眠りの森の美女が魔法をさらに上書きされたはいいけれど、やっぱり駄目かも知れない

妓夫 件

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102年後

解呪までの日々

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あっという間に月日が流れていった。
王子たちがオーロラ姫と出会い、一つ年が過ぎ、二年も終わろうとしていた。

相変わらず眠るオーロラの元に通ってはアレックが犯し、クロードは姫を慰めた。
その間も二人の王子は呪いを解く方法を探し続けた。
けれども、100年も前の記録を探すことは困難を極めたのだった。





(クロードはどうやってオーロラを手に入れようとしてるんだろうな?)

当初、アレックはもちろん弟のことが気になった。
アレックは人を使いクロードの跡をつけさせた。

そしてある日に、いばらの茂みの隙間から彼らを盗み見たアレックは、それを杞憂だと判断した。

何しろ自分の弟は、眠るオーロラの傍らで鳥などと戯れながら、ボケーとしているだけだった。
クロードが時々思い付いたみたいに姫に触れる。
かと思うと、着替えさせたり傍らで読書したりと、そこに男女の空気はちっとも無い。

「あ、あの歳で人形遊びとは……」

アレックは目眩を覚えた。
何度覗き見ても、アレックが目にするものはいつも同じだった。
思えば、たまにオーロラの髪が複雑に編まれてたり、新しい夜着を身に付けていた。

「あんな男じゃなかった」

アレックはオーロラに接するクロードを女々しいと感じて、目を背けた。
男女において色事は欠かせないアレックにしてみれば、クロードがオーロラを異性と見なしているとは、とても考えられなかった。

昔はクロードも、時々は女遊びを楽しんでいた。
わが弟はあそこまで腑抜けになってしまったのか?
城に戻り、首を横に振ったアレックは考えた。
言葉が粗暴で頑固な性格の弟は父王の覚えがあまり良くない。
彼なりに悩んでいる、それをああやって俗世から離れ、自身を慰めているのかもしれない。

おそらくクロードはこのゲームからは降りるつもりなのだろう。

衛兵や召使が城に戻ったアレックの姿を認めて慌てる。
低い姿勢で腰を折り、「お帰りなさいませ」硬い声で彼を出迎えた。

「………」

一方、アレックは寂しくも思った。
クロードは容貌や学問、剣術など、自分にとっては他に並ぶ者の無い、良きライバルであった。
幼い頃から、『どちらが国王になるか』と較べられて生きてきた。 
アレックはクロードのことを────お互いの存在を兄弟とはまた別物の、特別なもののように感じていたからだ。 
そのせいでクロードは、アレックに気安く接することの出来る、唯一の人間だった。

(あいつは俺の最後の……)

青春という歳ではない。
だがそれに近い、ただ一人の存在だった。
自分はクロードを捨て、引き換えにオーロラを得るということだ。
これ以上クロードの姿を見たくなり、アレックは段々と彼に対してよそよそしくなっていった。

その代わりに兄として、何よりも次期国王として。
アレックは、そんなファンシーな弟をそっとしておいてあげることに決めた。

その代わりに、オーロラに近付こうとする他の男たちを徹底的に遠ざけた。



対するクロードは、兄の様子を一見、静観していた。
最近、クロードに気掛かりがあった。

時折、いばら城の棺を訪ねてもオーロラがいないことがある。
オーロラの目覚めの時間が長くなっているようだ。
加えて愛らしかったオーロラ姫は、アレックの予想どおり、18歳の美貌の女性になりかけていた。

クロードは表向き何でもない振りを装っていても、心中穏やかでは無かった。

(それに……もう一つ)

アレックは気付いてないようだったが、オーロラの腹部の紋様。 あれが確実に薄くなっている。
どういうわけだか、呪いが消えかかっているということだ。

『姿がよく姫を思いやり、家柄も相応な王子に愛される』
それが実は自分のことを指していると露しらず。
クロードは依然として、眠っているオーロラにはどうしても手を出せずにいた。
それどころかオーロラが成熟するにつれ、性的な匂いのする、胸の膨らみなどからは目を逸らすようになった。

