未来の殺戮王は愛に溺れる

三日月

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信心する神に選ばれましたが全力でお断りしたい

1 やっと首都に到着したけどもう帰らせてください

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「レオン、離せっ」

赤い花弁が敷き詰められたベットを軋ませ、抗議しているのは青年ツィード。
黒髪を乱し、この悪趣味なベットから出ようと身を捩る。
身に纏っているのは、小さい蝶や華の刺繍が施されたシースルーの膝丈貫頭衣。
それは、本来無地の花嫁衣装の上から着るもの。
男性のツィードには小さすぎて、白い肌に吸い付いていた。
ツィードは、両手首を頭の上で拘束する男、レオンを睨むが相手にされない。

「ツィード様、神の御意志ですよ」

こんなことが、神の御意志であるものかっ
覆い被さってきたもう一人へ懇願する。

「おっ、王子も、お気を確かにしてくださいっ
これは、何かの間違いですっっ」

目を輝かせて迫ってくる自国の王子を足げに出来ず、その下で身動げば身動ぐだけ、雪よりも白い肌がくねり相手を煽っていることに全く気付いていない。

「ツィード、このような時はもっとと言うのだぞ?」

まるで出来ない子どもを叱るように、王子アルスは言い聞かせる。
齢16のあどけなさが残る顔と身体だが、絢爛豪華な王族の正装姿には貫禄さえ感じる。
ツィードは、その王子からグイッと熱のこもった腰を擦り付けられ目を剥いた。

神よ、理解できませんっっ



大陸随一の武力と自然豊かな大地を有する国ルクアは、唯一神ルルドを崇める宗教国家である。
ルルド教の聖地であり、ルルドが人間を導くために降り立ったとされる首都ルクアール。
その中心にそびえる白亜の城は、この国の潤沢な資金と力を示す広大な規模を誇っていた。
その城を囲む外堀と内堀の中間地点、詰所の前で一台の馬車が停車する。

「粗末な馬車だな」
「花のひとつも飾ってないなんて、どこの国から来たんだ?」

明日は、この国の第一位王位継承者アルス王子が成人を迎える日。
国を上げての盛大な祝賀であり、王子の運命の相手を定める選択の儀を行う日でもあった。
誰が花嫁に選ばれるのか。
この話題は、国民をここ数年楽しませ、どの国と婚姻関係を結ぶか世界から注目されていた。
期待と興奮で高まる国民達は、外堀の際に集まり口々に好き勝手な感想を述べる。
詰所の厳重なチェックを受ける馬車は、どれも絢爛豪華な彫刻や色彩を施され、神事の主役である王子の守護色赤色の花を必ず飾っていた。
けれど、この馬車は箱のように真四角でデザインも無骨。
花も飾っていない。
そこかしこに補修の跡があり、車輪も使い古し。
口々に常識知らずな馬車の主が誰かと揶揄する民の前で、先に降りた従者は人の悪い笑みを浮かべた。
お前らの予想が当たるものか、もったいつけてゆっくりと馬車の扉を開いた。

「ツィード様、詰所に到着致しました」
「はぁ、やっとつい・・・」

従者の手を借り身を乗り出したのは青白い顔色の青年。
この日のために整えた前髪が、鋭く尖って見えるつり上がった黒い瞳の上で揺れる。
しかし、外掘から身を乗り出し舐め回すような視線を向けてくる人々を前に、神経質で堅物だと初対面でも伝わるその顔は早々に崩れた。

一方の野次馬はどよめいた。
顔を出したのは、踝が隠れるほど長く白い神官服姿の青年。
まさか人々の尊敬を集める神官が、こんな粗末な馬車で乗り付けるなんて!
しかし、ツィードの肩に掛かったショールの色を見てその失望は驚きへと変わった。
布教や巡礼で各地を訪れるのは、ショールすらない下位の神官ばかり。
しかし、ツィードの肩には銀色のショールがあった。
神殿で日々神に尽くす金のショール最高位神官『御柱様』、銀のショール上位権限者『五柱様』を国民が目にすることは無いに等しい。

「おい、あれっ、あれっ」
「引っ張るなよ!」
「あんなに若い五柱様がいるのか??」

騒ぎはあっという間に大きくなった。
自分を指差す人々に、ルルド教五柱の一人ツィードは既に半泣き。
陽が昇る前から馬車に揺られること五時間。
車輪の振動に酔い、胃が空になっても胃液が逆流し続けたので疲労困憊。
神官服を汚さないよう、袋を口に当て堪えに堪えて漸く着いた首都だった。
意気揚々と馬車から降りようとしたのに、すっかり腰が引けてしまう。
普段神殿の祈りの間と書庫、自分に与えられた部屋で過ごすツィードは、従者以外に会わず一日を終えることも珍しくなかった。
無遠慮な視線が、ツィードには不快で悪意のこもったものに映っていた。

「ツィード様?」

従者として同行していた青年レオンは、動かない主に首を傾げる。
レオンは、一見堅物で融通のきかない世間知らずな主が嫌いではなかった。
レオンは、神殿に身を寄せる孤児からツィード専属の従者になった幸運に恵まれた。
何より、真の主からの大切な預かりものでもあったから嫌いになりようもない。
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