【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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婚約破棄後の公爵令嬢

恋とはどういうものだろう

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 オブライエンを伴って屋敷に戻ってきたナディアだったが、どこか心ここにあらずといった様子だ。そんなナディアを珍しいモノを見るようにオブライエンは見つめていた。
 その視線に気付き、ナディアが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんですか、オブライエンさん?」

「いえ、お嬢様にしては珍しいと思いまして」

「え?」


 一体何が珍しいのか分からずナディアがきょとんとする。オブライエンからすれば、今の惚けているナディアの姿は、珍しいとしか言いようがない。そのくらい、ナディアは屋敷でもいつでも毅然とした姿で皆の前に立っていた。

 それがどうだ。今は年相応の女性、いや、少女のようにも見える。
 ナディアは見た目もとても美しいので、実は褒められたり口説かれたりは日常茶飯事だ。ナディアに憧れている人は少なくはない。その証拠に学園ではナディア様見守り隊なんて非公式の集団もあったらしく、不埒な輩がいてもひっそりと陰で始末されていたようだ。
 まあそんな事実はナディアの知るところではないのだが。

 話は戻して、そういう訳なのでこんな風に心を乱すのは珍しい。それをそのまま口にしてしまったせいで、ナディアが少し驚いているようだった。


「…私、珍しいかしら」

「え?ああ、そうではなく。あのように男性に言い寄られるのに慣れてらっしゃるのかと思ってました」

「それは…」


 確かに慣れているし、断るのも慣れている。事務的に微笑みながらさらっと躱す事くらい簡単だ。
 けれど、エラディオには何故かそれができないのだ。


「…あの方は、他の男性とちょっと違うようなんです」

「ほう、どのような所がでしょう?」

「熱い…ような、怖いような…自分が狙われているような感覚になってしまって…」

「フム…確かに。男性が意中の女性を落とそうとする時は、必死さに比例して恐ろしく感じる女性もいるようですが」

「怖くはないんですが、何と言うか落ち着かなくなってしまって。もう少し冷静にならないといけないとは思うんです。何しろ相手は他国の王族の方ですし、きっと国に戻れば恋人の一人や二人くらい…」

「だから恋人も婚約者も嫁もいねぇっつったろ」

「ひっ!!!?」


 唐突に背後から声がしたせいで、ナディアがビクリと体を強張らせる。それを庇うようにオブライエンが間に入り、エラディオに向かってニッコリと微笑んだ。


「紳士が背後から淑女に突然話しかけるのは不躾ではございませんか?」

「…オブライエン殿、そんな警戒しないでくれ。ちょっと不名誉な事を言われたんでむきになっただけだ」


   不名誉とはひょっとして恋人が一人二人と言った事だろうか。
   それは一応悪い気がして、素直に謝る事にした。


「申し訳ありません、侮辱するつもりはなかったんです。ただ…」

「?」

「エラディオ様はとても魅力的な男性なので、その、女性が放っておかないのではないかと…、ですから私のような婚約者にも好いてもらえないような未熟な女と釣り合わないと思ったので」

「…へえ?」


 言いにくそうに伝えると、エラディオが口の端を持ち上げるように笑みを浮かべてこちらを見ていた。その意地悪そうな表情にナディアの顔が引き攣る。
 何か間違った事を言ってしまったのかと不安になっていると、隣に立っていたオブライエンがクックッと喉の奥で笑った。


「オ、オブライエンさん?」

「…っ、いえ、お嬢様…ククッ、失礼しました。その、今の言い方ですとお嬢様もザクセン王弟殿下に気があるように聞こえますよ」

「えっ」

「何だ、違うのか?」


 ナディアが素っ頓狂な声を出して驚くと、不服そうにエラディオが問いかける。どうにも困った状況に視線を泳がせた。するとその時、天の助けとばかりにもう一人、レイナードが現れた。


「エラディオ殿下、姉上を困らせないでくださいと先程お願いしたと思いますが?」

「いいじゃねぇか、レイナード。固い事言ってるとナディア嬢に逃げられるだろ」

「逃げられるのはご自分のせいですよ」

「言うねぇ」


 いつの間にかレイナードの事を名前で呼んでいる。さっき二人で話をした時に何かあったのだろうが、レイナードも冷たい物言いはそのままだが、エラディオに対する態度がどこか軟化している気がした。


