34 / 50
第四章 暗雲
第31話 試練
しおりを挟む
「それじゃあウィル、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい、アリス」
一晩経ちアリスはピエールとともに朝から馬車に乗り込んだ。
昨夜ウィルは「仕事が立て込んでいる」と言って夕食後は仕事場に戻ってしまった。話し合いはできず、ぎくしゃくしたまま挨拶をして外出することに。思わず大きなため息が漏れる。
「苦戦しているようですね、アリス奥様」
目の前に座るピエールが眉尻を下げる。アリスは肩をすくめ自嘲するように苦笑した。
「ええ、話す機会を与えてくれないの。少し時間を置くことにするわ。その間に領地のことに集中してみる」
「それがいいかもしれないですね。今日は教会に行くとのことですが、どのような目的で?」
「そうね……現状把握のため、かな。領地で苦しい思いをしながらも、一番冷静に話せそうな人たちがいるところだと思うの」
「なるほど、さすがです」
ピエールが微笑し、黒い瞳がアリスを映した。彼の視線は得意げに笑む若き領主夫人を捉えたままだ。アリスは瞳の奥に何か含みを持たせているように感じ首を傾げた。
「ピエール?」
「アリス奥様、確かに教会の者たちは冷静でしょう。しかし、何の不満もないわけではありません。手強いかもいしれませんよ」
「わかった。心してかかるわ」
ピエールの忠告に頷き、アリスはサウード領の市街地を目指した。
「やっぱり、数日じゃ何も変わらないわよね」
「何もしていませんから当然でしょう」
馬車を降りたアリスは再び市街地の中心部を見て回った。しかし虚な瞳の領民たちの姿も、閑散とした店も何も変わっていなかった。これを変えるにはどうしたらいいか? とにかくまずは話を聞かなくてはいけない。心の中で呟き、教会に向かった。
「アリス奥様、ここがサウード領にある教会です」
「ここが教会。寺院より簡素な感じなのね」
「はい。国の有力者の多くが全能神ララーを信仰するマール教寺院を支持していますから……」
「そうなの」
アリスは簡素な作りの二階建の建物の前に立った。屋根の上部には十字架が飾られている。故郷ラウリンゼ王国では国民は皆、愛の神マリアを信仰するロザリア教に入信する。毎週教会で礼拝し、身寄りのない子供たちは領主や貴族たちの支援を受けながら教会で大切に育てられる。元婚約者ハリーの手伝いで何度か子供達に勉強を教えたこともあった。そんな記憶のせいか初めて訪れる場所だというのに懐かしさが込み上げてくる。
「アリス奥様、行きましょう」
「え、ええ。今行く!」
先に門に向かうピエールに促され、アリスは教会の敷地内へと入っていった。
「ようこそおいでくださいました。サウード伯爵夫人様」
「初めまして、アリス・サウードと申します」
建物のドアを開け中に入ると白と黒の修道服を着た女性が一人立っていた。彼女はアリスにお辞儀をして挨拶すると、顔を上げ静かに笑みを浮かべた。
「私はロザリア教サウード教会代表のシスター・ティナと申します」
>>続く
「うん、行ってらっしゃい、アリス」
一晩経ちアリスはピエールとともに朝から馬車に乗り込んだ。
昨夜ウィルは「仕事が立て込んでいる」と言って夕食後は仕事場に戻ってしまった。話し合いはできず、ぎくしゃくしたまま挨拶をして外出することに。思わず大きなため息が漏れる。
「苦戦しているようですね、アリス奥様」
目の前に座るピエールが眉尻を下げる。アリスは肩をすくめ自嘲するように苦笑した。
「ええ、話す機会を与えてくれないの。少し時間を置くことにするわ。その間に領地のことに集中してみる」
「それがいいかもしれないですね。今日は教会に行くとのことですが、どのような目的で?」
「そうね……現状把握のため、かな。領地で苦しい思いをしながらも、一番冷静に話せそうな人たちがいるところだと思うの」
「なるほど、さすがです」
ピエールが微笑し、黒い瞳がアリスを映した。彼の視線は得意げに笑む若き領主夫人を捉えたままだ。アリスは瞳の奥に何か含みを持たせているように感じ首を傾げた。
「ピエール?」
「アリス奥様、確かに教会の者たちは冷静でしょう。しかし、何の不満もないわけではありません。手強いかもいしれませんよ」
「わかった。心してかかるわ」
ピエールの忠告に頷き、アリスはサウード領の市街地を目指した。
「やっぱり、数日じゃ何も変わらないわよね」
「何もしていませんから当然でしょう」
馬車を降りたアリスは再び市街地の中心部を見て回った。しかし虚な瞳の領民たちの姿も、閑散とした店も何も変わっていなかった。これを変えるにはどうしたらいいか? とにかくまずは話を聞かなくてはいけない。心の中で呟き、教会に向かった。
「アリス奥様、ここがサウード領にある教会です」
「ここが教会。寺院より簡素な感じなのね」
「はい。国の有力者の多くが全能神ララーを信仰するマール教寺院を支持していますから……」
「そうなの」
アリスは簡素な作りの二階建の建物の前に立った。屋根の上部には十字架が飾られている。故郷ラウリンゼ王国では国民は皆、愛の神マリアを信仰するロザリア教に入信する。毎週教会で礼拝し、身寄りのない子供たちは領主や貴族たちの支援を受けながら教会で大切に育てられる。元婚約者ハリーの手伝いで何度か子供達に勉強を教えたこともあった。そんな記憶のせいか初めて訪れる場所だというのに懐かしさが込み上げてくる。
「アリス奥様、行きましょう」
「え、ええ。今行く!」
先に門に向かうピエールに促され、アリスは教会の敷地内へと入っていった。
「ようこそおいでくださいました。サウード伯爵夫人様」
「初めまして、アリス・サウードと申します」
建物のドアを開け中に入ると白と黒の修道服を着た女性が一人立っていた。彼女はアリスにお辞儀をして挨拶すると、顔を上げ静かに笑みを浮かべた。
「私はロザリア教サウード教会代表のシスター・ティナと申します」
>>続く
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
54
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる