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第二章 使用人を懐柔せよ!
第9話 アリスの前世
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アリスは一人残された寝室で眠りについていた。人生初の二日酔いは初夜を台無しにした後悔と記憶がないことへの不安で頭をグラグラに揺らした。逃避の方法はもう眠ることしかなかったのだ。
「……リス、アリス」
「んん……」
自分を呼ぶ声に反応し、重たい瞼を押し上げるアリス。ウィリアムの笑顔が目に入る。
「アリス、お待たせ。これを飲んでみて?」
「うん……」
アリスは起き上がりウィリアムが持っていた食前酒用の小さなグラスを手に取った。中の液体を飲んでみる。少しとろみがあり、フルーツのような甘味と酸味を感じる。どこかで飲んだことがある味だ。
「どうかな?」
「あれ、頭がすっきりしてきた……」
飲んで数分でアリスの頭痛が治り、体のだるさも抜けていった。その様子をウィリアムがキラキラとした瞳で見つめている。
「よかった。効果は抜群みたいだね!」
「これは一体?」
アリスが首を傾げると、ウィリアムは「昨日君が教えてくれたんじゃないか」と言って話しはじめた。
「ごめん名前は忘れちゃったんだけど、アリスの前世では二日酔いを防ぐ薬があるって聞いて……僕なりに作ってみたんだ」
「前世?」
アリスは目を丸くして瞬きを繰り返した。意識明瞭となった頭でもう一度昨日のことを思い出してみる。
そうだ、昨日彼を「イケメン」だと確かに言った。前世の記憶についていろいろ話したような気もしてきた。
「さっきのは、もしかして……へパリーノ?」
「そうそう、それ! 再現できてた? お酒を飲む前に飲むのが効果的って聞いていたけど、僕なりに改良して飲んだ後でも効くようにしてみたんだ。あ、僕は魔法薬師でね……」
にこにこと笑顔を崩さず話すウィリアムに、アリスは面食らった。
「ウィル、あなた……私の話を信じるの? 前世の話だなんて馬鹿げているのに」
「アリス……」
ウィリアムはアリスに向かって両腕を伸ばし、彼女の体をすっぽりと包み込んだ。一度きつく抱きしめてから腕を緩める。不安げに眉を下げるアリスの頬を撫で優しく微笑みかけた。
「君の言うことなら全部信じるよ。馬鹿げてなんかないさ」
本心だった。ウィリアムはアリスが言うことを疑うことはない。もし嘘だったとしても、それをなんとしてでも真に変えようとすら思っていた。
「嬉しいわ。こんなこと、誰も信じてくれないだろうと思っていたから……」
アリスの前世は異世界人で、立花ありさという名の女性だった。享年二十八歳。大学を卒業し就職先で必死に働き、役職もついたところだったが病気でその短い命に幕を下ろしたのだ。今度生まれてくるときは健康な体でと願ったからか、アリスは生まれてから風邪すらひいた記憶がない。
「安心して。僕はアリスを疑わない。なんでも信じてしまうから嘘はついちゃ嫌だよ」
アリスは「わかったわ」とウィリアムに笑い返した。
落ち着いたところでウィリアムが「あ!」と両眉を上げる。
「そうだ、兄さんに呼ばれてたんだ。アリス、もう動ける?」
「ええ、もう平気よ。すぐに支度するわね」
ベッドから下りたアリスはすぐに身支度を済ませ、ファハドが待つ部屋に向かった。
ウィリアムの屋敷にはよく来るからとファハドの部屋が用意されている。アリスが入室すると中は金色の調度品がメインとなって室内を輝かせていた。おそらく屋敷の中で一番豪華な部屋だというのは明らかだった。
「すまないな、ふたりとも。結婚式の翌日だってのに呼び出して」
ファハドがニヤニヤと口元を緩ませていた。彼が何を考えてニヤついているのか気づいたアリスの顔が曇る。残念ながら期待には応えられていない。昨夜の泥酔した自分を思い出し息を吐いて俯いた。
「兄さん、どうしたんですか?」
「おやあ? お前たち……まだだったか」
ファハドはふっと息を漏らし笑みを深めた。
意味がわかっていないウィリアムは首を傾げている。アリスは話を逸らすため、本題に入ろうと彼を急かした。
「ファハドさん、どういったご用件でしょうか?」
ファハドが残念そうに息を吐く。アリスは彼を上目で睨むように見つめた。
「さすがに家を空けすぎた。俺は一旦帰らねばいけない。そこでだアリス」
「はい」
「まずはこの屋敷の使用人と打ち解けるんだ。今回の結婚式でできなかった披露宴をやろう。そうだな……一ヶ月後に、この屋敷で」
ファハドは人差し指を一本立てて言った。そして自身の従者に持たせていた上着を羽織り白い歯を見せ笑う。
「がんばれよ、俺の従者を置いていく。国や領地のことはこのピエールから学べ」
ファハドの傍に立っていた従者ピエールが深々と礼をする。
「ちょっと、ファハドさん?」
「に、兄さん!」
