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緑とココア・ブラウンと黒乃茶々
しおりを挟むそれから、また歩き出してしばらく。
俺達はいまだ公園に戻るどころか、ジャングルから抜け出すことすら出来ないでいた。
果たして本当に元居た場所に近づけているのかなんてわからず、もしかしたら全くの見当違いな方向へ進んでしまっているのではないかという錯覚までしてくる。
それが本当に錯覚なのかどうかを確かめるすべもなく、ただひたすらに川に沿って歩くことしか、俺とココア・ブラウンには出来なかった。
「……これだけ歩いても周りの景色が変わらないと、さすがに嫌になってくるな」
隣を歩くココア・ブラウンにそう言ってみる。
同じ学校で同じクラスで、俺は知っているはずなのに知らない少女。ココア・ブラウン改め黒乃茶々は、さすがに疲れた表情を浮かべながら口を開いた。
「うむ、そうだの。いくら流れが速いとはいえ、流されていた時間はそれほどでもなかったはず。いい加減、ジャングルを抜け出すくらい出来ていてもいいのだが」
ココア・ブラウンの言う通りではある。
ならばやはり進む方向が間違っているのだろうか。しかし、ずっと川に沿って歩いてきているし、その可能性は低いはず。
「むむむ、何か引っかかるのだが……何か重大なことを忘れているような」
ココア・ブラウンはその何かを思い出そうとしている様子だが、思い出すことが出来ないようだ。引っかかる物とは何なのか、それは俺も気になるところだが、それ以上に俺には気になっていることがある。
もちろん、ココア・ブラウンのことである。
今のクラスになってまだ一か月もたっていないとはいえ、同じクラスなら名前まで覚えていなくても、顔を見れば気づいてもおかしくないはずなのだ。それなのに、なぜ俺はココア・ブラウンのことを知らなかったのか。
この場には俺とココア・ブラウンしかいない。
ならば、今まさにこの疑問を解消する絶好の機会ではないだろうか。
「なあ、ココア・ブラウン」
「何だ? 緑よ」
ここで『どうして俺はお前のことを知らないんだ』なんて、直接聞いても答えてはくれないだろう。さっき生徒手帳を落とした時の反応からして、ココア・ブラウンは俺に知られたくないのだということはわかる。
ならば、どう聞くべきか。
どのように聞けば、俺はココア・ブラウンから、黒乃茶々から話を聞くことが出来るのだろうか。
「えっと……だな、お前ってどうして、こんなことをし始めたんだ?」
「こんなこと? いったい何のことだ?」
「ほら、人を洗脳したり……とか」
そもそも、どうして俺は、この小さな少女のことを知ろうとしているのだろうか。
数十人いるクラスメイトのうちの一人。
知らなかったら知らなかったで、それでいいのではないだろうか。
「ふん、そのことなら言ったであろう。緑がわれの仲間にならないのであれば、教えるつもりはないと」
「ああいや、そうなんだけどさ。そうじゃなくて、洗脳とか、その悪役みたいな服は必要だったのかなって」
知らないでいて損することはなく、現に今までだって知らなかったことで困ったことはないのに、どうして俺は気になってしまったのか。
ココア・ブラウンが人々を洗脳している悪だから?
だから俺は、正義感に駆られて、ココア・ブラウンの情報を得ようとしているのか?
でも俺は、通普の、正義の味方の誘いを断ってきた。
俺は別にヒーローになりたいわけじゃないのだ。
……じゃあ、何で?
「どうして緑がそんなことを知りたがるのだ。知ったところで、緑が得をするわけでもあるまい。おぬしが気にするようなことではないであろう」
知りたがることでも、気にするようなことでもない。
確かにその通りだ。その通り過ぎて言葉が出ない。
でも俺は、知らないままでいることが我慢ならない。
理屈ではなく、ただ感情が嫌だと言っている。
「得するとか損するとか、そんなことはどうでもいいんだ。俺はただ……」
得しなくてもよくて、損してもよくて。
「俺は……ただ……」
そうだ。
知らないままが嫌とか、そんなんじゃなくて。
そう、俺は――
「『ココア・ブラウン』のことが知りたいんだよ」
――黒乃茶々のことが知りたいんだ。
それはきっと、何か大事なことのような気がするから。
○
「……そうか」
俺の言葉を聞いたココア・ブラウンは、静かにそう言った。
「そこまで言うのであれば仕方ない。少しだけなら話してやるとするかの」
まるで『しょうがないやつだ』とでも言うかのように、しかしどこか嬉しそうに、ココア・ブラウンは語り始めた。
「とはいっても、そこまでたいそうな話ではない。この格好も、そしてこの口調も、われが過去好んでいたものの名残り。趣味と言ってしまってもよい」
「え、ちょっと待て。その口調、素じゃなくて作ってんの?」
「当たり前であろう。素でこんな口調のやつがいるわけなかろうが」
「そんな呆れた目で俺を見るな!」
マジかよ! こいつキャラ作ってたのかよ!
あまりにも堂々としてたから全然わからなかったよ!
