タイム・ジャンプ!

森野ゆら

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2 大人になったあの子は 

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 志信のお父さん、いるかな?
 カラカラと引き戸をスライドして、そっと中に入る。
 中から威勢のいい子どものかけ声がきこえてきた。

 なつかしいな。
 私も志信のお父さんに誘われて、お兄ちゃんと一緒に小学校低学年まで習ってたんだよね。
 昔を思い出しながら、靴をぬいで奥へと入ってみた。
 道場の中はちょっと蒸し暑いけど、ヒンヤリする床が気持ちいい。

「面! 胴!」

 子どもたちが竹刀を振るのを見守るように、たくさんの保護者たちがいた。
 防具をつけた小学生くらいの子が素振りをしていて、少し大きめの子たちが向かい合って試合のように戦ってる。
 
「先生! こんにちは」

 一人の子が奥の扉から出てくる男の人に目を留め、元気よくあいさつした。
 黒い髪に袴姿。背が高くて、一本芯が通ってるみたいに姿勢がいい。
 志信のお父さん?
 いや、ちがう。それにしては若すぎる。
 先生と呼ばれたお兄さんがこちらに歩いてくる。

「こんにちは」

 お兄さんが澄んだ低い声であいさつを返し、保護者の方へ一礼する。
 落ち着いた立ち居ふるまい。静かな瞳の色。
 その姿は見覚えがあって、心臓がどんどん高鳴ってきた。
 私の知ってるあの子よりずいぶんと背が高くて、あごのラインも細くて顔つきもキリッとしてて……体つきもしっかりしてる。

「先生、髪切った? カッコイイ!」

 小さな女の子がかけよって言うと、お兄さんは唇をぎゅっと結んで難しい顔をした。

 ……やっぱり。あの表情。絶対、そうだよね……

「早瀬先生、今日もカッコいいわね。ファンになっちゃうわ~」

 前に並んでいたお母さんくらいの人の声に、思わず視線を向けた。
 早瀬先生って言っても、目の前の男の人は志信のお父さんじゃない。
 おじさんが若返った? そんなわけないよね。ってことは……

「こらこら、先生ってまだ二十代前半でしょ? どれだけの歳の差よ」

「でも、優しくてカッコイイし、子どもにも人気だし、ずっと見ていられるわ~」

 早瀬先生、二十代前半……
 もしかしてが確信に変わっていく。
 ……あのお兄さん、十年後の……

「あ、あのっ」

 思わず二人の女性に声をかけると、びっくりしたように振り返った。

「あの人だれ……ですか?」

「だれって……子どもたちの剣道の先生、早瀬志信先生よ」

 それだけ答えると、二人はまた前を向いて「そうそう、この前言ってた塾のことなんだけど」と、ちがう話が始まった。

 やっぱり! やっぱり志信だ!
 今、目の前にいるのは十年後の志信。
 そりゃ、そうだよ。さっき十年後のゆりちゃんがいたんだもん。
 当たり前だけど、この世界にいる志信だって、大人だ。
 ぼう然としてると、保育園児くらいの男の子が志信にかけよった。

「ね、先生。ぼく五さいになったら剣道習ってもいいってママに言われたんだ。あともう二回たんじょうび来たら習いにくるからねっ」

「うん。ありがとう。楽しみにしてる」

 男の子の頭をなでながら、やわらかに笑う志信。
 思わずドキンと心が鳴る。

 うわぁ。
 すごく、優しいお兄さんになってるんだな。志信って。
 志信を見つめながら、ぎゅっとくちびるを引き締めて、こみあげる熱さをおさえる。
 そしたら。
 ――ふと目があった。

 志信は一瞬だけ目を大きくしたかと思うと、ふわりと私にほほえんだ。
 その顔はすごくすごく優しくて、なんだか……なつかしそうで。
 心臓の鼓動が早くなって、顔が熱くなってくる。
 あれ? 私って分かってる?
 ううん。そんなわけないよね。
 だって、この世界の私はもっと大人の姿をしてるはずだもん。

 志信から目を離せないでいると、

 ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 突然、手首の機械から、けたたましい音が鳴り響いた。
 急に鳴り響いた音に、みんないっせいに私を見る。

「うわわっ、ごめんなさいっ」

 あわてて飛び出して靴をはき、逃げるように道場を走り出た。
 え、なんで時間移動機が鳴ってるの?
 もしかして電池切れとか? こわれちゃったとか?
 そんなの困る!
 帰れなくなったら大変だ! 
 近くにあった自動販売機の陰に隠れて、息を整える。
 その間も耳をふさぎたくなるような音が響く。

「は、早く帰らなきゃ」

 えいっ! 
 私は急いで⇔ボタンを押した。


 いつものようにグルグルがおさまって、ゆっくり目を開ける。
 散らかった作業台、足の踏み場もない床。
 いつもの汚い部屋。お兄ちゃんの小屋の中だ。

「……帰ってきた?」

 ほっとしてはぁぁと息をはき出した。

「よかったぁ……」

 フラフラしながら、小屋の外へと出た。
 辺りは薄暗くて、六時を告げる町内の放送が鳴り響いている。
 ふえ~。もし帰れなくなったらって思ったらぞっとした。
 危機一髪だよ。

 でも。
 大人になったゆりちゃん、がんばってたなぁ。
 それに志信も。すごく、優しいお兄さんで、ええっと、その……すっごくかっこよかった。
 まだ胸がドキドキしてる。
 十年後の自分は何してたんだろう。
 気にならないって言えば、ウソになるけど見なくてよかったような。
 だってガッカリしたくないもん。
 ゆりちゃんや志信みたいに、立派な大人になってる自信がない。
 肩の力をぬいた時、コナラの木の後ろに人の影が落ちているのに気がついた。

 ――人の気配。
 誰か……いる?
 一歩、二歩と近づいてくる人影に体がこわばる。

「だ、だれ?」 

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