(とにかく、姫さんが起きてる時に会って、一度話さねえと埒が明かないもんなあ)

今さらそんな気になるかは脇へ置いておいても、クロードは足蹴くオーロラの所に通った。

クロードもアレックを気にはしていたが、それはオーロラが関わることに限られた。
もしも万が一、感情に任せて無抵抗のオーロラを酷く傷付けるようなやり方をした場合。クロードは自分を抑えられる自信が無かった。

「ただでさえ、いつもアレックの後始末をしてたってのに、またかよ……」

クロードは愚痴ったが、今回はわけが違った。 
今まで自分が守ってきたのだ。
アレックが暴発しないよう、他事で発散させる為に、クロードは狩りにだわ、飲みにだわ、理由をつけてアレックを誘うようになった。

アレックはどういう訳だか以前よりも付き合いが悪くなったようだ。それならとクロードは構わず、自分の友人らにも声を掛けた。

「何、いきなり。 あの兄王と口を利くのは無理だって!」

「つか話しかけるだけでも殴られるし。 クロード、俺、ヤダよお」

「こう、遠くから風の噂っぽく、楽しそうに話してくれるだけでいいんだ。 ほらさ、楽団のビラも城内に貼っといてやるから。 そしたら他の客も来て繁盛するだろ?」

例えばクロードは、今街でやっている楽団や観劇は面白い、どこそこの店に良い女がいるだのといった情報をアレックの耳に入るように仕向けた。
友人たちは不平を零した。
骨が折れたが、クロードは根回しに奔走した。

幼少時代より、アレックは自分以外の者を格下に見る癖がある。
正確にいえば、王族以外を同じ人間として見ていない。 
アレックは女子供問わず、平気で従者や召使いに手を上げた。 

やり過ぎた時にアレックを止めるのは、クロードの役目だった。
とはいえ弟が兄を諌めるのは対外的に良くないし、アレックのプライドが傷付くだろう。 
クロードの普段の言動が、アレックとは正反対に、粗野で近寄り難いものになった要因である。

もしも自分が国王になれば、そんな面倒な自身の役割から解放されるかもしれない────クロードにとって王位を望む一番の理由は、強いていえばアレックだった。



周囲といえば、そんな二人を不思議そうに見ていた。
かつてはアレックがクロードを追いかけていたように周りからは見えていたが、いつの間にかそれが逆転していたからだ。


何にしろ、二年近くの時を経て、兄弟王子にとってオーロラ姫が何より大切な女性になっている────それは間違いなかった。





夕方も近くなった暮れ空の下、兄王子のアレックは森の中を駆けていた。

「ふう、やばいやばい。 会議が長引いた。 待ってるだろうな、オーロラ姫」

待ってないのだが、彼としては、もうオーロラとは心を通わせて同然だと思い込んでいた。
幾度も体を合わせると、そんな勘違いも起きるものである。

最近のオーロラは大人の色香を帯び、アレックはそれもまた、新鮮な魅力を感じていた。

「今日は結婚式の衣装を話し合わないとね」

これも寝ているオーロラと話し合いなどしたことはなく、行為の最中にアレックがオーロラに話し掛け、一人で盛り上がってるだけだった。
アレックがもうじき棺の場所に着くという時だった。

「チュンチュン。 もうじき姫様の呪いが解けるね」
「良かった良かった」
「最近は王子様がしょっ中通ってくださるから」

その声を耳をそばだてて聞いていたアレックは、不思議に思った。

(はて。 ここ二週間、俺は忙しくてここに来てないぞ?)

