花屋の息子

きの

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「イオリ、早速だが、いいバイト先があるぞ。そこで働いてみる気はないか?」







ジェシカに起こされ朝ごはんを一緒に食べている時間、いきなりダリさんから提案された。

俺の家が小さな花屋だった事だけは話していたのだが、この村にも花屋があり、そこの店主が最近腰が痛くて店を上手く動かせていないのだそうだ。

手元の朝食を豪快に口元に運びながら話すダリさんの話を聞きつつ、俺も食事をする。
今日の朝食は昨日の夕飯の残りのシチューだ。一晩置かせてさらにおいしくなってる。


「花屋の経験があってもなくても口で指示するから、とにかく今は沢山動いてくれる若者がほしいんだとよ。最近の若者は花に興味持つやつはあんまりいないからな」


うーんと腕を組むダリさんに、俺は頷いた。

元の世界でもそうだった。
家が花屋であると話すと少し驚かれたり、緑化委員に所属していると女の子ばかりだったり。
マニアばりに知識がある訳では無いが、好きは好きだ。かわいいし、心を込めて育てれば綺麗に咲いてくれる。




「兄様、おはなやさんするの?」

「うん?うーん、そうだね。ちょっとやってみたいかも」


早いとこ働き口を見つけて、生活費だけでも自分で稼ぎたい。
あと単純に、やることないんだよな…。

『おはな』というお姫様っぽい単語に興奮したのか、「えーとね、じぇしか、いっぱいお花すきよ!きいろいお花も好きだし、ぴんくのお花も好き!あとねあとね…」と、知っているお花を羅列するジェシカの口にシエルさんが朝食を運ぶ。
ふふ、微笑ましい。幼稚園くらいの女の子は花かんむりとか好きだよね。
今度時間ある時に作ってあげたい。




「じゃあ、俺が仕事場に行くついでに送って行ってやるよ。食べたあと準備してくれ」

「わ、わかった」











「ここだ。村にある唯一の花屋なんだ」

「なんというか…貫禄がある」

「俺のガキの頃からあるんだ。歴史が深いんだよ」


連れていかれた花屋は、ほどよく色褪せたレンガの壁にツタのような植物が這っていて、なんとも味があるお店。『老舗』って感じだな。
老朽化を確かに感じるものの、それすら上品に感じる……なんか、洋館みたい。


「おーい、じいさん!いるか!」


引き戸を勢いよく開けて入っていくダリさんにとりあえずついていく。
中の様子は、外の様子から想像もつかない、綺麗な内装だった。
温度も湿度も保たれていて、玄関近くの植物を見ただけでも葉っぱが青青としていて、手を掛けてお世話されているんだろうな、というものばかりだ。
こじんまりとはしているが狭く感じるわけでもなく、『花に埋もれる』を概念的に感じられる。




「……おーおー、ダリんとこのか?すまんなあ来てもらって」


奥から出てきたおじいさんは、白髪だが活力に溢れている。ただ、聞いた通り腰に手を当ててこちらに移動してきた。


「はじめまして。橘 伊織と申します。先日からダリさんのところでお世話になっています。よろしくお願いします!」


人付き合いは最初が肝心だ。
俺ははきはきと自己紹介し、腰を90度に曲げてお辞儀をした。
顔を上げるタイミングがよく分からない。しばらく足元のタイルを見つめて、また勢いよく顔を上げた。


「おぉおぉ、元気な子だ。こちらこそ、よろしく頼むよ」


おじいさんが目を真っ直ぐにして優しく笑うので、俺は少し息をついた。穏やかそうな人だ。
働かせてもらうのに文句なんて言えないけれど、やっぱり苦しみながら働くより気持ちよく働ける方が、精神的にも健康だし、自分からこの店の役に立とうって思えるよね。

俺がもう一度「お願いします」と頭を下げたら、うんうんと頷いてくれた。
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