシャツをぎゅっと抱き寄せた。
「犬に変えられた男の子のことなら覚えているわ。あれがあなたなの? でもそれと、魔法が使えることの因果関係は?」
「呪いをかけられた後遺症というのでしょうか。俺に魔法をかけたのは相当力が強い魔物だったようですね。あなたは俺の呪いを解くのは無理だと言った」
「覚えているの? それとも誰かに聞いたの?」
「覚えています。あなたと初めて会った日のことも、あなたのもとにいた日々も、あなたと別れた日のことも、すべて」
「ええ、そんなことってあるの? おかしいわね、あの時、あなたは犬になっている間のことは覚えていないと言っていたわよ?」
別れ際にカイエは「今までのことを覚えている?」と確認したが、少年は何も覚えていないと言った。
実際、アスターにかけられた呪いは相当強く、アスターの魂も体もすべて蝕んでいた。呪いにかけられていた間の記憶が残っているとは考えにくい。
「話は最後まで聞くものですよ。呪いの後遺症だと言ったでしょう。あの時覚えていないと言ったのは、嘘じゃない。あとから思い出したんです。あなたのことも……あなたのにおいも」
「におい?」
「犬にされていたせいか、あれ以来、鼻がきくようになったんです。それに魔力も強くなった」
こんなふうにね。そう言いながら、アスターが手をサッと振ると、目の前に神殿の様子が浮かび上がった。魔女はどこだと捜し続ける神官長に、女官長。魔女が聖女を連れ去ったのでは。あるいは殺したのでは。けれど王都の結界は無事だ。どういうことだ……。
――こんな魔法、上位の魔物だって使えない。
どうしてそんなことが。
竜のうろこの持ち主としか思えない。
もしかして自分が知らないだけで、
「実はあなたもうろこを持つ魔物?」
「違います」
うっかり口にしてしまった疑問を、アスターがきっぱりと否定する。
「俺の魔力が強くなったのは、あなたが俺に呪いをかけた魔物をあなたの力で退治したからです。呪いを通じて俺と魔物はつながっていた。魔物が受けたあなたの魔力が俺に流れ込んだんです。ほんの一部ですが、それはとてつもない力でした」
この世界に満ちている魔力はすべて竜が残した創世の力の残滓だ。だから創世の竜の力を源にしているカイエの魔力は強い。
「……確かにあいつは手ごわくてなかなか殺せなくて、本当に大変だったわ。でも呪いを通じてあいつに使った魔力があなたに宿るなんてことがあるの? 初耳」
「そうでなければ、俺がこれほどの魔法が扱える理由の説明ができません」
アスターがパチンと指を鳴らすと、目の前の幻影がフッと消える。
「おかげで俺は竜騎士の中でも抜群に力が強いから、トントン拍子に出世できました。創世の力は俺を魔物には変えなかった。この体は人間のままです」
「よかったじゃない」
「そのかわり、あなたは魔力を失いましたね、東の魔女。誰に聞いても、あなたの魔力も気配も感じないから、東の魔女は死んだに違いないと言われましたよ」
「いや別に失ってないし。弱くなっただけよ……ほんのちょっと」
よく調べてるアスターが怖くなり、カイエは話を盛った。……だいぶ。
アスターは相変わらず怖い顔をして見下ろしてくる。
だいたい身長差があるのに、こっちは座って向こうは立って、視線の高さがおそろしく離れているせいで見下ろされ度がものすごく高い。威圧的! これはいったいなんというハラスメントか。
「俺の話はしました。次はあなたの番です、東の魔女カイエ。なぜあなたは聖女のふりをしていたのですか。先ほど聖女を姉と呼んだ理由はなんですか?」
淡々と尋問は続く。
アスターという男、人のにおいを嗅ぎまわる変態性を持っているが、若くして騎士団の隊長を任されるだけあって、仕事はできるらしい。
「……ほかの人に黙っていてくれるのなら」
姉は長年正体を隠している。
バレたらバルディアに居られないことがわかっているからだ。
「ことによります」
氷の瞳がスッと細められる。あかん、これはあかんやつや。
アスターの良識に賭けよう。
アスターもバルディアの民なら、聖女の重要性を理解しているはず。
「聖女セレスは私の姉なの、騎士アスター。本当に血がつながっているわけではないけど、創世の竜のうろこから生まれてきたという点は同じ。今のところ、こういう生まれ方をした魔物はほかにいないわ。過去にはいたのかもしれないけれど、私は出会ったことがない」
「魔物は人の心から生じるのではないのですか」
「一般的には、そう。でも私とセレスは違う。まあ、人間の魂を食べるし人間より長生きだから、魔物には変わりないけど」
「……」
「セレスがバルディアの王様と恋に落ちて結婚する時、魔女だと体裁が悪いから聖女ということにしたのよ。私が聖女のふりをしているのは、そのセレスに留守番を頼まれたから」
カイエはアスターの前に手のひらを突き出し、竜のうろこを呼び出した。虹色に輝くそれは光を放ち、アスターの居間を明るく照らす。
