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第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
ウィーンの審判 ―1848年の幻影―
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1822年、冬。オーストリア帝国の心臓部、ウィーン。
「閣下が必死に守るこの秩序(ウィーン体制)は、あと数年で崩壊します。1830年、フランスで革命が起き、あなたが築いた均衡は大いに揺らぎ、48年には…灰、になる。……私は、その後の世界を『秩序』をもって支配する準備ができている。それを閣下に買い取っていただきたい」
その様な少年の言葉に「欧州の御者」と呼ばれた宰相メッテルニヒは、私邸の秘密会談室で、冷笑を浴びせていた。
「プロイセンのハルデンベルクをたぶらかしたそうだが、あやつも老い先短くボケたらしいな。ボナパルトの小僧……私が守るこの『ウィーン体制』の静謐が、子供のハッタリで揺らぐと思うか?」
メッテルニヒの背後には、彼の支配を象徴する巨大な欧州地図が掲げられている。1848年まで、この地図の国境線が大きく変わることはない――史実では。
だが、十四歳のルイ・ナポレオンは、優雅に紅茶を啜りながら、メッテルニヒの瞳の奥を覗き返した。
「静謐、ですか。閣下、あなたの『秩序』は、1848年の春、ウィーンの街頭に響く民衆の怒号によって呆気なく終わります。あなたは女装して荷馬車に隠れ、ロンドンへと惨めに亡命することになる」
メッテルニヒの眉が微かに動いた。「……何を馬鹿な」
「1830年にはフランスで七月革命が起き、シャルル10世が追放される。あなたの均衡はそこから崩れ始める。……信じられませんか? では、来月。スペインで起きる反乱の『日付』と、その首謀者の名前をここに書いておきましょう。外れたら、私の首を差し上げます」
ルイは横に控えるゾフィーに合図を送った。
シュタイン子爵の令嬢であり、今や「皇帝の私物」となった彼女は、メッテルニヒの目の前でルイの足元に膝をつき、恭しく羊皮紙を差し出した。
かつて高慢だった名門貴族の娘が、完全に精神を折られ、少年の影として奉仕する様――その異様な主従関係を見て、メッテルニヒは初めて背筋に冷たいものを感じた。
「閣下。あなたは延命を望んでいる。だが、私は『破壊と再編』を望んでいる」
ルイはゾフィーの髪を愛撫しながら、言葉を継いだ。
「議会を廃し、憲法を焼き、ナショナリズムという毒を無力化する。閣下が守りたかった『絶対主義』を、私は未来の技術と経済力で完璧なものにする。……1848年に無様に追放される道か、それとも今、私の『フランス支配』に投資して、オーストリアの安泰を確保する道か。どちらを選びますか?」
メッテルニヒは、ゾフィーの虚ろながらも狂信的な瞳を見た。この少年は、ただ情報を知っているだけではない。人の尊厳を奪い、自分だけの部品(パーツ)に変えてしまう。
「……プロイセンが動いた今、私が貴殿をここで消せば、欧州は即座に戦火に包まれるというわけか」
「正解です、閣下。……私をフランスへ送りなさい。私が伯父の遺産を継ぎ、最強の独裁国家を築けば、あなたの嫌う『自由主義』も『民主主義』も、私の手でこの世から消し去ってあげましょう」
沈黙が部屋を支配した。
やがて、メッテルニヒは震える手で、ルイが差し出した「密約」の書類を手に取った。
それは、ウィーン体制の守護者が、自らの限界を認め、未来から来た独裁者に「秩序の鍵」を譲り渡した瞬間だった。
「行け、ルイ・ナポレオン。……地獄のような静謐を、フランスに、そして欧州に作り上げるがいい」
1822年、冬。
ウィーンの闇を抜け、ルイ・ナポレオンはついにフランスへの国境を越えた。
その隣には、彼の手足となったゾフィー、そして彼を「選ばざるを得なかった」列強の恐怖が付き従っていた。
「閣下が必死に守るこの秩序(ウィーン体制)は、あと数年で崩壊します。1830年、フランスで革命が起き、あなたが築いた均衡は大いに揺らぎ、48年には…灰、になる。……私は、その後の世界を『秩序』をもって支配する準備ができている。それを閣下に買い取っていただきたい」
その様な少年の言葉に「欧州の御者」と呼ばれた宰相メッテルニヒは、私邸の秘密会談室で、冷笑を浴びせていた。
「プロイセンのハルデンベルクをたぶらかしたそうだが、あやつも老い先短くボケたらしいな。ボナパルトの小僧……私が守るこの『ウィーン体制』の静謐が、子供のハッタリで揺らぐと思うか?」
メッテルニヒの背後には、彼の支配を象徴する巨大な欧州地図が掲げられている。1848年まで、この地図の国境線が大きく変わることはない――史実では。
だが、十四歳のルイ・ナポレオンは、優雅に紅茶を啜りながら、メッテルニヒの瞳の奥を覗き返した。
「静謐、ですか。閣下、あなたの『秩序』は、1848年の春、ウィーンの街頭に響く民衆の怒号によって呆気なく終わります。あなたは女装して荷馬車に隠れ、ロンドンへと惨めに亡命することになる」
メッテルニヒの眉が微かに動いた。「……何を馬鹿な」
「1830年にはフランスで七月革命が起き、シャルル10世が追放される。あなたの均衡はそこから崩れ始める。……信じられませんか? では、来月。スペインで起きる反乱の『日付』と、その首謀者の名前をここに書いておきましょう。外れたら、私の首を差し上げます」
ルイは横に控えるゾフィーに合図を送った。
シュタイン子爵の令嬢であり、今や「皇帝の私物」となった彼女は、メッテルニヒの目の前でルイの足元に膝をつき、恭しく羊皮紙を差し出した。
かつて高慢だった名門貴族の娘が、完全に精神を折られ、少年の影として奉仕する様――その異様な主従関係を見て、メッテルニヒは初めて背筋に冷たいものを感じた。
「閣下。あなたは延命を望んでいる。だが、私は『破壊と再編』を望んでいる」
ルイはゾフィーの髪を愛撫しながら、言葉を継いだ。
「議会を廃し、憲法を焼き、ナショナリズムという毒を無力化する。閣下が守りたかった『絶対主義』を、私は未来の技術と経済力で完璧なものにする。……1848年に無様に追放される道か、それとも今、私の『フランス支配』に投資して、オーストリアの安泰を確保する道か。どちらを選びますか?」
メッテルニヒは、ゾフィーの虚ろながらも狂信的な瞳を見た。この少年は、ただ情報を知っているだけではない。人の尊厳を奪い、自分だけの部品(パーツ)に変えてしまう。
「……プロイセンが動いた今、私が貴殿をここで消せば、欧州は即座に戦火に包まれるというわけか」
「正解です、閣下。……私をフランスへ送りなさい。私が伯父の遺産を継ぎ、最強の独裁国家を築けば、あなたの嫌う『自由主義』も『民主主義』も、私の手でこの世から消し去ってあげましょう」
沈黙が部屋を支配した。
やがて、メッテルニヒは震える手で、ルイが差し出した「密約」の書類を手に取った。
それは、ウィーン体制の守護者が、自らの限界を認め、未来から来た独裁者に「秩序の鍵」を譲り渡した瞬間だった。
「行け、ルイ・ナポレオン。……地獄のような静謐を、フランスに、そして欧州に作り上げるがいい」
1822年、冬。
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