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6 ジェシカ姫
しおりを挟む「ただいま~」
シエルさんの声が玄関から聞こえてきた。
娘さんのお迎えから帰ってきたのだと分かって、それほど時間が経っていたのかと思う。
「おかえり、シエル」
「ただいまダリ」
「よーし、いつも『ただいまー!』って元気に走りよってくるお姫様はどこだぁ~?」
ダリさんがこれ見よがしに探している素振りをし始める。
お姫様、とは、娘さんのことだろうか。
そういえば、娘さんも人見知りだと言っていた。シエルさんが帰る途中に俺の事を娘さんに伝えたのなら、自宅にも安心して帰って来れなかったかもしれない…。
「ほら、ジェシカ?ご挨拶なさい、イオリくんよ」
シエルさんにそう促されて、ダリさんから手を引かれ出てきたのは…赤髪の、小さな、女の子。
少しだけカールがかかった細い髪と、白い肌、もじもじしながらもしっかり俺の目の前に立とうとしている女の子は、フリルが少しついたワンピースをつけている。
本物を見たことはないが、ダリの言う通り、確かに小さな『お姫様』だと思った。
「あ、あの…じぇ、しかです。よろしくお願いします、イオリ兄様」
礼儀正しくぺこ、と一礼。
それにつられるように俺も彼女の目線に合わせてしゃがみ、一礼しようとして…。
「俺、こそ、はじめまして。…って、『兄様』?」
なかなか、というか俺が人生で一度も呼ばれたことの無い呼ばれ方をされたな…?
シエルさんがくすっと笑う。
「ジェシカの将来の夢は、お姫様なの。将来のお姫様は、今からもう言葉遣いを綺麗にしなきゃって、いつも綺麗な言葉を使うのよ」
愛おしそうに撫でられたジェシカちゃんは顔を綻ばせた。
「なるほど…。いきなりお邪魔して、ごめんね。改めまして、イオリです。よろしくね」
できるだけゆっくり、優しい声で話してみる。
ジェシカちゃんは一生懸命俺の言葉を聞いて、「よろしくね」と言葉を返してくれた。
「人見知り同士のご挨拶は終わったか?」
ダリさんからにこ、と笑いかけられてちょっと恥ずかしい。
人見知りなこと、やっぱりバレてた…。
「さぁ、では、今日は四人家族としての初めての夕食よ、張り切らなくちゃ。みんな、野菜の収穫を手伝ってくれるかしら?」
シエルさんがぱん、と手を叩きみんなを見回す。
…え、『四人家族』……?
思わずシエルさんの方を向く。
だって、俺は急にこの世界に来た所謂不審者な訳で、ダリさんたちもたまたまその場に居合わせたから一旦保護してくれた。
でも、ずっとお世話になるつもりなんてない。正直さっきまで明日からの生活のことは考えてなかったけれど、今思いつくだけでもいくつかの生き方がある。
泊まり込みの職場を探して、働いてとりあえずお金稼ぐとか…お金、大事だし。
ひとり固まった俺をつつく感触。
目線で辿ると、俺の横原を人差し指でちょんちょんしているジェシカちゃん。
「イオリ兄様、どうしましたか?口が少し開いてます」
………え。
はずっっ!!!
むぐ!!と口を閉じた。
「あ、ああ、ごめんね、ジェシカちゃん?」
はっず……はっず……と心の中で悶える。
あほ面…………はずい……。
ぽん、と頭に手のひら。
見上げると、
「保護した時点で、イオリは立派な俺たちの『家族』だ。今はまだ引け目や申し訳なさを感じたりするかもしれんが、じきに消し去れ。だって、『家族』だからな。申し訳なさを感じる代わりに感謝し合い支え合うんだよ。働いてもいいが、絶対に『うち』に帰って来い!」
ばしんっと俺の背中を叩き、ニカッと笑うダリさん。
……この人は、心が読めるのだろうか。いや、俺の顔が分かりやすかっただけなのか?
なんだか恥ずかしいやらむず痒いやらだが…ダリさんの言う通り、この感謝は、この家に居てお手伝いを沢山することで返すことにしよう。
そう、心に決めた、とき。
「ええっ!?」
可愛らしい悲鳴が響く。
「かぞく、ってことは、イオリ兄様は、私の本当のお兄様になるの……!?」
「そうだぞー。憧れの『兄ちゃん』が出来たな、ジェシカ」
ダリさんに頭を撫でてもらうジェシカは溢れんばかりの笑顔。ぱっちりしたお目目がきらんきらんだ。
「じぇしか、ずっとお兄ちゃん欲しかったの!優しいお兄ちゃん!イオリお兄ちゃん、じぇしかの家に来てくれてありがとう!」
そういうなり、俺の腹部へ突進…ハグをする。
とんでもなく嬉しがってくれて、なんだかこちらも嬉しい。
俺は戸惑いながらも、ジェシカちゃんの頭をおそるおそる撫でる。
……『来てくれてありがとう』なんて。
一番もらえるとは思ってなかった言葉だ。
お姫様意識の口調も崩し、今は年相応の女の子としてはしゃぐジェシカちゃん、かわいい。
「……俺も、来てくれてありがとうって言ってくれて、ありがとう。俺もこんな可愛い妹ができて嬉しいよ」
「うふふ!」
子供には、自分の思ったことを素直に伝える。
元の世界で小さな子供のお世話をした時に、スタッフさんに言われた事。
子供には大人のように汚い裏表はないから、自分の感情をストレートに伝えるのが一番いい。
……だから俺は、人見知りだけど、小さな子とはまだ話せるんだ。
「さあさ、一段落したところで。早く収穫しないとご飯も遅くなりますよ~」
シエルさんがすたすたとキッチンの奥にある扉を開けて出ていき、それを追うように、ダリさん。
「あー、待って、じぇしかもいく!」
ジェシカちゃんが出た後、俺は追いかけて扉を閉めた。
眼前に見えるのは、とても大きいとまではいかないが、小さくもない畑。
この畑で食べるものをつくっているみたいだ。
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