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婚約破棄後の公爵令嬢
好きだとか信じられない
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エラディオから謎の告白をされた次の日、レイナードは約束通りバルテルと、何故かオブライエンも交えて訓練所で手合わせをする事になったそうだ。
それを聞かされたナディアだったが、今はエラディオと庭でお茶をしている。
少し離れた場所にオルガやその他の使用人が控えているので二人っきりではないが、やたら距離を詰めてくるエラディオにどう対応したものかと頭を悩ませていた。
「何で逃げるんだ?」
「逃げてません。適正距離に戻しているだけです」
「恋人だったらもっと近づくだろ」
「恋人になった覚えはありませんので」
正直この男の考えが全く読めない。大体自分に惚れるような場面があったとも思えないのだ。
そういう訳で疑わしい視線をエラディオに送りながら、オルガが入れてくれたお茶に手を伸ばす。そして何食わぬ顔をしてクッキーを口に入れているエラディオを観察していると、ふいにエラディオがナディアを見た。
「このクッキー、ナディア嬢が作ったのか?」
「え?いえ、違いますけど…」
「何だ、残念」
そう言ってお茶を飲むエラディオを不思議そうに眺める。
何でそんな事を聞くのかと思ったが、そう言えば以前失敗作のクッキーを略奪された事があったのを思い出した。
「私の作ったクッキーを食べたいなんて、物好きな御方ですわね」
ポソッと思わず呟くと、エラディオが目を丸くする。そしてクッと喉の奥で笑い、可笑しそうにナディアを眺めた。
「何でだよ?美味かったって言ったろ?」
「そんなの嘘です。あれは失敗作で…」
「俺は美味かったんだ。だからそれでいいじゃねぇか」
「…」
そう言って微笑むエラディオの表情が思いの外優し気で、ナディアは言葉を詰まらせた。
「そ、それよりもザクセン王弟殿下。昨日の…は、一体どういうつもりです?このブローチも頂けませんと申しましたのに…」
ナディアがそっとブローチの入った小箱を取り出す。昨日渡されたブローチだが、返そうとしても受け取ってくれないのだ。
「昨日言っただろ?ナディア嬢に惚れたからプレゼントしたんだよ」
「それも嘘です。そもそもザクセン王弟殿下に好かれるような事なんて何もなかったじゃないですか」
「そう言われてもなぁ」
「今もそうです。ザクセン王弟殿下の目は、好いた人を見る目ではないです」
「ん?」
エラディオがナディアを見る目に熱がないのは分かっていた。何故ならジョバンニや側近達がサブリナを見つめる目は、彼女を本当に好きだと語っていたから。近くで見ていたのだから見間違うはずもない。
「…あんな風に焦がれるように見つめたりしないもの。それは本当に好きではないからです」
「へえ?それを今俺に言うのか?」
不満そうにエラディオにぶつけると、エラディオの視線が剣呑な物に変わった。いや、敵意があるようなものではなく、獲物を狙う肉食獣のような視線だ。
急に雰囲気が変わったエラディオを見てナディアが警戒する。
自分は何かまずい事でも言ってしまったのかと、無表情を取り繕いながらも頭の中で思考を巡らせていた。
それなのに、エラディオはそんなナディアを待つ様子もなく距離を詰める。思わず椅子から立ち上がったナディアは、反射的に庭の中を走り出した。
「え、お嬢様!?」
突然逃げたナディアにオルガが慌てて追いかけようとする。が、それをエラディオが制止した。
「いい。俺が行く」
「え、ですが…」
「誰も来るな」
「…!」
エラディオの圧にオルガが黙り込む。不真面目そうに振舞っていても王族だ。本気で凄むと迫力がある。
ナディアを追ってエラディオが走り出した後、ペタリと座り込むオルガを慰めるように他の侍女や侍従達が声をかけた。
「さすがにザクセン王弟殿下に逆らうのは無理よ」
「そうそう、それに屋敷内の庭の中だし、危険もないさ」
「でも、さすがに二人っきりにはさせられないわ」
「それならレイナード様にお伝えしてきましょうよ」
「ああ、それがいい。僕が行ってこよう」
侍従の一人がそう言うと、兵士の訓練所に向かう。それを見てオルガが少しほっとし、ひとまず他の侍女達と一緒にお茶のテーブルを片付ける事にした。
