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第二章 使用人を懐柔せよ!
第8話 酒には飲んでも飲まれるな
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「わあ、素敵……」
結婚式のあと屋敷に戻ったアリスは、うっとりと息を漏らした。
目の前には特別仕様な寝室の景色が広がっている。
天蓋の布は深い紺色に金糸が一緒に織り込まれており、まるで夜空に星が煌めいているようだった。ベッドには薔薇の花びらが散りばめられている。
花のような香りの香が炊かれ、ところどころにキャンドルが灯され、柔らかい光が幻想的だった。
「あれは、蜂蜜酒?」
アリスはソファの前のテーブルに、軽食と蜂蜜酒のボトルを見つけた。
ウィリアムが「うん」と頷き、アリスの手を引いてソファに腰掛ける。
「ラウリンゼでは結婚した日に、蜂蜜酒を飲みながらふたりきりで過ごすのがしきたりなんでしょう?」
「ええ、そうよ」
ウィリアムの問いかけに、アリスは静かに頷く。故郷での結婚式が叶わなかった自分のために、きっと調べて用意してくれたんだろう。隣で蜂蜜酒をグラスに注ぐ夫を見つめながら、自然と顔が綻んだ。
「この一週間、君とっては本当に大変な日々だったと思う。けれど僕のところに嫁いできてくれて本当に嬉しいよ」
「ウィル、私の方こそあなたと出会えてよかったわ。『攫い婚』だなんて驚きだったけど、私は命を救われた。ありがとう」
手渡されたグラスを手に取り、アリスは改めて心から感謝の言葉を伝えた。
ウィリアムはそれに小さく頷き、グラスを目線の上にあげる。
「アリス。僕は人見知りできっと君にはいろいろ迷惑をかけてしまうかもしれない。けれど君を世界一幸せな妻にしてみせる。がんばるよ。だからどうかこれから……末長くよろしくね」
「こちらこそ末長くよろしく、ウィル」
アリスはウィリアムと乾杯してから蜂蜜酒を口に含んだ。濃厚なハチミツの香りの後にハーブが後味をすっきりとさせる。喉を通るとほんのり熱く感じた。
「甘いのにすっきりしていておいしいね。いっぱい飲めそう」
「本当、私お酒はあまり飲まないけれど……これはおいしいわ」
気がつけばグラスが空になっていた。アリスは体が温かく、ふわふわと浮くような感覚に体の力が抜けていく。そして隣に座るウィリアムに体重を預けた。
「アリス、酔っちゃったかな?」
「ふふっ……なんだか気持ちがいいわ」
アリスはとろりと目尻を下げウィリアムを見上げる。視線の先の彼は顔色ひとつ変えず蜂蜜酒と同じ甘い色の瞳で微笑み、アリスの細くて柔らかな金色の髪を撫でた。
「お酒に弱いんだ。可愛いな、アリスは。この太陽より輝かしい髪も、エメラルドの瞳も透き通るように白い肌も、全部愛おしい」
「ウィル?」
髪の次は目元を撫でられ、ゆっくりとウィリアムの手がアリスの頬を滑る。自分よりわずかに温かい手の温度が心地よかった。彼の手はさらに移動し唇に触れる。
「そして一番はこの薔薇色の唇。温かくて柔らかくてキスをすると幸せな気持ちになる……」
アリスはウィリアムの手を避け、彼の唇に自分の唇を重ねた。ゆっくりと顔を離し笑いかける。
「私も同じ気持ちよ……。出会ったばかりなのにあなたが愛おしい。その蜂蜜酒のような瞳にひと目で酔わされてしまったわ。本当、あなたがローブを脱いだ時に思ったの。なんてイケメンなのかしらって~」
「イケメン? それは何? おかしいな、ラウ語はほぼマスターしているんだけど……」
アリスは酔っていた。
それはもうしたたかに酔っていた。
自分がとんでもないことを口走っていることもわからないくらいに。
さらに困惑して眉を寄せるウィリアムにこう告げたのだ。
「イケメンも知らないの~? すごーくいい男ってことよ。ねえウィル、あなた生まれ変わりって信じるかしら?」
「アリス、どういうこと?」
ウィリアムの問いかけに、アリスはさらに蜂蜜酒を煽ってヘラヘラと笑う。彼女は今、故郷ラウリンゼの家族にも見せたことがない表情で夫と向き合っていた。
「えーとね、わたし、前世の記憶があるのよ~」
アリスは「ええ!」と驚くウィリアムにさらに笑みを深めた。そしてだんだんと意識が遠のいていく——。
アリスが目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。頭が揺れるような痛みを感じる。
「アリス、起きたの?」
右隣には寝巻き姿のウィリアムが横になっていた。アリスは跳ねるように上体を起こし、再び頭痛に襲われる。耐えながら昨夜のことを思い出そうと必死だった。
「ウィル、あの、昨日は……」
アリスは布団の中を確認する。着衣の乱れや体の違和感はない。最後の記憶はウィリアムにキスをしたところだった。
「アリス。昨日はとっても可愛かったよ。あ、いいもの用意してくるからゆっくり休んでて!」
ウィリアムは目を細めアリスの頬に軽いキスをする。そしてするりとベッドから抜け出す。ローブを羽織り、部屋から出ていく。
「ちょっと、ウィル! 痛っ……」
