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灼熱の大蛇

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大空から鳥の目で、戦場全体を見渡すかのように
遥か上空を先ほどまで飛翔していた白い小竜が高みから降り
まるで、火の巫女ソフィアが今から放とうとしている
強力な魔法の呪文詠唱までの様子を伺うように
いつのまにか、ラーラント軍の少し上空を先ほどから何度も舞っている。

「ぎゃあ、ぎゃあ」

小竜が舞う真下には決戦の呪文詠唱のための深い精霊への祈りに入っている
火の巫女ソフィアがいた。

「忘れえぬ太陽の信仰」

ソフィアが最も警戒し、恐れていた事は自分よりも
呪文詠唱を終えるまでの時間が短かいはずの
精霊の子孫の血を引く、風の巫女ラーシャが当初から
覚悟を決め、最も強力な風の攻撃魔法を
自分より先に放ってくるほどの力を秘めているかもしれない事だった。

「ヴァルカを僕とし、その身をささげし」

先に放たれた魔法から相手に、そこまでの力はなく
風の巫女はソフィアの強力な魔力から先に放たれる魔法を警戒してか
詠唱を終えるまで、さらに時間が、かかる決戦の魔法ではなく
ラーラント側に出来うる限りの被害を先に与えられる
異なる別の魔法による攻撃を最優先して来た。

「天空の至高の存在よ、精霊の願いがため」

自分が先ほど放った反撃の魔法を風の巫女が耐え抜いたなら
思い通りにならなく、追い詰められた風の巫女に最後に残された手は
捨て身で放たれる決戦の魔法しかない。

風の巫女の全身全霊を賭けた魔法を向かえ討つためにも
ソフィアは風の巫女より先に精霊への強力な祈りに入っていた。
そして今、火の巫女の決意を込めた呪文詠唱の執行が
告げられんとしている。

「我の命、その供物とせん」

自らの馬に跨り、騎兵の中心となり前線で戦う覚悟を決め不在となった
ラーラント王の代わりでもあり、親衛隊長を務めるベルナルド王子が
その緑の瞳をソフィアの青く透き通り、決意のこもった瞳とあわせた瞬間だった。

「!」

「ラーヒニアリムサージェント」


先ほどから熱気を帯び始め、気流が立ち上り始めていた
ラーラント軍の上空に、まるで異なる世界から突如出現したかのような
異様で荒れ狂う灼熱の炎が、 太陽のように煌き始める。

空を飛ぶ巨大な大蛇のような姿と化した赤い炎は
先ほどソフィアが放った炎の流星により追い詰められている
シーザリア軍の後方へ向かい、上空をまるで、炎の生物のように飛翔していく。

放たれた、炎の大蛇をまるで追うかのように
上空を舞っていた白い小竜はその翼を強くはためかせ
ラーラント軍の上空から飛び去っていった。

「遥かなるは風の物語
届けられしは精霊メルキルの想い
捧げしは我が誇り高き魂
風の神、フュルーゲルス、眷属の呼びかけに答えよ」

ラーラント、火の巫女ソフィアが決戦の呪文を放つとほぼ同時に
シーザリア、風の巫女ラーシャも最後の呪文の詠唱を追え
残された全ての力を解き放つ。

「ダーダネルトハーモニアス」

最後まで、その力を全て振り絞るために
未だに静かにその目を閉じているラーシャのいる
シーザリア軍の上空で気流は渦となり、魔法の力により巻き起こる
巨大な気流の中心には戦場の青く透き通った空がはっきりと見えている。

ラーシャが再び閉じていた目を見開くと、激しく渦を巻く気流は
回転の速度をさらに速めながら、あっという間に
天から吊り下がる、凄まじい速度で回転をする
巨大な竜巻となり、徐々に大地に向かって
その回転の先端を伸ばしながら、ラーラント軍へ向かい突き進んでいく。

「風の神フュルーゲルス、力をお貸しください……」
「太陽神ラーフィネル、どうか力を……」

互いに既に、許されているはずの力の限界を超え
精霊を仲介者にし、神の力を行使する魔法を放った
ソフィアとラーシャはともに魔力を全て使い果たしただけでなく
人が本来は行使してはならない魔法による魔力不足を補うために
自らの命までをも、魔力に替え犠牲にしている。

二人とも、その全てを出し尽くしてしまい、疲労の極限に達し
朦朧としてきた意識の中、よろめき、その場に倒れそうになるが
ソフィアはベルナルド王子に、ラーシャは配下の魔道師達に共に支えられる。

「ソフィアさま 大丈夫ですか 私を支えに」
「ありがとう、ベルナルド様」

「ラーシャ様!」
「姫様!」
「しっかり」

互いに自らの放った、この戦いで最後となる風と火の魔法が上空で
激しくぶつかり合う様子と、その結果を見届けようと上空を見つめる。

両軍の魔道師隊の最高位にある火と風の巫女の命さえ削り取り、魔力として奪い
神の力を行使する魔法により生じた炎の大蛇と風の竜巻が両軍の上空で
互いの進路を阻む邪魔者として
激しく競り合う中
先ほどラーラント軍の上空から飛び去った
白い小竜が、その決着を見守るように、その遥か高き空を舞っている。

「ぎゃあ ぎゃあ」

「ぬうっ、遅かったか、ならばせめて
風の巫女の魔法で、火の巫女の力を阻止だけでもできれば……」

シーザリアの魔道師達の中で、長きに渡りその任を果たしてきた老魔道師が
その表情を険しくさせ、上空でぶつかり合う神々の力のぶつかり合い
から何かを感じ取っていた。

最長老のスフィルオルはソフィアに反撃の時間を与えてしまった事が
自分たちにとって、致命傷になりかねない事を理解していた。

「ぬう、厳しい……」

いかにラーシャが、精霊の子孫であるエルフの血を引いていて
絶大な魔力を、その華奢な少女の体の奥に秘めていたとしても
風の巫女の魔法は攻撃により特化した、火の巫女の魔法の前には
正面からぶつかれば劣勢を強いられてしまう。

「だめ……」

その声は姫としての、毅然とした声ではなく、か細い少女の声だった。

「そ、そんな……」

自らの放った魔法に対して、風の巫女ラーシャが、何か足りないものを感じ
悔いるように、そう呟いた瞬間、遥か上空を舞っていた
小竜も、同じように悲鳴のような泣き声をあげていた。

「クワアッ、クワアッ」
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