「これはセレスのうろこ。これを預かって、セレスの代わりに私が王都の結界を維持しているのよ」
「では、本物の聖女様はどこへ?」
「知らないわ。推しのライブに出かけるって言ってた。明日あたりに帰ってくるそうだから、本人に聞いたらいいじゃない」
カイエはうろこをしまい、アスターを睨んだ。
「私は何も悪いことはしていない。姉に頼まれて姉の代理人をしているだけよ」
「……あなたの姉上は、聖女で、魔女、なんですよね。」
アスターが確認するように聞く。
「そうよ。魔女のくせに聖女のふりをしているの。もう何百年も。愛した人はとっくに死んでいるのに、律儀よね」
「魔女は……いや、聖女様は、ご自分の伴侶を魔物にはしなかったのですか。あなたがたほどの魔力を持っているのなら、出来そうな気がしますが」
「人間を魔物にすることはできないの。使い魔にすることはできるけれど、それだと自我を失ってしまう。セレスは、旦那さんにずっとそばにいてもらうよりも、人間でいてほしかったんじゃない?」
「人間で?」
「使い魔にすれば、ずっとそばにいてくれるけど、笑ったり、話しかけたりはしてくれなくなるもの。セレスは、旦那さんと最後まで笑ったりおしゃべりしたかったんだと思う」
亡き夫との約束を律儀に守り続けるセレスに思いを馳せながら、カイエが呟く。
「……あなたと聖女様は、俺の知る魔物とはずいぶん違いますね」
「確かにね。私たちもどうしてこうなのかはわからないから、聞いても無駄よ」
先手を打ったカイエに、アスターが微笑む。
「ところで、聖女様にはお子様がいらっしゃったはずだ。聖女様のお子さまたちが現在のバルディア王家なのですから。……あなたたちは人間と結婚できるし、子もなせるのですか?」
「みたいね。ただし子どもはただの人間よ。バルディア王家の誰も、別に長生きしてないでしょ?」
カイエの言葉に、アスターの頬が緩む。
え、今って笑うところだった?
この人、何を考えているのかわからないから、ちょっと怖い。
「ねえ、もういいかしら。セレスが帰ってくるまで隠れているから、私を見逃してちょうだい。私を捕縛するとセレス……聖女様に迷惑がかかるわよ。バルディアから聖女がいなくなったら、あなたたちだって困るんじゃない?」
「ええ、そうしましょう。この部屋を使ってください」
「えっ、ほんと? やったあ」
アスターのセリフに喜んだ次の瞬間、アスターがカイエの前にいきなり跪いた。
なんなのっ、と身構えたカイエの手を取ってそっと口づける。
なんなのマジでっ、と固まったカイエにアスターが微笑む。
「魔女カイエ、俺はあなたを捜していました。ずっと、捜していたんですよ、本当に。俺を助けたあと忽然と姿を消したあなたを、俺はあなたから授かった魔力もすべてを使って捜しました。それでもあなたは見つからなかった。俺が竜騎士になったのは、あなたの行方を知るためです。魔物たちを狩る者、そして魔物たちの情報網に触れられれば、あなたの居場所をつかめると思った」
「な、なんで?」
「もう一度、あなたに会いたかったからです。俺を助けてくれた魔女……美しく、強い、そして優しいあなたに。会って、あなたに気持ちを伝えたかったし、謝りたかった。あの時、あなたが大きな犠牲を払ったことには気が付いていましたから。俺のせいです」
「違うってば。負い目とか責任とかそういうものは感じなくていいから! 私が好きで勝手にやったことなんだから」
だから手を離してくれるかなぁぁ、とカイエはアスターにつかまれたままの腕を引っ張った。
抜けそうにない。なぜだ。
「俺が犬になった時も、あなたは献身的に俺の面倒をみてくれました。覚えています。あなたはとても優しかった」
「一般的な子犬の世話しかしてないと思うけど」
「そんなあなたに、俺は恋をしました」
「そっかあ……恋かあ……って、は!? 恋!? 私に!?」
素っ頓狂な声をあげたカイエに、アスターがこれ以上なく優しい微笑を浮かべる。
けれどなぜかその微笑に感じるのはときめきではなく悪寒。
「魔女と人間でも結婚できると知ってほっとしました。ずっと、好きになってはいけない人を好きになってしまったのだと思っていたから」
しみじみとアスターが呟く。
まあ、そうだろう。
竜騎士は魔物を狩る者。
カイエは魔女。狩られる側だ。
「魔女カイエ。私、アスター・ヴェンデールはあなたに結婚を申し込む」
跪いたままアスターがまっすぐな視線で告げる。
さっきまでは冷たいと思っていた氷色の瞳が今はどこか熱っぽくて、視線に妙に力があって、目が逸らせない。
アスターから感じた恐怖の正体はこれだったのだ。
狙われている。私の貞操が。
冗談じゃない。
「お断りします」
カイエはアスターの手を力いっぱい振り払うと立ち上がった。
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