ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第2章 魔術師アレイスの望み

第69話 小さな異変

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 新人受付嬢のフローレさんは、私が補佐する必要もない有能な人だった。

「お帰りなさいませ。受注書を確認させていただきます」
「……あれ? 君、見ない顔だけど新人?」
「ええ。今日から受付を担当させていただくことになりました。フローレと申します」
「へえー、よろしくね!」

 依頼から戻ってきた討伐者さんたちは、新しい受付嬢に興味津々だ。フローレさんはとても落ち着いていて、彼らにあれこれ聞かれても笑顔でかわし、淡々と手続きを進めていた。
 若いのにしっかりしているなあ、と彼女の年齢だった頃の自分を思い出してちょっと落ち込む。私は今二十二歳だけど、仕事がうまくやれるようになってきたと思い始めたのは、割と最近になってからなのだ。討伐者さんに何を聞かれてもすぐ答えられるよう、空き時間に調べ物をしたり、監視班に出入りして情報を集めるようにしたり、私なりに頑張ってきた。
 前に私の仕事ぶりをアレイスさんに褒めてもらえたことがあったけど、私はもともと優秀だったわけじゃない。必死に努力して、ようやく少し自信がついてきたかなと思えたところなのだ。

「それでは、手続きさせていただきますので、少々お待ちください」

 フローレさんはそう言って奥の部屋へ消えていった。しばらく経ち、戻ってきた彼女の手にはずっしりと重そうな袋。討伐者に支払う報酬を持って戻ってきた彼女は、滞りなく手続きを終わらせた。

「フローレさん、さすが慣れてますね。私が手伝う必要はなさそうです」
「本当ですか? ありがとうございます」

 私が彼女に声をかけると、フローレさんはにっこりと微笑んだ。うーんやっぱり落ち着いているなあ、私の二歳下とは思えない。

「フローレさんは、アメリアさんに誘われてうちのギルドに来たんですよね?」
「アメリア……ええ、支団長にお誘いいただきました」
「前からお知り合いだったんですか?」
「知り合いというか、支団長がミルデン支団で働いてくれる受付嬢を探していたらしくて、私が立候補したんです」
「そうだったんですね。こんな遠いところまで一人で来たんでしょう? 寂しくないですか?」

 いくらしっかりしているように見えるとは言え、彼女はまだ二十歳なのだ。親や友人もいるだろうし、たった一人で見知らぬ街に引っ越すなんて、勇気があるなと思う。

「寂しくはないですよ。私、両親がいませんし、恋人も友人もいませんから」
「あ……ごめんなさい」

 しまったと思い、私は思わず謝った。フローレさんは笑顔で首を振り「気にしないでください」と言ってくれたけど、言いにくいことを聞いてしまった。
 フローレさんはしっかりしていて、仕事もちゃんとこなすし問題はなさそうだ。これで人手不足が少しは解消できると思い、私は嬉しかった。

 ――この時までは、私はそう思っていたのだ。


 ♢♢♢


 仕事復帰して二日目。今日も私は夜の部を担当する。相棒はもちろんフローレさんだ。
 アレイスさんは朝のうちにギルドにやってきて、魔物討伐に出かけて行ったみたいだ。やっぱり彼は注目の的だったらしい。ルシェラ嬢のことを聞かれた彼は「婚約者じゃないですよ」と笑って否定していたようだけど、みんな信じていない。ついでにアレイスさんが本当は貴族なのかどうかも、みんな気になっているらしい。
 多分彼は否定するだろうけど、いずれ彼の正体がばれる日も遠くはなさそうな気がする。王都から近衛騎士のジュストさんがアレイスさんを訪ねてきたり、ルシェラ嬢が押しかけてきたり、彼の周囲で起きることはみんな貴族がらみだ。いつまでも隠し通せるとは思えない。

 今日はギルドに行く前に薬師ギルドへ立ち寄り、母から薬の試作品を預かった。試作品は新しい飲み薬で、討伐者さんの依頼で開発したものらしく、火傷によく効くものだという。魔物には火を吹くものもいて、魔物の火で火傷すると普通の火傷と違い、治すのが大変らしい。より効果の高いものをと求められ、これまでも何度か試作品を作って届けているのだ。
 
