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琥牙という少年
3話
「襲うって?」
お風呂上がりでサッパリした顔の琥牙が、カップアイスを美味しそうに頬張りながら訊いてくる。
そんな様子が可愛いくてついこちらの顔が緩む。
っと、いけない。いけない。
「傷付けたり、食べたり?」
「無いよ。 じゃなきゃおれの母さんなんて、とっくに死んでるし」
「それもそうか。 んで、やっぱり満月の夜に狼になるの?」
「大体は。 でもそのうち父親がそうだったみたいに、好きな時に変われるようになるって」
『そうだったみたいに』
過去形らしい。
若干引っかかったが、今の所はそれに触れるのを止めておいた。
「あと、大人になって狼になれないと何か不都合があるの?」
「潜在的に出せる力が違う。 体力や知覚も色々。 今のおれは並の狼と同じかそれ以下で、そうするとリーダーが不在のままになるから、外の普通の狼の群れとかから領地を狙われる事になるっぽい」
他人事みたいにサラッという。
しかし元が人間じゃないんなら、妙に力が強い理由も分かるような気がする。
試しに、という訳じゃないが泊斗さんから貰った石。 フリスビーはあいにく無いし。
俯いてアイスを掬っている彼に向けて、ぽんと放り投げてみた。
難なくそれを受け止め、琥牙が手の中の石に視線を移す。
狼以下とは言うが、私から見れば妬ましい程の反射神経である。
「これ伯斗が置いてった?」
「そうだよ。 何なのかよくわかんないけど」
「オパールって鉱石だよ。 お店で売るといい。 だからまたこのアイス買ってね」
そう言って、もそもそと私のベッドの毛布の隙間に潜り込もうする琥牙。
「待った!」
思わず私がぐいと彼の足首を掴む。
「眠くないの? 真弥」
「ここにソファーベッド作ってあげたでしょ? それにちゃんと歯磨きしなさい」
先ほど私の寝床の反対側に作成しておいた簡易ベッドを顎で指す。
「歯磨きはする。 でもそっちはやだよ。 ベッドのがいい匂いするし、ここで真弥と一緒に寝たい」
「一緒に……って、琥牙はそんな歳じゃないでしょう」
小さい幼児じゃあるまいし。
加えて言えば大人の男でもない。
彼の扱いに困っているのが正直な所だった。
「平気だよ。 おれ出来ないから」
「出来ない?」
「うんまだ。 ごめんね。 真弥はおれの伴侶なのに。 でも、そのうち寝かせない位になるから」
伴侶じゃない。
そして謝られても困る。
「……随分と生意気な口利くのね」
腰に手を当てて呆れ口調になってしまった私に彼が首を傾げている。
意味わかってんのかな?
すっかり毒気を抜かれた気分になってしまった私は、仕方なくシングルのベッドに並んで彼と横になった。
灯りを消すと琥牙が私の肩口にすり寄って来る。
目線だけちらと横を見ると彼は心地良さげに目を閉じていた。
家に連れてきた時もそうだったけど、私、この子には結局負けちゃうんだわ。
そういや出来ないって、物理的に?
やはり狼の世界はよく分からない。
なんとなく実家の弟がまだ小さかった頃を思い出した。
「まあ、いいか」
どちらにしろ独り身の気ままな暮らしだし。
私のいつものおおざっぱ。
それに琥牙に対して。
放っておけない感情が芽生えてるのは確か。
しばらくして早々に彼の寝息が聞こえた。
彼にそういう欲が無いのに私に執着する理由。
……琥牙は気付いてないみたいだけど、伯斗さんが似てるって言ってた。
きっと彼は私の事、亡くなったお姉さんみたいに思ってるんだろう。
お父さんもひょっとして亡くなってるのかな?
この歳じゃまだ寂しいだろうに。
人間は……私の初恋はどんなだっけ……?
