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第一章 クリスタル領で再会
23、カフェ『バルク』3
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ガタ、ガタンと馬車は道の凹凸に合わせ、リズミカルに揺れる。
舗装はされているものの、田舎の領地なので王都周辺の道には及ばない。この揺れの問題はクリスタル領の今後の課題だった。
「オリビア嬢。今日は付き合ってくれてありがとう。君が経営するのはどんな店なのか、楽しみで仕方ないよ」
リアムが外の平凡な田舎道を眺めた後、少年時代を彷彿とさせる王子様スマイルでオリビアを見つめた。
「まあ。あまり期待されてしまうと、応えられるか心配になりますわ」
オリビアも微笑み返し、車内の雰囲気は良好だ。ジョージのアドバイス通り、リアムの顔ではなく、さらに奥の壁に視線を送るのがうまくいっている。
「少しだけ、店のことを教えてくれないか? 例えばおすすめのメニューとか」
「うふふ。もうすぐですので、着いてからのお楽しみということにしてください」
「そう言われると、さらに期待してしまうな」
「あら、それは困りますわ」
(本当に困ったわ——)
オリビアはにこやかな表情とは裏腹に、心の中では焦っていた。リタとジョージも一瞬顔がこわばっている。
馬車の件で夢中になっていて、すっかり忘れていた。どの店に案内しよう?
オリビアは街に三軒のカフェを経営していた。全てジュエリトスでは未だかつてない、風変わりなカフェである。
それぞれ店舗名が『ラ・パセス』『ジュ・テーム』『バルク』で、執事、メイド、マッチョが給仕してくれる。遠方からお越しのファンも多い。
公爵家の人間でさらには騎士団の隊長でもあるリアムに、いわゆるイロモノな店を見せていいものか。オリビアは会話こそしなかったが、リタとジョージも同じように悩んでいるのが、眉を寄せ俯くその表情からわかった。
そうこうしているうちに、オリビア自身の予告通り、すぐに街に到着してしまった。
馬車を降り、リアムがあの時は見る余裕がなかった広場を見渡している。
「王都から離れた土地だが、負けないくらい活気がある。素晴らしい街だな」
「ありがとうございます」
「さて、オリビア嬢。カフェに行くにはどちらへ向かえばいい?」
期待に胸をふらませているのか、リアムは深い緑色の瞳を輝かせていた。オリビアはどうしたものかと頭をフル回転させ最適な店舗を探していた。が、答えは出なかった。
マッチョカフェ『バルク』だけは恥ずかしくて案内できない。マッチョ好きという自分の性癖を曝け出すくらいなら、婚約破棄も覚悟でメイドカフェ『ジュ・テーム』に案内してしまおうか。
そう思ったその時、ジョージが口を開いた。
「お嬢様。本日は急な予定で席が用意できないかもしれません。エリオット様の経営する『ハーベスト』にご案内してはいかがでしょうか?」
オリビアの兄エリオットは、会員制サロン『ハーベスト』を経営していた。自然あふれる隠れ家的な店で、高級食材や他国からの珍しい雑貨を取り扱っている。その他にオリビアが開発した画期的なアイテムも手に入れることができる、新しい物好きにはたまらない店だ。
「そうね! それがいいわ!」
「オリビア嬢の店には行けないのか?」
オリビアはジョージの意見に食いついた。しかし、少し悲しそうに首を傾げるリアムを見て、罪悪感で居た堪れなくなってしまう。答えの言葉につまって困り顔で立ち尽くしていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「オリビアお嬢様! いらっしゃっていたんですね!」
「ア、アーノルド……」
アーノルドは『バルク』の店員で、もちろん筋肉隆々の逞しい体をしている。この地域では珍しく日に焼けて肌が浅黒い。同じく肌が黒いリタとは違い、自ら日焼けさせているらしく、以前から天気の良い日は外で見かけることが多い。
「今日はどちらに? うちにも寄っていってくださいよ」
「ええ、そうしたいのだけれど、混んでいそうだから迷惑かと思って『ハーベスト』へ行こうかと思っているの」
「なーに言ってるんですか! 忘れたんですか? お嬢様専用の永久ご予約席の存在を。さあ、行きましょう!」
オリビアはジョージとリタと共にリアムにバレないようそっとため息をついた。残念ながらアーノルドは察することができない男だった。
アーノルドに引率され、四人は広場の東側へ向かった。オリビアの肩ががっくりと落ちている一方、リアムは街並みを眺めながら、それは楽しそうに歩みを進めていた。
>>続く
舗装はされているものの、田舎の領地なので王都周辺の道には及ばない。この揺れの問題はクリスタル領の今後の課題だった。
「オリビア嬢。今日は付き合ってくれてありがとう。君が経営するのはどんな店なのか、楽しみで仕方ないよ」
リアムが外の平凡な田舎道を眺めた後、少年時代を彷彿とさせる王子様スマイルでオリビアを見つめた。
「まあ。あまり期待されてしまうと、応えられるか心配になりますわ」
オリビアも微笑み返し、車内の雰囲気は良好だ。ジョージのアドバイス通り、リアムの顔ではなく、さらに奥の壁に視線を送るのがうまくいっている。
「少しだけ、店のことを教えてくれないか? 例えばおすすめのメニューとか」
「うふふ。もうすぐですので、着いてからのお楽しみということにしてください」
「そう言われると、さらに期待してしまうな」
「あら、それは困りますわ」
(本当に困ったわ——)
オリビアはにこやかな表情とは裏腹に、心の中では焦っていた。リタとジョージも一瞬顔がこわばっている。
馬車の件で夢中になっていて、すっかり忘れていた。どの店に案内しよう?