※※※
一方逃げだしたナディアはと言うと。
庭の中を縦横無尽に走りまくり、温室の中で蹲っていた。
走ったせいか心臓がドキドキしている。
「もう…何なのよあの人…」
ようやく息が整っても心臓が治まらない。
顔も赤くなっているようで、両手でおさえた頬が熱い。
こんな風に自分が動揺するなんて、ジョバンニと婚約している時もなかったのに。
そう思うと何だか悔しくて、そしてこんな自分をエラディオに見られたくなかった。
それなのに。
「ナディア嬢」
ビクリと体が動揺する。
名前を呼ばれただけでこんな風になるなんて。
「走るの早ぇな。一瞬見失った」
「…そのまま見失ってくださって良かったのに」
「そういう訳にはいかねぇだろ。何しろナディア嬢直々に本気を出せって言われたんだからな」
「そんな事言ってな…!」
思わず声を上げて振り返ると、びっくりするほど近くにエラディオが立っていた。
蹲っていたナディアは思わず声が出なくなる。エラディオはナディアの目の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「最初は興味本位だな」
「…え?」
唐突に何を言い出すのか、ナディアがきょとんとする。その表情が可愛くてエラディオはにやけそうになるが、それを何とか抑え込む。
「ドルフィーニ国の王宮で見た報告書だ。アレを読んでナディア嬢に興味を持った」
「え、もしかして婚約破棄騒動のアレコレを書いてたアレですか?」
「ああ」
ニッと笑顔を向けられ、ナディアも段々と落ち着きを取り戻す。その様子を見逃さなかったエラディオは、ナディアの手を取り立ち上がった。
そしてそのまま手を引き、温室にあるベンチへとナディアを促す。
おずおずとベンチに座ったナディアを見て微笑むと、エラディオもその隣に腰を下ろした。
「正直あの場に居たかったってのが本音だ。男達に囲まれ、誰にも助けを求めずに立ち向かった姿を、報告書を読んだ後に記録用魔道具で見せてもらった」
「そんな風に言われる程の状況じゃなかったですわ。あの時は無様な思いをしたくなくて、必死に取り澄ましてましたから」
「だがそれでも、あの場にいてお前の隣に立って支えてやりたかったと思ったよ」
「な…」
カアッと顔が赤くなる。婚約破棄から今までそんな事を言われた事がなかったからだ。
さすがはナディア様だとか、立派だったとか。ブーメランが楽しかったとか。そう言った感想は散々言われた。
誰しもがナディアが傷付かず、ジョバンニ達を平然とやり返したと思っているのだ。
「お前は自分が傷付いている姿を誰にも見せなかった。それどころか、悲劇のヒロインにもなろうともしなかった。まるで悪役のように振舞い、ジョバンニ達に鉄槌を下した。そしてあっさりと王都から姿を消した」
「それは…婚約破棄なんてされた私に居場所はありませんから。それにあんな騒ぎを起こして平然と王都にいられませんし」
「それにしちゃあサルトレッティ領都では生き生きしていたよな」
「う…だってようやく色んなしがらみから解放されたんですよ?自分の領地なのだから伸び伸びしたいじゃないですか」
「はははっ、そりゃそうだな」
声を上げて笑うエラディオをナディアは不思議そうに眺める。
ジョバンニとは違って、王子様らしくない振る舞いのエラディオだったが、見た目は一級品だ。精悍な顔つきに逞しい身体は、世の女性を虜にするには十分だろう。
それなのに一体何故自分に声をかけてくるのか。自分のどこを好いたのか全く理解できない。
彼ほどの男なら絶世の美女を侍らす事もできるだろう。
「…正直ザクセン王弟殿下が私を好きになるような要素は全く思いつかないです。婚約破棄のアレコレもそうですけど、サルトレッティ領に来られた時も、随分と失礼な態度しか取りませんでしたし」
「…」
「学園にいた頃は殿下がフェリッリ男爵令嬢に懸想していたので、私に言い寄る男性がいたのは確かです。でもそれも、サルトレッティ公爵家の名前が目当てでしょうし」
「何だ、俺以外にも口説かれてたのか?」
「口説く…というよりも、婚約が白紙になったら自分との事を考えて欲しいとか、そういう感じでしたね。全てお断りしましたけど」
