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この後掃除が大変でした
2話
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私の隣辺りから禍々し……もとい物々しい空気を感じて、恐る恐る視線を移すと無表情の琥牙。
先程も含めて何回かそれを見た私には分かる。
また怒ってる。 物凄く。
「雪牙、おまえ帰れ」
「兄ちゃ……」
「もうここに来んな」
「に、兄ちゃん。 俺は兄ちゃんの為に」
「おれが誰選ぼうが勝手だし、真弥を悪く言うのは許さない。 そもそも最低限の礼節も恩義も知らない奴はおれの弟じゃない」
静かな怒りを滲ませて突き放す。
雪牙くんは大きな目に涙を溜め、膝の上の握り拳がふるふると震えている。
どうやらツンツンツンツン少年はブラコンらしい。
「ち、ちょっと琥牙」
「琥牙様……お気持ちは分かりますが」
私と伯斗さんがなだめようと間に入るも、琥牙が今度は伯斗さんに冷たい視線を投げた。
「あと伯斗。 こんなとこまで雪牙連れてくるおまえもおまえだよ。 デカい野良狼が二匹もウロウロしてったら周りが騒ぐ。 雪牙を父親みたいな目に遭わせたいの? いいからまとめて出てって、しばらくおれらをそっとしといてよ」
「……も、申し訳ございません!」
「兄ちゃん、俺が伯斗に無理言って連れてきてもらったんだよ」
「まだ同じ事言わせる?」
琥牙の抑えた迫力に二人が無言になった。
伯斗さんの耳はぺたんと寝てるし雪牙くんも顔を真っ赤にしてとうとう泣きべそをかいている。
彼らの力関係は分かったけど、この空気は何ともいたたまれない。
「あ、の……お二人共。 今日の所は」
「はい……」
琥牙が床に足をついて立ち上がりくしゃりと頭を掻く。
決まりが悪い、というか複雑そうな表情だった。
「……おれシャワー浴びてくる。 ごめん、真弥あと頼める?」
「ん……」
きっと頭を冷やしたいんだろうと思った。
先ほどは私の方が少し腹が立っていたけど、怒る側というものも、気持ちが滅入って疲れるものだ。
彼が出て行ってからもまだしょんぼりしてる様子の雪牙くんを見ると、確かにまだ子供なんだなあと思う。
「雪牙くん、気にしないで。 きっと琥牙は雪牙くんの事を心配してるんだよ」
髪に手をやろうとしたら、ぱしっとそれを振り払われ、キッとこちらを睨んだのちにまた彼があっと言う間に狼に戻った。
「おっ、お前なんかに分かるかよっ……バカバーカ!」
歯を剥き出して威嚇してくるのに全く怖くない。
いくら悪態つかれようが気の毒だけど、もう可愛いしかない。
私がちっとも動じないので、雪牙くんは悔しげに舌打ちしてから外に飛び出して行った。
「……真弥どの、本当にすみませんでした」
「伯斗さん。 私はいいんですよ」
「いえ。 でも、こんな事を言うとまた琥牙様の怒りを買うかもしれませんが、琥牙様が真弥どのに慎重だったのは、単に私たちが覗……様子を観察していたせいだけではないと思うんです」
そこは覗いてたって認めないのね。
狼のプライドって厄介。
◆
「では、私もそろそろこれで」
立ち上がった伯斗さんに私が窓の外を見ながら訊いた。
「雪牙くんは大丈夫かな?」
「はい。 近くにいるのは匂いで分かります。 琥牙様に叱られて、今頃落ち込んで反省しているでしょう。 雪牙様は琥牙様の事を、幼少時から亡きお父上の様にも慕っていました。 それでおそらく、里から居なくなった琥牙様を取られた様な気がして、真弥どのについあんな口をきいたのだと思うんです」
「そうだったんですか……でも私、全然気にしてませんよ。 根は良い子だと分かりますし」
「真弥どの、私は琥牙様のお気持ちが分かりますよ」
「? はい……」
彼らがその心と同じに表情豊かなのは最近分かってきた。
伯斗さんがにっこり笑って雪牙くんの後に続きベランダへと向かう。
「私たちはしばらくこちらへの訪問は控えますが近くにはおりますゆえ……また」
しばらくしてバスルームから琥牙が戻り、小さく息を吐いてから私とテーブルを挟んで座った。
「二人とも帰ったよ。 アイスでも食べる?」
「……うん。 色々ありがとう」
気を使って謝ってくる琥牙は確かに同い年位と言っても今なら頷ける。
そんな彼を眺めながら立ち上がりかけた。
「もうこんな時間。 私もシャワー浴びてくるね」
「真弥、あの。ちょっと抱きしめていい?」
「ん? いいよ」
はい、そう言って立ち膝の状態で緩く手を広げると琥牙がことんと私の肩に頭を乗せてきた。