そんな風にうとうと考えていて。
肩に心地よい重さを感じつつ瞼が落ちていった。
◆
そうして琥牙と暮らし始めて、二ヶ月が過ぎた頃。
「伴侶を守ろうとするのは狼の本能ですから」
そんな伯斗さんの言葉通り、彼は実に立派な護衛だった。
ヤンキーの暴漢から道端の水溜まりや果ては家のゴキブリまで。
私に害をなすものをすべて取り除いてくれる。
雨の日には傘を持って駅まで迎えに来てくれた。
「真弥。 今日もお疲れ様」
改札をくぐった先で会社帰りの私を待っている琥牙。
いつも犬みたいに嬉しそうに寄ってくる。
「どうして? 今日は朝から晴れてるけど、もしかして今から雨が降るの?」
やはり半分は動物だけあって勘がいいし鼻が利く。
彼のお陰で今や私は天気予報を見る必要性が無くなった。
「今晩はずっと天気いいはずだしそういう訳じゃないけど。 真弥あんまり体調良くなさそうだったから」
「そんな事まで分かるの」
確かに生理日である。
普通ならそんなものに気付かれるのは気味が悪い。
だけど相手が相手だけに感心してしまった。
「真弥の事なら大概分かるよ。 曇りの時は頭が痛そうだし。 胃が弱いくせにお酒飲むのと渋いオジサンの声にすぐ発情するのはどうかと思うけど。 朝ストッキング履くたびにコケそうになるし、疲れてるのに無理したり、おれに気使って嘘つく時も匂いが変わるよね。 あ、今日買い物に行った時、生理用品切れてたからついでに買い足しといたよ」
得意げに語る琥牙。
ごめんやっぱり少し気持ち悪い。
「……高精度のストーカーみたいね」
「ストーカーってなに?」
最初のひと月は家のネットで色々勉強していたみたいだった。
二ヶ月の間にこちらの生活にも慣れたらしい。
「今晩真弥には温野菜のサラダ作ってあげる。 体があったまるって書いてあった。 で、おれは真弥のハンバーグが食べたい」
「何それ。 私にも肉寄越しなさいよ」
「だって真弥、ダイエットしなきゃって言ってたよ」
「するから! 明日からするから」
琥牙がくすりと笑って私の手を取る。
いつも手を繋ぎたがるのは彼の癖。
「昨日もそれ言ってた。 けどダイエットの必要なんてないのに」
「……身長あるから気を使ってんの」
着痩せするタイプの琥牙と並ぶと余計にそう思う。
彼の性格は最初の印象通り素直で鷹揚。
私と琥牙は人種や歳の差を超えてとても気が合った。
お風呂上がりでサッパリした顔の琥牙が、カップアイスを美味しそうに頬張りながら訊いてくる。
そんな様子が可愛いくてついこちらの顔が緩む。
っと、いけない。いけない。
「傷付けたり、食べたり?」
「無いよ。 じゃなきゃおれの母さんなんて、とっくに死んでるし」
「それもそうか。 んで、やっぱり満月の夜に狼になるの?」
「大体は。 でもそのうち父親がそうだったみたいに、好きな時に変われるようになるって」
『そうだったみたいに』
過去形らしい。
若干引っかかったが、今の所はそれに触れるのを止めておいた。
「あと、大人になって狼になれないと何か不都合があるの?」
「潜在的に出せる力が違う。 体力や知覚も色々。 今のおれは並の狼と同じかそれ以下で、そうするとリーダーが不在のままになるから、外の普通の狼の群れとかから領地を狙われる事になるっぽい」
他人事みたいにサラッという。
しかし元が人間じゃないんなら、妙に力が強い理由も分かるような気がする。
試しに、という訳じゃないが泊斗さんから貰った石。 フリスビーはあいにく無いし。
俯いてアイスを掬っている彼に向けて、ぽんと放り投げてみた。
難なくそれを受け止め、琥牙が手の中の石に視線を移す。
狼以下とは言うが、私から見れば妬ましい程の反射神経である。
「これ伯斗が置いてった?」
「そうだよ。 何なのかよくわかんないけど」
「オパールって鉱石だよ。 お店で売るといい。 だからまたこのアイス買ってね」
そう言って、もそもそと私のベッドの毛布の隙間に潜り込もうする琥牙。
「待った!」
思わず私がぐいと彼の足首を掴む。
「眠くないの? 真弥」
「ここにソファーベッド作ってあげたでしょ? それにちゃんと歯磨きしなさい」
先ほど私の寝床の反対側に作成しておいた簡易ベッドを顎で指す。
「歯磨きはする。 でもそっちはやだよ。 ベッドのがいい匂いするし、ここで真弥と一緒に寝たい」
「一緒に……って、琥牙はそんな歳じゃないでしょう」
小さい幼児じゃあるまいし。
加えて言えば大人の男でもない。
彼の扱いに困っているのが正直な所だった。
「平気だよ。 おれ出来ないから」
「出来ない?」
「うんまだ。 ごめんね。 真弥はおれの伴侶なのに。 でも、そのうち寝かせない位になるから」
伴侶じゃない。
そして謝られても困る。
「……随分と生意気な口利くのね」
腰に手を当てて呆れ口調になってしまった私に彼が首を傾げている。
意味わかってんのかな?