正直婚約が破棄されていないうちからそんな事を言ってくるような人は、こっちから願い下げだった。けれど周りにそうさせる程に、ジョバンニの態度は酷かった。
「ザクセン王弟殿下」
「エラディオだ。そろそろ名前で呼んでくれてもいいだろう?」
「…では、エラディオ様」
「何だ?」
ナディアが名前で呼ぶと、エラディオは嬉しそうに微笑む。その顔を見てナディアは不覚にもきゅんとしてしまったが、平静を装って質問した。
「私は魅力的ですか?」
じっとエラディオの目を見つめ、ナディアが答えを待つ。その視線にエラディオが思わずゴクリと唾を飲み込み、無意識にナディアの頬に手を伸ばした。
「ナディア嬢…」
そっと頬に触れるとほんのりと顔を赤くし、目を伏せる。その仕草にエラディオの理性がプツンと切れそうになったその時。
「何をしてるんですか?ザクセン王弟殿下」
恐ろしい程の冷気を放つ視線で睨みつけるレイナードと、その横で申し訳なさそうな顔をしているバルテル、そして苦笑を漏らすオブライエンが立っていた。
「レイナード、もうコーレイン様との手合わせは終わったの?」
「あ」
スッと逃げるように立ち上がり、レイナードに駆け寄るナディアをポカンとエラディオが眺める。それを可笑しそうに笑いを堪えて見ていたのは騎士団長のオブライエンだった。
バルテルは全くエラディオを見ようとしない。かなり気まずそうだ。
「オブライエンさんも、いつもレイナードの相手をしてくださってありがとうございます。三人ともお疲れでしょうし、よかったらお茶を用意させますわ」
「ありがとうございます、姉上。ですが僕はちょっとザクセン王弟殿下とお話がありますので、先に屋敷に戻ってください。オブライエンさん、姉上をお願いします」
「畏まりました。では行きましょうか」
「はい。あ、エラディオ様。あの…」
突然屋敷に戻る事になったが、話の途中だったのだ。ナディアは少し気まずそうにしながらも、エラディオに近付きそっと耳打ちした。
「また、後で」
ドクンとエラディオの心臓が音を立てる。
女性に慣れていない訳でもないのに、ナディアが囁いた方の耳がくすぐったくて、思わず手を伸ばして耳を押さえた。
そんなエラディオの様子に気付く事なくナディアはオブライエンと屋敷に戻ってしまい、残された三人はしばらく無言で気まずい空気の中立ち尽くしていた。
それを聞かされたナディアだったが、今はエラディオと庭でお茶をしている。
少し離れた場所にオルガやその他の使用人が控えているので二人っきりではないが、やたら距離を詰めてくるエラディオにどう対応したものかと頭を悩ませていた。
「何で逃げるんだ?」
「逃げてません。適正距離に戻しているだけです」
「恋人だったらもっと近づくだろ」
「恋人になった覚えはありませんので」
正直この男の考えが全く読めない。大体自分に惚れるような場面があったとも思えないのだ。
そういう訳で疑わしい視線をエラディオに送りながら、オルガが入れてくれたお茶に手を伸ばす。そして何食わぬ顔をしてクッキーを口に入れているエラディオを観察していると、ふいにエラディオがナディアを見た。
「このクッキー、ナディア嬢が作ったのか?」
「え?いえ、違いますけど…」
「何だ、残念」
そう言ってお茶を飲むエラディオを不思議そうに眺める。
何でそんな事を聞くのかと思ったが、そう言えば以前失敗作のクッキーを略奪された事があったのを思い出した。
「私の作ったクッキーを食べたいなんて、物好きな御方ですわね」
ポソッと思わず呟くと、エラディオが目を丸くする。そしてクッと喉の奥で笑い、可笑しそうにナディアを眺めた。
「何でだよ?美味かったって言ったろ?」
「そんなの嘘です。あれは失敗作で…」
「俺は美味かったんだ。だからそれでいいじゃねぇか」
「…」
そう言って微笑むエラディオの表情が思いの外優し気で、ナディアは言葉を詰まらせた。
「そ、それよりもザクセン王弟殿下。昨日の…は、一体どういうつもりです?このブローチも頂けませんと申しましたのに…」
ナディアがそっとブローチの入った小箱を取り出す。昨日渡されたブローチだが、返そうとしても受け取ってくれないのだ。
「昨日言っただろ?ナディア嬢に惚れたからプレゼントしたんだよ」
「それも嘘です。そもそもザクセン王弟殿下に好かれるような事なんて何もなかったじゃないですか」