「四人の妻と六人の子供が待っているんだ。なに、一ヶ月後には戻るさ。頼むぞ、アリス!」
アリスはウィリアムと同時にファハドに向かって手を伸ばす。が、彼はスタスタと部屋の出口に向かっていった。
>>続く
「……リス、アリス」
「んん……」
自分を呼ぶ声に反応し、重たい瞼を押し上げるアリス。ウィリアムの笑顔が目に入る。
「アリス、お待たせ。これを飲んでみて?」
「うん……」
アリスは起き上がりウィリアムが持っていた食前酒用の小さなグラスを手に取った。中の液体を飲んでみる。少しとろみがあり、フルーツのような甘味と酸味を感じる。どこかで飲んだことがある味だ。
「どうかな?」
「あれ、頭がすっきりしてきた……」
飲んで数分でアリスの頭痛が治り、体のだるさも抜けていった。その様子をウィリアムがキラキラとした瞳で見つめている。
「よかった。効果は抜群みたいだね!」
「これは一体?」
アリスが首を傾げると、ウィリアムは「昨日君が教えてくれたんじゃないか」と言って話しはじめた。
「ごめん名前は忘れちゃったんだけど、アリスの前世では二日酔いを防ぐ薬があるって聞いて……僕なりに作ってみたんだ」
「前世?」
アリスは目を丸くして瞬きを繰り返した。意識明瞭となった頭でもう一度昨日のことを思い出してみる。
そうだ、昨日彼を「イケメン」だと確かに言った。前世の記憶についていろいろ話したような気もしてきた。
「さっきのは、もしかして……へパリーノ?」
「そうそう、それ! 再現できてた? お酒を飲む前に飲むのが効果的って聞いていたけど、僕なりに改良して飲んだ後でも効くようにしてみたんだ。あ、僕は魔法薬師でね……」
にこにこと笑顔を崩さず話すウィリアムに、アリスは面食らった。
「ウィル、あなた……私の話を信じるの? 前世の話だなんて馬鹿げているのに」
「アリス……」
ウィリアムはアリスに向かって両腕を伸ばし、彼女の体をすっぽりと包み込んだ。一度きつく抱きしめてから腕を緩める。不安げに眉を下げるアリスの頬を撫で優しく微笑みかけた。
「君の言うことなら全部信じるよ。馬鹿げてなんかないさ」
本心だった。ウィリアムはアリスが言うことを疑うことはない。もし嘘だったとしても、それをなんとしてでも真に変えようとすら思っていた。
「嬉しいわ。こんなこと、誰も信じてくれないだろうと思っていたから……」
アリスの前世は異世界人で、立花ありさという名の女性だった。享年二十八歳。大学を卒業し就職先で必死に働き、役職もついたところだったが病気でその短い命に幕を下ろしたのだ。今度生まれてくるときは健康な体でと願ったからか、アリスは生まれてから風邪すらひいた記憶がない。
「安心して。僕はアリスを疑わない。なんでも信じてしまうから嘘はついちゃ嫌だよ」
アリスは「わかったわ」とウィリアムに笑い返した。
落ち着いたところでウィリアムが「あ!」と両眉を上げる。
「そうだ、兄さんに呼ばれてたんだ。アリス、もう動ける?」
「ええ、もう平気よ。すぐに支度するわね」
ベッドから下りたアリスはすぐに身支度を済ませ、ファハドが待つ部屋に向かった。
ウィリアムの屋敷にはよく来るからとファハドの部屋が用意されている。アリスが入室すると中は金色の調度品がメインとなって室内を輝かせていた。おそらく屋敷の中で一番豪華な部屋だというのは明らかだった。
「すまないな、ふたりとも。結婚式の翌日だってのに呼び出して」
ファハドがニヤニヤと口元を緩ませていた。彼が何を考えてニヤついているのか気づいたアリスの顔が曇る。残念ながら期待には応えられていない。昨夜の泥酔した自分を思い出し息を吐いて俯いた。
「兄さん、どうしたんですか?」
「おやあ? お前たち……まだだったか」
ファハドはふっと息を漏らし笑みを深めた。
意味がわかっていないウィリアムは首を傾げている。アリスは話を逸らすため、本題に入ろうと彼を急かした。
「ファハドさん、どういったご用件でしょうか?」
ファハドが残念そうに息を吐く。アリスは彼を上目で睨むように見つめた。
「さすがに家を空けすぎた。俺は一旦帰らねばいけない。そこでだアリス」
「はい」
「まずはこの屋敷の使用人と打ち解けるんだ。今回の結婚式でできなかった披露宴をやろう。そうだな……一ヶ月後に、この屋敷で」
ファハドは人差し指を一本立てて言った。そして自身の従者に持たせていた上着を羽織り白い歯を見せ笑う。
「がんばれよ、俺の従者を置いていく。国や領地のことはこのピエールから学べ」
ファハドの傍に立っていた従者ピエールが深々と礼をする。
「ちょっと、ファハドさん?」
「に、兄さん!」
「四人の妻と六人の子供が待っているんだ。なに、一ヶ月後には戻るさ。頼むぞ、アリス!」
アリスはウィリアムと同時にファハドに向かって手を伸ばす。が、彼はスタスタと部屋の出口に向かっていった。
>>続く
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