すっかり毒気を抜かれた気分になってしまった私は、仕方なくシングルのベッドに並んで彼と横になった。
灯りを消すと琥牙が私の肩口にすり寄って来る。
目線だけちらと横を見ると彼は心地良さげに目を閉じていた。
家に連れてきた時もそうだったけど、私、この子には結局負けちゃうんだわ。
そういや出来ないって、物理的に?
やはり狼の世界はよく分からない。
なんとなく実家の弟がまだ小さかった頃を思い出した。
「まあ、いいか」
どちらにしろ独り身の気ままな暮らしだし。
私のいつものおおざっぱ。
それに琥牙に対して。
放っておけない感情が芽生えてるのは確か。
しばらくして早々に彼の寝息が聞こえた。
彼にそういう欲が無いのに私に執着する理由。
……琥牙は気付いてないみたいだけど、伯斗さんが似てるって言ってた。
きっと彼は私の事、亡くなったお姉さんみたいに思ってるんだろう。
お父さんもひょっとして亡くなってるのかな?
この歳じゃまだ寂しいだろうに。
人間は……私の初恋はどんなだっけ……?
そんな風にうとうと考えていて。
肩に心地よい重さを感じつつ瞼が落ちていった。
◆
そうして琥牙と暮らし始めて、二ヶ月が過ぎた頃。
「伴侶を守ろうとするのは狼の本能ですから」
そんな伯斗さんの言葉通り、彼は実に立派な護衛だった。
ヤンキーの暴漢から道端の水溜まりや果ては家のゴキブリまで。
私に害をなすものをすべて取り除いてくれる。
雨の日には傘を持って駅まで迎えに来てくれた。
「真弥。 今日もお疲れ様」
改札をくぐった先で会社帰りの私を待っている琥牙。
いつも犬みたいに嬉しそうに寄ってくる。
「どうして? 今日は朝から晴れてるけど、もしかして今から雨が降るの?」
やはり半分は動物だけあって勘がいいし鼻が利く。
彼のお陰で今や私は天気予報を見る必要性が無くなった。
「今晩はずっと天気いいはずだしそういう訳じゃないけど。 真弥あんまり体調良くなさそうだったから」
「そんな事まで分かるの」
確かに生理日である。
普通ならそんなものに気付かれるのは気味が悪い。
だけど相手が相手だけに感心してしまった。
「真弥の事なら大概分かるよ。 曇りの時は頭が痛そうだし。 胃が弱いくせにお酒飲むのと渋いオジサンの声にすぐ発情するのはどうかと思うけど。 朝ストッキング履くたびにコケそうになるし、疲れてるのに無理したり、おれに気使って嘘つく時も匂いが変わるよね。 あ、今日買い物に行った時、生理用品切れてたからついでに買い足しといたよ」
得意げに語る琥牙。
ごめんやっぱり少し気持ち悪い。
「……高精度のストーカーみたいね」
「ストーカーってなに?」
最初のひと月は家のネットで色々勉強していたみたいだった。
二ヶ月の間にこちらの生活にも慣れたらしい。
「今晩真弥には温野菜のサラダ作ってあげる。 体があったまるって書いてあった。 で、おれは真弥のハンバーグが食べたい」
「何それ。 私にも肉寄越しなさいよ」
「だって真弥、ダイエットしなきゃって言ってたよ」
「するから! 明日からするから」
琥牙がくすりと笑って私の手を取る。
いつも手を繋ぎたがるのは彼の癖。
「昨日もそれ言ってた。 けどダイエットの必要なんてないのに」
「……身長あるから気を使ってんの」
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私と琥牙は人種や歳の差を超えてとても気が合った。
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