「そう言われてもなぁ」
「今もそうです。ザクセン王弟殿下の目は、好いた人を見る目ではないです」
「ん?」
エラディオがナディアを見る目に熱がないのは分かっていた。何故ならジョバンニや側近達がサブリナを見つめる目は、彼女を本当に好きだと語っていたから。近くで見ていたのだから見間違うはずもない。
「…あんな風に焦がれるように見つめたりしないもの。それは本当に好きではないからです」
「へえ?それを今俺に言うのか?」
不満そうにエラディオにぶつけると、エラディオの視線が剣呑な物に変わった。いや、敵意があるようなものではなく、獲物を狙う肉食獣のような視線だ。
急に雰囲気が変わったエラディオを見てナディアが警戒する。
自分は何かまずい事でも言ってしまったのかと、無表情を取り繕いながらも頭の中で思考を巡らせていた。
それなのに、エラディオはそんなナディアを待つ様子もなく距離を詰める。思わず椅子から立ち上がったナディアは、反射的に庭の中を走り出した。
「え、お嬢様!?」
突然逃げたナディアにオルガが慌てて追いかけようとする。が、それをエラディオが制止した。
「いい。俺が行く」
「え、ですが…」
「誰も来るな」
「…!」
エラディオの圧にオルガが黙り込む。不真面目そうに振舞っていても王族だ。本気で凄むと迫力がある。
ナディアを追ってエラディオが走り出した後、ペタリと座り込むオルガを慰めるように他の侍女や侍従達が声をかけた。
「さすがにザクセン王弟殿下に逆らうのは無理よ」
「そうそう、それに屋敷内の庭の中だし、危険もないさ」
「でも、さすがに二人っきりにはさせられないわ」
「それならレイナード様にお伝えしてきましょうよ」
「ああ、それがいい。僕が行ってこよう」
侍従の一人がそう言うと、兵士の訓練所に向かう。それを見てオルガが少しほっとし、ひとまず他の侍女達と一緒にお茶のテーブルを片付ける事にした。
※※※
一方逃げだしたナディアはと言うと。
庭の中を縦横無尽に走りまくり、温室の中で蹲っていた。
走ったせいか心臓がドキドキしている。
「もう…何なのよあの人…」
ようやく息が整っても心臓が治まらない。
顔も赤くなっているようで、両手でおさえた頬が熱い。
こんな風に自分が動揺するなんて、ジョバンニと婚約している時もなかったのに。
そう思うと何だか悔しくて、そしてこんな自分をエラディオに見られたくなかった。
それなのに。
「ナディア嬢」
ビクリと体が動揺する。
名前を呼ばれただけでこんな風になるなんて。
「走るの早ぇな。一瞬見失った」
「…そのまま見失ってくださって良かったのに」
「そういう訳にはいかねぇだろ。何しろナディア嬢直々に本気を出せって言われたんだからな」
「そんな事言ってな…!」
思わず声を上げて振り返ると、びっくりするほど近くにエラディオが立っていた。
蹲っていたナディアは思わず声が出なくなる。エラディオはナディアの目の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「最初は興味本位だな」
「…え?」
唐突に何を言い出すのか、ナディアがきょとんとする。その表情が可愛くてエラディオはにやけそうになるが、それを何とか抑え込む。
「ドルフィーニ国の王宮で見た報告書だ。アレを読んでナディア嬢に興味を持った」
「え、もしかして婚約破棄騒動のアレコレを書いてたアレですか?」
「ああ」
ニッと笑顔を向けられ、ナディアも段々と落ち着きを取り戻す。その様子を見逃さなかったエラディオは、ナディアの手を取り立ち上がった。
そしてそのまま手を引き、温室にあるベンチへとナディアを促す。
おずおずとベンチに座ったナディアを見て微笑むと、エラディオもその隣に腰を下ろした。
「正直あの場に居たかったってのが本音だ。男達に囲まれ、誰にも助けを求めずに立ち向かった姿を、報告書を読んだ後に記録用魔道具で見せてもらった」
「そんな風に言われる程の状況じゃなかったですわ。あの時は無様な思いをしたくなくて、必死に取り澄ましてましたから」
「だがそれでも、あの場にいてお前の隣に立って支えてやりたかったと思ったよ」
「な…」
カアッと顔が赤くなる。婚約破棄から今までそんな事を言われた事がなかったからだ。
