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第7話
あなたを信じ、頼ること (4)
しおりを挟むまるで牢獄のように無機質な部屋。
王宮殿では上級貴族の子女に対していくら嫌疑があろうとも罪が確定するまでは尋問や拷問紛いの事を行うのは禁じられていた。
しかし事実上、琳華の目の前には階級の高い男性兵士と官職を賜っている宮正が同席し、その女官が直接、琳華に質問を投げかける。
座らされた無垢の椅子は中の下、卓も所々に傷があった。
「では琳華様のお部屋から見つかった絹袋の香嚢は劉家のご息女から貰いうけた、と」
「はい、間違いありません」
「それを誰が証明できますか?」
「普段のわたくしの行いです。秀女筆頭として恥じぬよう努めて参りました」
「お二人は随分と仲が良かった、と報告が上がっていますがそれについて何か申し開きはありますか」
女官の抑揚のない淡々とした声と質問は流石の琳華でも少し怖くなる。
「わたくしは……宗駿皇子様からご寵愛を賜ることを目的として秀女となりました。それ以外に考えはありませんが……最年長者として年下の者の面倒を見るのは」
だからこそ秀女筆頭となっている、と暗に言う琳華は一度も視線を下げたりなどしなかった。
「ではその香嚢の中身については一切、琳華様は知りえないと言うことですね」
「はい」
宮正と兵士が顔を見合わせ、頷き合う。
宗駿皇子の為ではあるが別に寵愛を賜ろうとは思っていない。むしろ今は何故、このような状況に陥ったのかが知りたい。
(宮正による抜き打ちのガサがあったとしても、その上層である父上のいる兵部にて認証会議がされるはず。ましてや客人の待遇であるわたくしたちに対して嫌疑をかけ、私物を漁るにはそれ相応にウラが取れていなければ……わたくしはまだ、何もコトを為していないと言うのにどうしてこんなことに)
それに梢も無事なのだろうか。客人たる自分について来ている身ではあるが後宮の階級に置き換えれば下女のような立場。いくら自分が大切にしていても階級社会の中での彼女はどうしても身分が低い。
(何よりも愛霖様……わたくしには彼女にそんな太い肝があるようには見えなかった。いいえ、わたくしは彼女の本当の姿を見ていなかった?)
初めて会った時、顔色が悪かったのは確かだ。
緊張をしていたのだろう、と声をかけたのをきっかけに仲良くなった。お茶にも誘われ、楽しく和やかな時間を過ごしたりもした。
けれど気の強い丹辰は愛霖のことを嫌って……と言うか正確が根本的に合わなかったのだろうが琳華は家庭教師をしていたサガのせいか、丹辰や取り巻きが彼女のことをどう見ていようが年下の愛霖を見捨てておくことができなかった。
「周琳華様、ご不自由を強いることになりますが仔細が出るまでこちらに滞在をしていただくことになります」
「承知いたしました」
元から布団部屋にいたのだ。別になんてことはない。
言質を取ったと同時に退室をしようとする女官と兵士は番をしている宮正の宮女に願い出れば不自由な思いはしない、と言う。
「あの、わたくしの侍女についてなのですが」
「琳華様とは別室での待機となります。ご心配なさらず」
きっぱりと言われては琳華も黙るしかない。
下手なことを言えば……偉明にするように口ごたえじみた事をすれば状況は良くない方に傾いてしまうかもしれない。まさに沈黙は金、である。
その後、夜を迎える頃には簡易の寝台と布団。そして食事の膳が運ばれて来た。
湯気の一切立っていない冷めた膳、冷たく硬い寝具。毒見として先に食事を口にしてくれる梢のいないひとりぼっちの簡素な部屋。
外では遠く、賑やかな声が聞こえ始める。
今夜、そして明日の夜。後宮内では夜市が開かれるのだ。
だから連行される間際に丹辰に「お心の強い丹辰様だからこそお伝えを」と今夜から楽しい夜市が開催されることを伝えた。それは秀女たちにはまだその時は周知されていない事前情報。
琳華も梢とお菓子の調達に出向こうと思っていた。
あと、運が良ければ兄たちのどちらかなり、父親にも会えたかもしれない。もとより、その夜市に秀女全員が参加できるように担当女官に掛け合うつもりでもあった。琳華もその役割を丹辰が担ってくれるに違いない、と連行される間際に「宜しくおねがいしますね」と丹辰が上と掛け合ってくれるように伝えていた。
(愛霖様も、きっとどこかに収容され……)
琳華の心に引っ掛かる一人の女性の姿。
最初から名が挙げられていた二つの家。伯家の野心は分かる。歴史上、何度もそう言うことは起きているのだ。それで政が揺らぐこともあったし、そうならずに穏便に済んだ場合もある。
琳華にはどうしても劉愛霖の背後が見えないのだ。
言い方の善し悪しはこの際置いておくとして、気弱そうな彼女に皇子をどうこうする獰猛な魂胆などあるのだろうか。
とにもかくにも、夕飯の膳を平らげた琳華は椅子に座ったままじっと考える。でも、なんだか手持ち無沙汰で……用意されていた綿入りの枕を持ってきて、腕に抱く。
(もし、愛霖様がお父上やご親族の方からとても強いご指示を受けていたとしたら……でもそれって、わたくしと同じね)
父親から言われなければ、父親が自分の娘が最適と考えなければこの事態は起こらなかった。だからもし、愛霖も誰かに厳しく強要されていたら。やはりそこに本人の意思はなく、周囲が外戚を狙っていたのだろうか。
枕をぎゅっと抱き締め、琳華は少しだけうずくまる。
「これはこれは……囚われの姫が」
人の気配はあったが、反応が遅れた。
「っ、え……い、めい様」
「人払いは済んでいる。私の兵……いや、宗駿様の兵が番をしているからな。宮正には外で休憩をさせている」
音も無く開けられた扉と共に偉明が何もない部屋にやって来た。
咄嗟に琳華はまた強く枕を抱き締めてしまったのだがそれを目の前で見てしまった偉明の方が軽く動揺する。
「侍女は無事だ。別室で待機となっている」
「そ……う、ですか。聞いてはいましたが、良かった……小梢は強い子だけれど……こんなこと、彼女もきっと初めて、で……」
偉明の涼やかな目元は琳華の手元を見ていたが侍女の確かな無事を聞いて緩める腕に彼女の思いやりの心を見る。
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