『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』

緑野かえる

文字の大きさ
36 / 43
第8話

良き友人 (3)

しおりを挟む

 父親も一度家に帰って少し休んでから出仕をすると言って部屋から出て行った。豪奢な部屋、と言うかこれはもはや上位の妃嬪きひんに宛がう宮だ。複数人が宿泊できるようになっていた寄宿楼とはまるで違う。梢が顔を洗う為のお湯を取りに外に出れば既に宮女が控えており、取り次いでくれたどころか湯あみをするための浴堂よくどうの風呂桶に湯が張ってある、と教えてくれた。

 上級貴族の娘に疑いを向け、軟禁をした詫びとは言え。

「朝風呂をキメてしまっても良いのかしら」
「旦那様が貰える物は貰っておけ、とおっしゃっていましたので……よろしいのだと思います。せっかくですから髪も流しましょう。すぐ、お支度をしますからお嬢様はゆっくりしていてください」

 梢とて寝ずに、と琳華は思ったがここは侍女としてしっかりと働こうとする彼女の邪魔をしてはならない。自分が早く眠ってしまえば梢も少しは眠る時間が持てるだろう。それに、自分たちはそこまでヤワではない。
 どうやら常に出入り口には官職を賜っていると見られる宮女が控えているらしく、梢の役割が少し軽くなる。琳華の長い髪を拭くのも手伝って貰い、その間に梢にも湯あみを勧めることが出来た。

 ここは多分、東宮の敷地に併設された場所。
 そんな高貴な場所に仕える宮女たちは無駄口など一切なく、かと言って気まずくなるほどでもないくらい話し掛けてくれながら朝日が昇ったばかりの時刻だと言うのに丁寧に髪を拭いて身づくろいまで手伝ってくれた。その間にも琳華は出して貰った食事代わりの小さな膳をつまみ、一先ず眠る支度を整える。

 用意されていた布団はふかふかだったし、枕も陶製にするか綿の詰まった方にするか、と甲斐甲斐しく世話をしてくれた。しかもちゃんと梢の為にもすぐ隣の小部屋に質の良い寝具一式が用意されているのを琳華は見た。流石に礼を、と感謝の言葉を伝える琳華に「やはり秀女筆頭としてのお役目を賜る方でございますね。お言葉、有難く頂戴いたします」とまた丁寧に言葉を返してくれた。

 彼女たちは打算を隠すことも上手いのかもしれない。
 密やかに、しかし確実に自分たちの地位を守り、位の高い女官となれるよう目指している。

「琳華様のお噂はお聞きしていました。教育係を引き受けた鶴とは昔馴染みで……琳華様には一度、お会いしたかったのです。後宮は欲の多い場所で御座います。しかし、琳華様のように広い目を持たれ、行動が出来る方は貴重です」

 そんなに褒められても何も出せる物がない、と恐縮してしまうが話は梢が戻って来たことによってさっぱりと終わってしまった。本当に、欲の見せ方が他の宮女たちとは違っていた。

「お目覚めになりましたらまたお声掛けください。ご都合が宜しいようでしたら今夜は最後の夜市、上の者からも琳華様には是非楽しんで欲しいとの通達がありました」

 事務的な連絡の中に含まれる夜市の話。そう言えば今日が最終日。頑張ってくれた梢を連れて行こう、と考える琳華だったが……視界にある一枚の濃紺の羽織物。
 誰がどう見てもそれは偉明の物だと分かるが本当に自分に携わってくれた宮女たちは何も言及せず、衣桁に広げて掛けてくれていた。

 でもきっと、偉明の表の顔ならどの女性に対しても気に掛けるのを知っているだろうし昨夜は確かに少し冷えていた。
 仮眠から起きたら女官に託し、返した方がいい。

「小梢もゆっくりして」
「はい」

 自ら寝台に上がった琳華は丁寧に乾かされた髪を横に流して梢に布団を掛けて貰う。
 少し眠って、起きて、夜を過ごして……もう一回だけ夜を過ごしたら、この後宮から出て行く。

(わたくしは、何も出来なかった……)

 重厚な布の囲いのある寝台。梢が完全に一人になれるように布を引いてくれたその中で横になった琳華は人知れず細く涙をこぼす。嗚咽を漏らす事もせず、静かに流れる涙を寝間着の袖口で拭う。そしていつしか豪奢な彫り物が施されている寝台の天井を眺めている内に眠りの世界へと引き込まれ、緊張と疲労から昼近くまで琳華は珍しく眠った。

 もぞ、と琳華は体を起こす。
 何か外で人の声、と言うか梢が聞き馴染みのある声と話をしているようだ。あくまでも普通の話し声の声量ではなく、眠っている琳華に配慮をしたような声のせいで何を話しているのか聞き取れはしなかったがその相手は……。

「あ、お嬢様おはようございます」
「おはよう、小梢はちゃんと眠った?」
「はい!!もうすっかり。私もつい先ほど起きまして、それであのお嬢様……」

 いつもの梢の明るい表情が少し曇る。

「今、雁風様がいらしていて……お嬢様のお気持ちを汲まれた伯丹辰様から、そのお父上様へのご進言で、その」

 言いにくい事を丁寧に説明しようとする姿に「ここにはわたくししかいないのだからいつも通りでいいのよ」と伝えると梢は大きく息を吸う。

「えっと“劉愛霖あの子に言いたい事があったらぶちかましに行けます”とのことです。一応、お嬢様は被害者ですので接見の権利はある、と」
「真相はご本人しか知りえない……としても、愛霖様がわたくしに何か話すとも思えないのだけど」
「非常に不敬な言葉ではありますが罰則や罪人などを取り仕切る刑部きょうぶの方々はお嬢様ならば愛霖様から真相を吐かせられる、とお考えのようです」

 梢が言いよどむのも分かる。
 つまり刑部の者たちは琳華を使って愛霖への尋問をしようとしている。それが愛霖による嘘か真か、どちらにせよ最初から仲が良かった琳華になら口を割るかもしれない、と。

 愛霖は、劉家は一体なにをしようとしたのか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...