ある研究員の記録

晴日青

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六十日後

記録その6

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 ――記録その六。

 あの翌日から、カナタはまた人魚の面倒を見ることになった。
 しばらく離れていたとは言え、人魚はやはりカナタによく懐いている。

「…………!」
「ああ、はいはい。餌だな。……ほら」
「…………!」

 がつがつと人魚は相変わらずの食べ方で餌を捕食する。
 その人魚を見つめながら、カナタはぼーっと考えていた。

「俺とお前と、何が違うんだろうな……」
「…………?」
「何を考えて、何のために生きてるんだ?」
「…………」
「お前の人生は、ここで一生研究され続けて終わるのか……?」
「…………」

 人魚は、何も応えない。

***

 ――○月×日。

 人魚はとても人間に似ている。ただ言葉が通じていない――と言っても、こちらがそう思っているだけで、向こうはこちらの言葉を理解している可能性がある――だけ、ただ見た目が違っているだけ。それだけで一生をこんな狭い水槽の中で過ごすというのは、少しかわいそうだと思ってしまう。
 もちろん、研究者としてはそれが人類の発展に繋がるのだと分かっている。この得体の知れない生き物を調べ上げれば、今まで治療出来なかった数多の病気が治せるようになるかもしれない。もしくは、こいつ自身が長寿ということで、人類の夢でもある不老不死を手に入れられるようになるのかもしれない。どちらにせよ、あくまで全ては推測の話だ。
 先日、人魚のことが気になって過去のデータを全て洗い出してみた。
 思っていた通り、人魚は陸上でも少しの間だけならば活動が出来るらしい。このデータが残っているということは、かつて人魚と陸上を散歩した研究員でもいたのだろうか。
 いつか、自分も人魚を水槽の外へ出してやりたい。広い場所をのんびりと散歩させてやりたい。
 でも、その散歩が終われば、また人魚は水槽の中に戻されてしまうのか。
 ……ここまでにしておこう。記録というより、ただの日記になってしまっている。

***

「お前、外に出たいと思わないのか?」
「…………?」

 人魚はただ水槽の中をくるりと回った。
 水槽越しにカナタの前へと近付き、そして、すりすりと顔をガラスに押し付ける。

「…………」
「……こっちに、来たいんだよな」
「…………?」

 人魚はカナタのことを表情のない瞳で見つめた。
 犬が飼い主に懐くように、穏やかな笑みを浮かべてもう一度ガラスに顔を摺り寄せる。

「もし……もし、俺がお前を外に出してやるって言ったらどうする?」
「…………?」
「……俺の言葉なんか分からないよな」
「…………」

 人魚が鳴く。

「俺には……ただの研究動物に見えないよ」

 カナタも人魚と同じように水槽へ顔を寄せた。
 水槽越しに、人魚と唇を重ねる。

「…………!」
「……この水槽、こんなに冷たかったんだな」
「…………」
「きっと上司も他の研究員も止めるだろう。でも俺は……」
「…………」
「……もっと広い場所で、一緒に暮らそう」
「…………!」

 カナタの想いが通じたのか、人魚は満面の笑みを浮かべる。
 カナタも人魚に向かって、優しく微笑んだ。
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