弟のことは全く眼中に無かった。

「それより、思いがけず良いことを聞いた」

馬から降りたアレックは、鞍に下げていた荷物から弓矢を取り出した。
声がした方向に向かって注意深く弓をひく。

……ピイイ!
甲高い鳴き声がし、バサバサ下に落ちていく小さな鳥がアレックの視界に見えた。

「あれか」

アレックが急いでその場所へと走る。
そして地面に落ち、怪我をして翼をバタつかせている鳥を捕らえた。

「聞こえたぞ。 お前、今の話は? オーロラ姫のことだろう。 呪いが解けるとはどういうことだ!?」

荒い語気で怒鳴った。
普段のアレックとはうってかわって凶暴な顔つきだった。
アレックは小鳥をつかんでいる手に力をこめ脅しにかかった。

「死にたくなければ話せ」

「なりません。 私たちは…14番目の、魔女の、しもべ……」

「魔女? 魔女が何をした、言え!!」

それきり鳥は口をつぐみ動かなくなった。

「チッ、使えない」

舌打ちをしたアレックは鳥をその場に投げ捨て、再び馬に乗った。

(何にしろ俺はツイてる。 オーロラ姫の呪いが解けかかっているらしい。 やっと彼女をものに出来るってことか)

アレックの顔は紅潮していた。
今まで待ちに待っていた瞬間が目の前にある。

厄介な紋様が消えかかってるのなら、オーロラ姫の貞操をいただくチャンスだ。
そのあとにオーロラの傍で、呪いが確実に解けるのを待とう。 唇を舌で湿らせ、逸る気持ちを堪えながらアレックは考えた。





それから大して時も経たず、人間の手が息も絶え絶えな鳥を掬いあげた。

「どうした?  羽根に矢じりの跡か……良くないな。 城に戻って手当てをしよう」

ざっと患部を観察したクロードが気遣わしげに鳥の様子を伺った。

「ポクルはきっともう駄目です。 落ちて放り投げられた時に体を打って」
「お優しい王子様。 それより、早く早く姫様の元へ。 もう一人の王子にすべて奪われてしまいます」

他の鳥たちがけたたましく鳴きながらクロードの周りを翔び周って急かした。

「もう一人の……?」

鳥の怪我に気を取られていたクロードはそれを胸ポケットに収めた。 
それから「あっ」と声をあげて、久し振りの訪問であろうアレックと、消えかかっていたオーロラの紋様のことを思い出した。

が、その次の瞬間。
パアッと向かう方向の空が真昼のように明るくなり、同時に道中のいばらがほどけて、新たな花を次々につけ始めた。
そのせいで、いつもどこか暗かった森が華やかに彩られ、クロードが見据える先の城は光り輝いていた。

確認せずとも何となく理解したが、どうやら呪いは解けたらしい。


棺のある方へと歩を進めるクロードの足取りは重かった。

棺の近くでは、兄のアレックとオーロラ姫が花の地面の上で抱き合っていた。
花びらが舞い、満開のバラに囲まれて睦み合う。 そういう背景がぴったりな似合いの男女だった。

「ああっ。 あ、貴方が…ずっと、私を…見守って、くださっていた。 なんて素敵な、王子様」

オーロラはクロードが想像していたより意思の強そうな、輪郭の大きな鳶色の瞳をしていた。

クロードはしばらくの間、オーロラから目が離せずにいた。

あの紅い唇を食みたい。 初めてそんな衝動に駆られるのに、そうしているのはアレックだ。
彼女の肩を抱き寄せたらきっと、自分の体が痺れてしまうだろう。  そんな想像をしてしまうのに、今オーロラの身体に腕を回しているのはアレックなのだ。

目覚めたオーロラの顔を初めて見たクロードはようやく、自分の胸が抉られるような痛みに気付いた。

クロードは眉間に深い皺を寄せた。
いばらの隙間から食い入るように、二人を見詰めていることしか出来なかった。

「オーロラ姫……この時を夢見ていたよ」

アレックが動き始めると、下敷きになっていたオーロラはアレックに固くしがみついた。
半ばうっとりと閉じられたオーロラの目尻から涙が潤んでは頬に滴り落ちた。

「姫様は思い違いを」
「王子様。 ああ、何てこと」

鳥たちが口々に話している。

(……だからと言って、今の俺に何が出来る)

それ以上二人を見ていられず、クロードは悲痛な面持ちのまま、無言で踵を返し城へと戻っていった。

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