シャンプーの香りのする頭を撫で撫でする。
よしよし。 今日は色々あったもんね。
そういえばハグって精神安定剤的な効果があるのよね。
どっちかというと私が抱きしめてる感じだけどまあいい。
「ごめんね、うちのやつらが迷惑かけて。 もう雪牙にもあんな事言わせないから」
「全然気にしてないよ。 私もごめん。 琥牙の事悲しませたし」
「それはもういいよ。 けどおれ、やっぱり真弥が他の男に触られんのは嫌なんだ」
「ん……うーん、でも」
「なに?」
「高遠さんは大丈夫だよ。 無理強いなんてしそうにないし」
あの時も普通に帰ろうとしてたし。
琥牙には分かんないんだろうけど彼の立場上、下手なことをするなんてまず無いだろう。
「そういうとこ」
「ん?」
「真弥のそういうのってホントに困る……あん時自分がどう見られてたかとか分かってないの?」
「……どうっ、て?」
はあ、と耳元で深いため息が聞こえた。
「そもそも最初も初対面の男泊めるとかさ。 おれが言うのもなんだけど」
「それはだって、琥牙の事中学生位の子だと思ってたし」
「中学生だろうが雪牙みたいのだろうが危ないの」
「伯斗さんも?」
「まあ、そうだね」
「それは考えすぎだよ……でも、気を付けるね」
本心では呆れてしまったがその場は素直に応じた。
考え方が違うといっても、琥牙の嫌がる事をわざわざしようとは思わない。
彼を怒らせると結構大変らしいし。
……そういえば、高遠さんは無事だったんだろうか。
「そうしてくれると助かるよ、すごく」
「うん。 私は琥牙が大事だから」
そうして俯いてる彼のおでこに軽くキスをする。
今日のお詫びと仲直りの意味を込めて。
「…………」
「ん?」
反応が無かったので顔を覗き込もうとすると、慌てて自分の顔を手で覆いそれを制された。
「ちょ、待っ……て。 照れる」
なんと指の間から見える彼の耳まで赤い。
やだ可愛い。
雪牙くんといい、兄弟揃って愛らしいとは、何たる不届きな。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れてしまう。
「……真弥、まだおれの事、子供扱いしてるでしょ?」
「だって見た目は仕様が無いもの。 おっと、アイス溶けかけだよ? 私もお風呂入るね」
「……はい」
納得のいってない様子の琥牙を尻目にバスルームへと向かう。
彼の表情は複雑そうだけど、可愛いは仕様がないしね。
先程も含めて何回かそれを見た私には分かる。
また怒ってる。 物凄く。
「雪牙、おまえ帰れ」
「兄ちゃ……」
「もうここに来んな」
「に、兄ちゃん。 俺は兄ちゃんの為に」
「おれが誰選ぼうが勝手だし、真弥を悪く言うのは許さない。 そもそも最低限の礼節も恩義も知らない奴はおれの弟じゃない」
静かな怒りを滲ませて突き放す。
雪牙くんは大きな目に涙を溜め、膝の上の握り拳がふるふると震えている。
どうやらツンツンツンツン少年はブラコンらしい。
「ち、ちょっと琥牙」
「琥牙様……お気持ちは分かりますが」
私と伯斗さんがなだめようと間に入るも、琥牙が今度は伯斗さんに冷たい視線を投げた。
「あと伯斗。 こんなとこまで雪牙連れてくるおまえもおまえだよ。 デカい野良狼が二匹もウロウロしてったら周りが騒ぐ。 雪牙を父親みたいな目に遭わせたいの? いいからまとめて出てって、しばらくおれらをそっとしといてよ」
「……も、申し訳ございません!」
「兄ちゃん、俺が伯斗に無理言って連れてきてもらったんだよ」
「まだ同じ事言わせる?」
琥牙の抑えた迫力に二人が無言になった。
伯斗さんの耳はぺたんと寝てるし雪牙くんも顔を真っ赤にしてとうとう泣きべそをかいている。
彼らの力関係は分かったけど、この空気は何ともいたたまれない。
「あ、の……お二人共。 今日の所は」
「はい……」
琥牙が床に足をついて立ち上がりくしゃりと頭を掻く。
決まりが悪い、というか複雑そうな表情だった。
「……おれシャワー浴びてくる。 ごめん、真弥あと頼める?」
「ん……」
きっと頭を冷やしたいんだろうと思った。
先ほどは私の方が少し腹が立っていたけど、怒る側というものも、気持ちが滅入って疲れるものだ。
彼が出て行ってからもまだしょんぼりしてる様子の雪牙くんを見ると、確かにまだ子供なんだなあと思う。
「雪牙くん、気にしないで。 きっと琥牙は雪牙くんの事を心配してるんだよ」
髪に手をやろうとしたら、ぱしっとそれを振り払われ、キッとこちらを睨んだのちにまた彼があっと言う間に狼に戻った。
「おっ、お前なんかに分かるかよっ……バカバーカ!」