オリビアは街に三軒のカフェを経営していた。全てジュエリトスでは未だかつてない、風変わりなカフェである。
それぞれ店舗名が『ラ・パセス』『ジュ・テーム』『バルク』で、執事、メイド、マッチョが給仕してくれる。遠方からお越しのファンも多い。
公爵家の人間でさらには騎士団の隊長でもあるリアムに、いわゆるイロモノな店を見せていいものか。オリビアは会話こそしなかったが、リタとジョージも同じように悩んでいるのが、眉を寄せ俯くその表情からわかった。
そうこうしているうちに、オリビア自身の予告通り、すぐに街に到着してしまった。
馬車を降り、リアムがあの時は見る余裕がなかった広場を見渡している。
「王都から離れた土地だが、負けないくらい活気がある。素晴らしい街だな」
「ありがとうございます」
「さて、オリビア嬢。カフェに行くにはどちらへ向かえばいい?」
期待に胸をふらませているのか、リアムは深い緑色の瞳を輝かせていた。オリビアはどうしたものかと頭をフル回転させ最適な店舗を探していた。が、答えは出なかった。
マッチョカフェ『バルク』だけは恥ずかしくて案内できない。マッチョ好きという自分の性癖を曝け出すくらいなら、婚約破棄も覚悟でメイドカフェ『ジュ・テーム』に案内してしまおうか。
そう思ったその時、ジョージが口を開いた。
「お嬢様。本日は急な予定で席が用意できないかもしれません。エリオット様の経営する『ハーベスト』にご案内してはいかがでしょうか?」
オリビアの兄エリオットは、会員制サロン『ハーベスト』を経営していた。自然あふれる隠れ家的な店で、高級食材や他国からの珍しい雑貨を取り扱っている。その他にオリビアが開発した画期的なアイテムも手に入れることができる、新しい物好きにはたまらない店だ。
「そうね! それがいいわ!」
「オリビア嬢の店には行けないのか?」
オリビアはジョージの意見に食いついた。しかし、少し悲しそうに首を傾げるリアムを見て、罪悪感で居た堪れなくなってしまう。答えの言葉につまって困り顔で立ち尽くしていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「オリビアお嬢様! いらっしゃっていたんですね!」
「ア、アーノルド……」
アーノルドは『バルク』の店員で、もちろん筋肉隆々の逞しい体をしている。この地域では珍しく日に焼けて肌が浅黒い。同じく肌が黒いリタとは違い、自ら日焼けさせているらしく、以前から天気の良い日は外で見かけることが多い。
「今日はどちらに? うちにも寄っていってくださいよ」
「ええ、そうしたいのだけれど、混んでいそうだから迷惑かと思って『ハーベスト』へ行こうかと思っているの」
「なーに言ってるんですか! 忘れたんですか? お嬢様専用の永久ご予約席の存在を。さあ、行きましょう!」
オリビアはジョージとリタと共にリアムにバレないようそっとため息をついた。残念ながらアーノルドは察することができない男だった。
アーノルドに引率され、四人は広場の東側へ向かった。オリビアの肩ががっくりと落ちている一方、リアムは街並みを眺めながら、それは楽しそうに歩みを進めていた。
>>続く
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