どうやら人生でたった一度の新婚初夜を泥酔と爆睡で終了させてしまったようだ。アリスは頭痛に苛まれながら「最悪」と呟き再びベッドに倒れ込んだ。
>>続く
結婚式のあと屋敷に戻ったアリスは、うっとりと息を漏らした。
目の前には特別仕様な寝室の景色が広がっている。
天蓋の布は深い紺色に金糸が一緒に織り込まれており、まるで夜空に星が煌めいているようだった。ベッドには薔薇の花びらが散りばめられている。
花のような香りの香が炊かれ、ところどころにキャンドルが灯され、柔らかい光が幻想的だった。
「あれは、蜂蜜酒?」
アリスはソファの前のテーブルに、軽食と蜂蜜酒のボトルを見つけた。
ウィリアムが「うん」と頷き、アリスの手を引いてソファに腰掛ける。
「ラウリンゼでは結婚した日に、蜂蜜酒を飲みながらふたりきりで過ごすのがしきたりなんでしょう?」
「ええ、そうよ」
ウィリアムの問いかけに、アリスは静かに頷く。故郷での結婚式が叶わなかった自分のために、きっと調べて用意してくれたんだろう。隣で蜂蜜酒をグラスに注ぐ夫を見つめながら、自然と顔が綻んだ。
「この一週間、君とっては本当に大変な日々だったと思う。けれど僕のところに嫁いできてくれて本当に嬉しいよ」
「ウィル、私の方こそあなたと出会えてよかったわ。『攫い婚』だなんて驚きだったけど、私は命を救われた。ありがとう」
手渡されたグラスを手に取り、アリスは改めて心から感謝の言葉を伝えた。
ウィリアムはそれに小さく頷き、グラスを目線の上にあげる。
「アリス。僕は人見知りできっと君にはいろいろ迷惑をかけてしまうかもしれない。けれど君を世界一幸せな妻にしてみせる。がんばるよ。だからどうかこれから……末長くよろしくね」
「こちらこそ末長くよろしく、ウィル」
アリスはウィリアムと乾杯してから蜂蜜酒を口に含んだ。濃厚なハチミツの香りの後にハーブが後味をすっきりとさせる。喉を通るとほんのり熱く感じた。
「甘いのにすっきりしていておいしいね。いっぱい飲めそう」
「本当、私お酒はあまり飲まないけれど……これはおいしいわ」
気がつけばグラスが空になっていた。アリスは体が温かく、ふわふわと浮くような感覚に体の力が抜けていく。そして隣に座るウィリアムに体重を預けた。
「アリス、酔っちゃったかな?」
「ふふっ……なんだか気持ちがいいわ」
アリスはとろりと目尻を下げウィリアムを見上げる。視線の先の彼は顔色ひとつ変えず蜂蜜酒と同じ甘い色の瞳で微笑み、アリスの細くて柔らかな金色の髪を撫でた。
「お酒に弱いんだ。可愛いな、アリスは。この太陽より輝かしい髪も、エメラルドの瞳も透き通るように白い肌も、全部愛おしい」
「ウィル?」
髪の次は目元を撫でられ、ゆっくりとウィリアムの手がアリスの頬を滑る。自分よりわずかに温かい手の温度が心地よかった。彼の手はさらに移動し唇に触れる。
「そして一番はこの薔薇色の唇。温かくて柔らかくてキスをすると幸せな気持ちになる……」
アリスはウィリアムの手を避け、彼の唇に自分の唇を重ねた。ゆっくりと顔を離し笑いかける。
「私も同じ気持ちよ……。出会ったばかりなのにあなたが愛おしい。その蜂蜜酒のような瞳にひと目で酔わされてしまったわ。本当、あなたがローブを脱いだ時に思ったの。なんてイケメンなのかしらって~」
「イケメン? それは何? おかしいな、ラウ語はほぼマスターしているんだけど……」
アリスは酔っていた。
それはもうしたたかに酔っていた。
自分がとんでもないことを口走っていることもわからないくらいに。
さらに困惑して眉を寄せるウィリアムにこう告げたのだ。
「イケメンも知らないの~? すごーくいい男ってことよ。ねえウィル、あなた生まれ変わりって信じるかしら?」
「アリス、どういうこと?」
ウィリアムの問いかけに、アリスはさらに蜂蜜酒を煽ってヘラヘラと笑う。彼女は今、故郷ラウリンゼの家族にも見せたことがない表情で夫と向き合っていた。
「えーとね、わたし、前世の記憶があるのよ~」
アリスは「ええ!」と驚くウィリアムにさらに笑みを深めた。そしてだんだんと意識が遠のいていく——。
アリスが目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。頭が揺れるような痛みを感じる。
「アリス、起きたの?」
右隣には寝巻き姿のウィリアムが横になっていた。アリスは跳ねるように上体を起こし、再び頭痛に襲われる。耐えながら昨夜のことを思い出そうと必死だった。
「ウィル、あの、昨日は……」
アリスは布団の中を確認する。着衣の乱れや体の違和感はない。最後の記憶はウィリアムにキスをしたところだった。
「アリス。昨日はとっても可愛かったよ。あ、いいもの用意してくるからゆっくり休んでて!」
ウィリアムは目を細めアリスの頬に軽いキスをする。そしてするりとベッドから抜け出す。ローブを羽織り、部屋から出ていく。
「ちょっと、ウィル! 痛っ……」
どうやら人生でたった一度の新婚初夜を泥酔と爆睡で終了させてしまったようだ。アリスは頭痛に苛まれながら「最悪」と呟き再びベッドに倒れ込んだ。
>>続く
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