「…二人共、いつの間に仲良くなったの?」

「仲良くないですよ。それよりも姉上、僕はオブライエンさんに用があるので、エラディオ殿下をよろしく」

「え!?え、どういう事?」

「ちゃんとコーレインさんもオルガもいるので不埒な事はされないでしょう。それではエラディオ殿下、御前失礼します」

「ああ、またな」


 ヒラヒラとエラディオが手を振り、レイナードもペコリと頭を下げる。そしてそのままオブライエンを連れて立ち去ってしまった。


「…」


 あっさりと、エラディオと二人にされてしまう。
 一応少し離れた場所にオルガとバルテルやエラディオの護衛もいるので、二人っきりと言う訳ではないのだが。


「…なあ、ナディア嬢」


 ふいにエラディオに声をかけられ、ナディアが振り返る。


「何でしょう?」

「…俺は遊び人じゃねぇぞ」

「え?」


 唐突にそんな事を言われてナディアが目を丸くする。どうして遊び人という言葉が出て来たのか分からず首を傾げると、エラディオが気まずそうに頬を掻いた。


「噂は噂だ。確かに身分もあるから女にモテたが、下手に手を出すと色々と面倒だろ。適当に遊ぶなんて事はしてねぇし、今後もするつもりはねぇよ」

「あの…」

「それに!今までは結婚するつもりもなかったんだ。だから…」

「あ、あの!」


 言い訳のような言葉を並べるエラディオを遮るようにナディアが声を上げる。エラディオもいきなり大きな声を出したナディアを不思議に思ったようで、ピタリと言葉を止めた。が、肝心のナディアは何も言わずにそわそわした様子で視線を彷徨わせている。
 そして、エラディオがナディアを観察するように眺めていると、ナディアが意を決したように顔を上げ、エラディオの事を真っすぐに見据えた。


「エラディオ様。お恥ずかしながら私は恋とか愛というものがよく分かりません。ジョバンニ殿下と結婚するつもりでしたので、他の殿方をそのような目で見た事もありませんでしたから」

「…ああ」

「でも、その、知りたいとは思ってます。…貴方の事も、もっと」

「…!」


 そしてフワリと微笑んだナディアはとても眩しくて。


「ですので、エラディオ様の事を教えてください。そうすれば、エラディオ様の事を好きになるかもしれないですし」

「ナディア嬢…」


 そう言ってナディアがエラディオに向けた微笑みに、エラディオが衝撃を受けた事をナディアが知る由もなく。


「と、言う事ですので。手始めにエラディオ様の趣味とか特技を教えてください。あ、それと好きな食べ物とか…女性にしてほしくない事や、今まで読んで気に入った本も」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いっぺんは無理だ!てゆーか俺もお前の事知りたい」

「では、ゆっくり行きましょう」

「…ああ」


 何だか調子が狂うとか何とか呟いているが、ナディアの耳には届いていないようだ。


「あ、そうですわ」


 ふとナディアが何かを思い出したように手をポンと叩く。そしてエラディオを見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「私、この後クエントとお仕事があるんです。ですのでエラディオ様、お話は晩餐の後でも構いませんか?」

「ああ、構わない」

「では後程」


 ニッコリと微笑み美しいお辞儀をし、ナディアはオルガを伴って屋敷の中へ消えていった。残されたエラディオにバルテルがそっと近づきプッと笑われる。


「…何だよ」

「いえ、非常に興味深い状態ですね」

「言いたいことをはっきり言えっての」

「いやぁ、エラディオが振り回されてるのが面白い」


 そう言うとさもおかしいとばかりにバルテルが笑い出す。それを冷めた目で眺めていたエラディオだったが、反論のしようもなかったので不貞腐れたように舌打ちをした。


「それで、本気なのか?」

「あん?」

「ナディア嬢だよ。紋章入りのブローチまでプレゼントして。冗談じゃ済まなくなったらどうするんだ?」


 ようやく笑い終えたバルテルがエラディオに問いかけるが、エラディオはいまいち反応が薄い。


「んー、別に冗談で渡した訳じゃねぇし」

「けどお前、エルシオン領に来るまではナディア嬢に求婚するとか言ってなかっただろ。現にレイナード殿にもめちゃくちゃ釘刺されてたじゃないか」


 さっきナディアを先に行かせた後、レイナードにエラディオはしっかりと釘を刺されていた。


「姉上を適当な理由で揶揄うようでしたら、サルトレッティ公爵家として全力で仕返ししますからね」


 と。
 仕返しの内容は聞かなかったが、数々の噂や功績を聞いている身としては、是非とも全力で回避したい案件だ。それなのにエラディオはそれを受けて立ったのだ。


「本当にナディア嬢に惚れちゃったのか?」

「…うるせぇ。俺もよく分からん」

「は?」

「ただ、目が離せない」

「それって…」


 完全に落ちてるじゃないか、とバルテルが呟いた。




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