 診療所に薬を預けに行くと、診察室に医師のレイチェルさんと物品班のクリフさんがおしゃべりをしているところだった。

「――でさあ、どうにもおかしいなと思って何度も数えなおしたんだよ。でも何度数えても同じでさあ」
「それは妙ねえ」

 なんだか深刻そうな顔で二人は話している。声をかけていいか迷ったけど、レイチェルさんが入り口に立つ私に気づいて笑顔を見せた。

「あら、エルナじゃない」
「こんにちは。薬師ギルドから薬の試作品を預かってきました」
「もう来たのね、ありがとう! 痛みはどう? エルナ。落ち着いた?」
「はい、もう平気です」
「そう、良かったわ。ちょっと傷を見せてくれる?」

 レイチェルさんは椅子に座るよう促し、私はジャケットを脱いで腰かけた。ブラウスの袖をまくり、右腕をレイチェルさんに見せる。痣はまだ残っているけど、色はだいぶ薄くなってきた。

「……うん、大丈夫ね。治りが早いのはジェマさんの作った塗り薬のおかげかしら、さすがだわ」

 レイチェルさんに母を褒められると、まるで自分が褒められたようでちょっと嬉しい。ブラウスを戻してジャケットを着ていると、クリフさんはまた神妙な顔でレイチェルさんに話しかけた。

「参ったなあ、数が足りないと俺の責任になるんだよな」
「でも、支給品の数が合わないなんてあるかしら? 誰かの数え違いなんじゃないの?」

「あの、すみません。何の話ですか?」

 どうしても気になった私は二人に尋ねてみた。クリフさんは待ってましたとばかりに私に話し始めた。

「それがさ、支給品の回復薬の数が三本足りなかったんだよ」
「数が足りない?」
「そうなんだよ。昨日帰るときに数が合わないことに気づいたんだ。どこで数え間違えたんだか……」

 クリフさんは困ったようにがしがしと頭をかいていた。物品班は依頼を受けて出発する討伐者に支給品を渡す役目があり、その支給品を管理している。討伐者に渡す支給品の数や種類は階級によって決まっている。例えば最も階級の低い五級討伐者には、基本的な回復薬を三本支給する決まりだ。階級が上がると回復薬の効果も高いものが支給される。討伐者にもっと欲しいと頼まれても、ギルドから支給される数が変わることはない。

「なくなった回復薬は、どんなやつですか?」
「三本とも『上回復薬』さ」
「上回復薬ですか……」
 
 上回復薬は三級以上の討伐者に支給される。物品班では支給した数を記録していて、その日いくつ渡したかも全部記録しているはずだ。

「ひょっとして、誰かが盗んだんじゃ……」

 思わず私はそう口にした。考えたくはないけど、その可能性は否定できない。

「待って、エルナ。そう決めつけるのはまだ早いわよ。数を数え間違ったか、記録を忘れたのかもしれない。そう簡単に人を疑うものではないわよ」
「そうですよね、すみません」
 
 レイチェルさんは眉をひそめて私をたしなめた。確かに、もしも誰かが盗んだということなら、それはギルドの誰かが盗んだことになる。職員か討伐者か、どちらにしろ身内を疑うことになるのだ。

「まあ、単純に俺が数え間違えたんだろうな。悪いな、気にしないでくれ。俺は仕事に戻るとするよ」
「ミスは誰にもあるものよ。あまり気に病まないで、クリフ」
「ああ、またな」

 クリフさんは診察室を出ていった。支給品が盗まれるなんて、私がギルドに入ってから一度も聞いたことがない。物品班の支給品受け渡し所は受付ロビーのすぐ近くにあり、討伐者が誰でも立ち寄れる場所ではあるけど、カウンターには常に誰かがいる。深夜から早朝までは人がいないので、支給品は鍵がかけられた奥の倉庫にしまわれ、盗んだりできないようになっている。鍵は受注担当官の部屋にあるけど、この部屋が無人になることはない。

 私もクリフさんに続いて診察室を出た。廊下を歩きながらぼんやりと考える。クリフさんの勘違いで、ただの数え間違いならいい。でももしも、誰かが盗んだとしたら……。
 
 私は疑いを振り払うように首を振った。きっと考えすぎだ、早く仕事に向かおう。
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