さすがはナディア様だとか、立派だったとか。ブーメランが楽しかったとか。そう言った感想は散々言われた。
誰しもがナディアが傷付かず、ジョバンニ達を平然とやり返したと思っているのだ。
「お前は自分が傷付いている姿を誰にも見せなかった。それどころか、悲劇のヒロインにもなろうともしなかった。まるで悪役のように振舞い、ジョバンニ達に鉄槌を下した。そしてあっさりと王都から姿を消した」
「それは…婚約破棄なんてされた私に居場所はありませんから。それにあんな騒ぎを起こして平然と王都にいられませんし」
「それにしちゃあサルトレッティ領都では生き生きしていたよな」
「う…だってようやく色んなしがらみから解放されたんですよ?自分の領地なのだから伸び伸びしたいじゃないですか」
「はははっ、そりゃそうだな」
声を上げて笑うエラディオをナディアは不思議そうに眺める。
ジョバンニとは違って、王子様らしくない振る舞いのエラディオだったが、見た目は一級品だ。精悍な顔つきに逞しい身体は、世の女性を虜にするには十分だろう。
それなのに一体何故自分に声をかけてくるのか。自分のどこを好いたのか全く理解できない。
彼ほどの男なら絶世の美女を侍らす事もできるだろう。
「…正直ザクセン王弟殿下が私を好きになるような要素は全く思いつかないです。婚約破棄のアレコレもそうですけど、サルトレッティ領に来られた時も、随分と失礼な態度しか取りませんでしたし」
「…」
「学園にいた頃は殿下がフェリッリ男爵令嬢に懸想していたので、私に言い寄る男性がいたのは確かです。でもそれも、サルトレッティ公爵家の名前が目当てでしょうし」
「何だ、俺以外にも口説かれてたのか?」
「口説く…というよりも、婚約が白紙になったら自分との事を考えて欲しいとか、そういう感じでしたね。全てお断りしましたけど」
正直婚約が破棄されていないうちからそんな事を言ってくるような人は、こっちから願い下げだった。けれど周りにそうさせる程に、ジョバンニの態度は酷かった。
「ザクセン王弟殿下」
「エラディオだ。そろそろ名前で呼んでくれてもいいだろう?」
「…では、エラディオ様」
「何だ?」
ナディアが名前で呼ぶと、エラディオは嬉しそうに微笑む。その顔を見てナディアは不覚にもきゅんとしてしまったが、平静を装って質問した。
「私は魅力的ですか?」
じっとエラディオの目を見つめ、ナディアが答えを待つ。その視線にエラディオが思わずゴクリと唾を飲み込み、無意識にナディアの頬に手を伸ばした。
「ナディア嬢…」
そっと頬に触れるとほんのりと顔を赤くし、目を伏せる。その仕草にエラディオの理性がプツンと切れそうになったその時。
「何をしてるんですか?ザクセン王弟殿下」
恐ろしい程の冷気を放つ視線で睨みつけるレイナードと、その横で申し訳なさそうな顔をしているバルテル、そして苦笑を漏らすオブライエンが立っていた。
「レイナード、もうコーレイン様との手合わせは終わったの?」
「あ」
スッと逃げるように立ち上がり、レイナードに駆け寄るナディアをポカンとエラディオが眺める。それを可笑しそうに笑いを堪えて見ていたのは騎士団長のオブライエンだった。
バルテルは全くエラディオを見ようとしない。かなり気まずそうだ。
「オブライエンさんも、いつもレイナードの相手をしてくださってありがとうございます。三人ともお疲れでしょうし、よかったらお茶を用意させますわ」
「ありがとうございます、姉上。ですが僕はちょっとザクセン王弟殿下とお話がありますので、先に屋敷に戻ってください。オブライエンさん、姉上をお願いします」
「畏まりました。では行きましょうか」
「はい。あ、エラディオ様。あの…」
突然屋敷に戻る事になったが、話の途中だったのだ。ナディアは少し気まずそうにしながらも、エラディオに近付きそっと耳打ちした。
「また、後で」
ドクンとエラディオの心臓が音を立てる。
女性に慣れていない訳でもないのに、ナディアが囁いた方の耳がくすぐったくて、思わず手を伸ばして耳を押さえた。
そんなエラディオの様子に気付く事なくナディアはオブライエンと屋敷に戻ってしまい、残された三人はしばらく無言で気まずい空気の中立ち尽くしていた。
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