皇帝再誕 ～もしもルイ・ナポレオンが少年期に近代知識に目覚めていたら～

第一部：皇帝の黎明と絶対王政の再臨

傀儡の王と、支配の価格

15歳のルイ・ナポレオンがパリで過ごす内にあくまで推測に過ぎないが見えてきたのは、一筋縄ではいかない三つ巴の権力構造だった。

自由主義ブルジョワ（真の支配者）：
銀行家、大工場主、貿易商たち。彼らは圧倒的な資本を背景に、政府高官や警察庁長官の「パトロン（資金源）」として君臨している。
彼らの戦略： 「法と秩序」を口にしながらも、政府が自分たちの利権を脅かせば、即座に秘密結社や過激な左派（共和主義者）に資金を流し、「革命」という名の暴動を意図的に引き起こして王権を威嚇する。
目的： ブルボン王家を、自分たちの商売に都合の良い「操り人形」にすること。

政府・警察組織（買収された番犬）：
表向きは王室への忠誠を誓っているが、その給料や活動資金の多くはブルジョワからの「献金」に依存している。警察庁長官といえど、パトロンである銀行家の不利益になる捜査はできない。

過激な左派・学生（革命の火種）：
理想に燃える学生や労働者たち。しかし、彼らが掲げる「自由」の旗印を作るための印刷代も、武装するための銃器代も、その多くは「彼らを利用して政権を握ろうとするブルジョワ」からの秘密の援助によって賄われていた。

「七月革命が起きた原因はこれだ。絶対王政を望むシャルル10世は貴族を優遇し、ブルジョワの利権を脅かしたため、ブルジョワはシャルル10世を倒すべく、革命家に革命が成功するように様々な援助を行い、成功した。これは陰謀論ではない。証拠に次に王になったルイ・フィリップは何て呼ばれた？株屋の王ブルジョワに担がれた王じゃないか。」

1823年夏。
パリの街は、華やかな社交界の裏側で、どろりとした権力の腐臭に満ちていた。
ルイ・ナポレオンは、シュタイン子爵邸の書斎で、ゾフィーが命懸けで持ち帰った「パリ権力相関図」を広げていた。
「なるほど、これがこの街の真実か」
ルイは冷笑を浮かべた。
当時のパリを支配していたのは、王座に座る老王ではない。莫大な資本を背景に、警察庁長官や大臣たちのパトロンとして君臨する「自由主義ブルジョワ」――銀行家や大工場主たちだった。
彼らは「自由」という旗印を掲げながら、裏では政府を威嚇するために過激な左派組織に資金を流し、いざとなれば「革命」という名の暴動を演出して王権を屈服させる。
警察は彼らの金で飼い慣らされた番犬であり、革命家は彼らが放つ猟犬に過ぎない。
「金で警察を買い、暴力で王を脅す……。機能的なシステムだが、あまりにも独占的だ」
ルイは傍らに控えるゾフィーに視線を投げた。彼女は今夜も、有力銀行家の寝室から「次の相場操作」の密約を盗み出してきたばかりだった。
「ゾフィー、準備はいいですね。今夜、パリの『飼い主』たちを招待しなさい。……パトロンの交代を告げる時間だ」

その夜、邸宅の最奥にある秘密のサロンに、パリを影で操る五人の大銀行家が招かれた。彼らは当初、大富豪とは言え、スイスの「シュタイン子爵」に呼び出されたことに不快感を示していたが、彼らの前に現れたのは、子爵ではなく、影のように静かな十五歳の少年、ルイ・ナポレオンだった。
「……何の真似だ、ボナパルトの小僧。我々をここに呼び出したのは、物乞いのためか？」
一人の銀行家が鼻で笑った。だが、ルイは動じない。彼は手元の電信機をカチリと鳴らし、一枚の紙を差し出した。
「物乞いではありません。査定に来たのです。……ラフィット氏。あなたが先週、左派秘密結社『炭焼き党カルボナリ』に流した三万フラン。そして、警察庁長官の『愛人の口座』に振り込んだ賄賂の記録。……すべてここにあります」
銀行家たちの顔から血の気が引いた。
「なぜ、それを……！」
「私が『未来』を知っているからですよ。……諸君、君たちが飼っている左派の連中は、来月、君たちの資金を待たずに暴発する。それを警察が鎮圧する際、君たちの資金提供の証拠がすべて白日の下に晒されることになるだろう。……王家が君たちを断頭台へ送る絶好の口実だ」
ルイの言葉は、未来知識に基づいた「確定した事実」のように響いた。
混乱する彼らに対し、ルイは冷酷に、そして甘美に告げた。
「左派への資金提供は私が引き受ける。彼らは今日から君たちの猟犬ではなく、私の『駒』だ。……警察も同様だ。君たちが彼らに払っている端金（はしたがね）の十倍を、私が支払う。……代わりに、君たちは私に忠誠を誓い、その資本を私の『帝国再建』のために差し出しなさい」
「な、何だと……！ 我々に、子供の部下になれと言うのか！」
「いいえ。……私という『絶対的な秩序』の所有物になれ、と言っているのです」
ルイが指を鳴らすと、影からゾフィーが現れ、銀行家たちの「致命的な弱み」が記された書類を一人一人の前に置いた。
プライドか、破滅か。
自由主義を謳い、裏で世界を操っていたはずの銀行王たちは、今、自分たちよりも遥かに巨大で冷酷な「真の独裁者」が目の前にいることを悟った。
夜が明ける頃、パリのパトロンたちは、少年の足元に跪いていた。
金で警察を買い、暴力で王を脅してきた彼らは、今やルイ・ナポレオンという名の「蜘蛛」の巣に絡め取られた、ただの餌に過ぎなかった。
「……これで、パリの『金』と『暴力』は私の手に落ちた。……次は、あの王座だ」