歯を剥き出して威嚇してくるのに全く怖くない。
いくら悪態つかれようが気の毒だけど、もう可愛いしかない。
私がちっとも動じないので、雪牙くんは悔しげに舌打ちしてから外に飛び出して行った。
「……真弥どの、本当にすみませんでした」
「伯斗さん。 私はいいんですよ」
「いえ。 でも、こんな事を言うとまた琥牙様の怒りを買うかもしれませんが、琥牙様が真弥どのに慎重だったのは、単に私たちが覗……様子を観察していたせいだけではないと思うんです」
そこは覗いてたって認めないのね。
狼のプライドって厄介。
◆
「では、私もそろそろこれで」
立ち上がった伯斗さんに私が窓の外を見ながら訊いた。
「雪牙くんは大丈夫かな?」
「はい。 近くにいるのは匂いで分かります。 琥牙様に叱られて、今頃落ち込んで反省しているでしょう。 雪牙様は琥牙様の事を、幼少時から亡きお父上の様にも慕っていました。 それでおそらく、里から居なくなった琥牙様を取られた様な気がして、真弥どのについあんな口をきいたのだと思うんです」
「そうだったんですか……でも私、全然気にしてませんよ。 根は良い子だと分かりますし」
「真弥どの、私は琥牙様のお気持ちが分かりますよ」
「? はい……」
彼らがその心と同じに表情豊かなのは最近分かってきた。
伯斗さんがにっこり笑って雪牙くんの後に続きベランダへと向かう。
「私たちはしばらくこちらへの訪問は控えますが近くにはおりますゆえ……また」
しばらくしてバスルームから琥牙が戻り、小さく息を吐いてから私とテーブルを挟んで座った。
「二人とも帰ったよ。 アイスでも食べる?」
「……うん。 色々ありがとう」
気を使って謝ってくる琥牙は確かに同い年位と言っても今なら頷ける。
そんな彼を眺めながら立ち上がりかけた。
「もうこんな時間。 私もシャワー浴びてくるね」
「真弥、あの。ちょっと抱きしめていい?」
「ん? いいよ」
はい、そう言って立ち膝の状態で緩く手を広げると琥牙がことんと私の肩に頭を乗せてきた。
シャンプーの香りのする頭を撫で撫でする。
よしよし。 今日は色々あったもんね。
そういえばハグって精神安定剤的な効果があるのよね。
どっちかというと私が抱きしめてる感じだけどまあいい。
「ごめんね、うちのやつらが迷惑かけて。 もう雪牙にもあんな事言わせないから」
「全然気にしてないよ。 私もごめん。 琥牙の事悲しませたし」
「それはもういいよ。 けどおれ、やっぱり真弥が他の男に触られんのは嫌なんだ」
「ん……うーん、でも」
「なに?」
「高遠さんは大丈夫だよ。 無理強いなんてしそうにないし」
あの時も普通に帰ろうとしてたし。
琥牙には分かんないんだろうけど彼の立場上、下手なことをするなんてまず無いだろう。
「そういうとこ」
「ん?」
「真弥のそういうのってホントに困る……あん時自分がどう見られてたかとか分かってないの?」
「……どうっ、て?」
はあ、と耳元で深いため息が聞こえた。
「そもそも最初も初対面の男泊めるとかさ。 おれが言うのもなんだけど」
「それはだって、琥牙の事中学生位の子だと思ってたし」
「中学生だろうが雪牙みたいのだろうが危ないの」
「伯斗さんも?」
「まあ、そうだね」
「それは考えすぎだよ……でも、気を付けるね」
本心では呆れてしまったがその場は素直に応じた。
考え方が違うといっても、琥牙の嫌がる事をわざわざしようとは思わない。
彼を怒らせると結構大変らしいし。
……そういえば、高遠さんは無事だったんだろうか。
「そうしてくれると助かるよ、すごく」
「うん。 私は琥牙が大事だから」
そうして俯いてる彼のおでこに軽くキスをする。
今日のお詫びと仲直りの意味を込めて。
「…………」
「ん?」
反応が無かったので顔を覗き込もうとすると、慌てて自分の顔を手で覆いそれを制された。
「ちょ、待っ……て。 照れる」
なんと指の間から見える彼の耳まで赤い。
やだ可愛い。
雪牙くんといい、兄弟揃って愛らしいとは、何たる不届きな。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れてしまう。
「……真弥、まだおれの事、子供扱いしてるでしょ?」
「だって見た目は仕様が無いもの。 おっと、アイス溶けかけだよ? 私もお風呂入るね」
「……はい」
納得のいってない様子の琥牙を尻目にバスルームへと向かう。
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