「われは小さなころから戦隊ヒーローものが好きでな。特に、ヒーローを倒すために策を練り何度もチャレンジを繰り返す悪役のほうに、ヒーローよりも惹かれたのだ。当時悪役の真似をしようとした結果が、この口調というわけだ」
そういえば、通普も似たようなこと言ってたな。正義の味方に憧れてたって。
じゃあココア・ブラウンと通普は同類か。何か納得だ。
「しかし周りの者は皆、年を重ねるごとにそう言ったものに興味をなくしていってな。結局、中学生に上がるころには、戦隊モノを好んでいるのはわれだけとなった」
「そりゃまあ、いつか興味持ってるものが別のものに変わっていくのは普通だからな」
「確かにそうだの。だがそんな中で、われは一人で好きでい続けた。さぞ周囲の者は皆、われが可笑しく見えたであろうな。この小柄な体格も相まって、『いつまでもガキだな』なんてことも言われたわ」
「それは、何というか……」
酷な話だ。自分の好きなものを好きだと言い張り貫き通すのは素晴らしいことではあるが、それは高校生にまで成長した今だからこそ言えること。子供たちはただ、面白いと思っていただけだろうし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「さすがのわれもショックでの。それからしばらく戦隊ものが好きだということも隠し、口調も元に戻していたのだ。当時はそれはもう、ただ寡黙で可憐な少女だったの」
「自分で可憐って言うな」
「だが、当時われには仲の良い者がおってな。そんなわれの様子をおかしいと思ったそやつが、われに事情を聴いてきたのだ」
「へぇ、それでどうしたんだ?」
「全部聞いた後に、そやつは『気にする必要はない、自分の本当に好きなものは自分だけのものだ、好きなものは好きっていうのが当たり前だろ』と言ったのだ」
「それ本当に中学生か? 発言が大人すぎるだろ」
「あ、いや、今のはわれの思い出補正がかかっておる」
「過去を捻じ曲げるな!」
「実際には『別にいいんじゃね?』と言っておった」
「かなり無関心!」
事実と思い出に差がありすぎるぞ。
「だが当時のわれはその一言で救われたのだ。本当の自分というものを隠し、そしてなくしてしまうところだったわれにとって、その一言はわれのすべてを認めてもらえたかのような気持ちであった」
「……そうか。いい友達だな」
「ぐぬ……友達、そう友達……なのだ……っ」
「どうした?」
なぜか不満げなというか、悔し気な表情をココア・ブラウンは浮かべた。
え、仲良かったんじゃないの? なのに友達と言われることがそんなに嫌なの?
「いや何でもない。とまあ、そんなわけで、われは本当の自分というものを隠すことはなくなり、今に至るというわけだ。これがおぬしの聞きたがった『ココア・ブラウン』だ」
「……そっか」
なるほど、ココア・ブラウンにそんな過去があったなんて。
本当に好きなものを貫いた結果が、この格好というわけか。
それなら納得……出来ないなやっぱり。高校生ならTPOくらいわきまえろ。おっと、変態タイツを着ている今の俺にはそんなこと言える立場じゃなかったちくしょう。
しかし、結局どうして俺がココア・ブラウンのことを知らないのかという疑問は、やはり解消されることはなさそうだ。まあそれならそれでいいかとも思える。
さっきも言った通り、別に知らなくても何も問題ないのだから。ただ俺は、ココア・ブラウンのことを、黒乃茶々のことを知りたくて、その話を聞けたというだけで満足だ。
それにしても、当時ココア・ブラウンと仲の良かった人物か……。
いったい誰なのだろう。意外と俺の知ってる人かもしれない。通普とか。うわ、なんか考えてみたらありえそうだな。
「なあココア・ブラウン。もしかしてさ――」
「むっ! 緑よ! あっちの方に明かりが見えるぞ!」
頭に思い浮かんだことを聞くよりも先に、ココア・ブラウンが声を上げた。
その指さす方向には、ぼんやりとだが、確かに小さく光が見えた。
「おお、もしかしたら戻って来れたかもな」
「こうしてはおられん! 急ぐのだ緑よ! われたちの終わりなき冒険に、ようやく終止符が打たれるかもしれん!」
そう言って走り出すココア・ブラウン。
今までの疲れなど吹き飛んだかのように走る彼女を、慌てて追いかける。
しかし、先に光の下へとたどり着いたココア・ブラウンはなぜか空を見上げて立ち止まっていた。不審に思いつつ、俺もココア・ブラウンに追いつき、そして同じように空を見上げた。
なぜならその光は上にあったからであり、そして俺達の目の前にはそれとは別にとあるものがあった。
「……階段があるの」
「……そうだな、階段だな。それよりもココア・ブラウン、俺はこの上の景色にどうも見覚えがあるんだが」
「奇遇だの、われもだ」
とりあえず二人で階段を上がっていく。だが胸中にはとある予感があった。
具体的には今までの努力や苦労、心配などがすべて無駄だったことになる予感だ。
そうして階段を上り切った俺とココア・ブラウンは、目の前に広がる光景になんとも微妙そうな表情を浮かべた。
「……戻ってきたの」
「……そうだな」
俺達が落ちていった公園。階段は、その入り口のすぐ横へとつながっていた。
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