【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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婚約破棄後の公爵令嬢

信じさせてください

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 晩餐の後、エラディオはナディアと共にテラスに出ていた。
 すっかり暗くなった空を仰ぎながら、ナディアは手すりに手をつき星空を眺めている。


「田舎ってやっぱり夜空が綺麗ですよね」

「そうだな」

「それに夜が静かなんです。王都では夜も賑やかでしょう?それもいいと思うんですが、やはり静かな夜も好きなんです」

「そうか」


 エラディオが相槌を打つと、ナディアがエラディオに振り返る。そしてフフッと笑って再び空を見上げた。


「何だか不思議な気分です。今まで6年間ずっと殿下の婚約者として過ごして来ましたけど、思えば楽しい事なんて一つもなかったので」

「ジョバンニは最初の頃から優しくなかったのか?」

「そうですねぇ、いつも不機嫌そうな顔をしていた事しか覚えていないですわ。あ、でも」

「?」

「初めて顔合わせした時だけ、綺麗な薔薇の花を一輪くださいました。それで、『私と婚約してください』と仰って…ちょっとだけときめいたんですよ」


 内緒ですけどね、とナディアが付け足す。
 言われなくてもそんな話誰にもする気はない。だが、ジョバンニとの思い出はそれ程いいものではなかったようで、エラディオは少し安心した。


「ナディア嬢は薔薇が好きなのか?」

「え?そうですわね…好きかと聞かれたら好きですが、一番好きと言う訳でもないです」

「じゃあ一番好きな花はなんだ?」

「チューリップですね」


 意外な回答にエラディオが目を丸くする。その反応に慣れているのか、ナディアも苦笑を漏らした。


「似合わないと思ってらっしゃるのでしょう?よく言われますわ」

「いや、好きな花が似合うとか似合わないとか関係ねぇだろ。それよりも思ってたより可愛らしい花が好きなんだなと思っただけだ」

「可愛いものは全般的に好きですわね。花もそうですし、実はぬいぐるみも好きです」


 完璧な淑女と言ってもおかしくないナディアが実は可愛い物好きとか、それはそれでギャップがあっていい。エラディオがそんな事を考えていると、ふいにナディアに質問された。


「エラディオ様はどういった物がお好きなんですか?」

「え、俺?」

「はい。貴方の事を知りたいと言いましたよね?沢山教えてください」

「…!」


 フワリと微笑まれ、迂闊にも言葉を詰まらせる。こういう無防備な笑顔は反則だろう。そうは思うがここはナディアの家なのだから、無防備になってもおかしくはない。
 動揺しているのを隠すように小さく咳ばらいをし、エラディオがナディアを見つめた。


「俺が好きなのはナディア嬢だな」

「なっ…」


 ニヤリと笑って告げると、瞬間ナディアが真っ赤になり絶句する。そして少しムッとしたように表情を歪ませ、フイっとそっぽを向いた。


「そ、そんな事を聞いているのではありません。趣味とか、そういった事です!」

「嘘じゃねぇんだが、趣味ねぇ…」

「ないのでしたら得意な事とかでも構いませんわよ」

「それなら旅行だな。旅は好きだぜ」

「いいですね!」

「それと、得意とまではいかねぇが、色々と物を作るのは好きだな」

「物づくり…ですか?」


 きょとんとした顔でエラディオを見る。その表情がこれまた可愛くてエラディオが悶絶しそうになるが、そこはしっかりと抑え込む。王族だけあって表情を取り繕うのは慣れているが、今日ばかりはその特技に感謝した。


「ああ。色んな国を放浪したが、そこで興味を引く物は全部試したんだよ。それこそ鍛冶屋に弟子入りしたり、パン屋に弟子入りしたりな」

「まあ…!それはすごいですわ!」

「宝石細工や金細工も習ったが、唯一無理だと思ったのは裁縫だな」

「裁縫?本当に色んな事を経験されたんですね」


 すごいと褒めちぎるナディアはお世辞を言ってる様子はない。本心で凄いと思っているようで、エラディオも少し気分が良かった。
 正直王族であるのに色んな事に手を出しているのは褒められた事ではなく、それこそバルテルや他の従者によく怒られたりもしたのだ。
 けれどそうやって街の人々とふれあい、時には情報収集をしたりして過ごしていた日々は間違いなくいい経験として蓄積されている。
 勿論王族として王弟としての責務もこなし、無責任な事は一切しなかった。が、表舞台に立つ事はないと宣言し、徹底して裏方に回る事も忘れずに。


「…俺は継承権を放棄している。だが、ザクセン国の事は大切に思ってる」

「…分かります」

「そうか?」

「ええ。エラディオ様は責任感の強いお方だと、そう聞いておりましたもの。それに軽口を叩かれてますが、いつもお優しいですし。私の事も本当は婚約破棄をされた可哀そうな令嬢だから、それでお相手してくださってるんですよね?」

「それは違うぞ」


 ナディアが見当違いな事を言い出したので、エラディオはナディアに向き直り真剣な表情で告げる。が、ナディアは困ったように微笑んで首を横に振った。


「違いませんわ。だって昼間の話だけでは説明がつきませんもの。やはりエラディオ様のようなお方が私を好きになるなんて有り得ませんから」

「何でそう思う?」

「当然の事だからですわ。そもそもジョバンニ殿下に捨てられた女なんて、誰が拾いたいと思います?」

「俺は拾いたいね。それにさっきから他人行儀な喋り方だが、もう昼間のように気軽に喋ってくれないのか?」

「あ、あれはちょっと気を緩めてたので…」

「俺の前ではありのままでいて欲しい」


 真剣な顔で告げられ、ナディアが動揺して目を泳がせる。
 今までこんな風に言われた事等なかったのだから仕方がないのだが、ナディアにすればエラディオがこんなに自分に執着する理由がわからないのだ。


「どうしてこんなに私に構うのですか?」

「そりゃ惚れてるからな」

「信じられません」

「そう言われてもなぁ。信じろ、としか言いようがねぇよ」


 頭をポリポリとかきながらエラディオが困ったように表情を歪ませる。その顔を見てナディアの胸がツキンと痛み、罪悪感が沸いてくる。


「俺はお前が気に入った。ジョバンニに対して怯まない凛とした態度も、クッキーを初めて作ってちょっと失敗する所も、可愛い物が好きだと微笑む表情も、全部好きだ」

「…!」

「俺を信じろ」

「そ…そんな事言われても…」


 信じると言っても、自分はエラディオの事を好きだと言う訳ではないのだ。確かに少しは好ましいと思ってはいるが、それが恋かと問われれば分からない。


「…では、信じさせてください」

「え?」

「エラディオ様の言葉を疑う余地もないくらい、私を信じさせてください」

「ナディア嬢…、ああ、わかった」


 信じさせてやろう。
 そうしてゆっくりと見えない鎖で縛り付けて、自分から離れられなくしてやる。
 エラディオは口にはしないがそんな物騒な事を考え、そして自嘲気味に笑った。


「はぁ…、まさか自分が女にこんな必死になる日が来るなんてなぁ…」

「それ、私の前で言います?」

「別にお前に隠す事でもないだろ」

「隠さなさすぎも困ります…」

「意識してくれるのなら何だってやるさ」


 そう言って徐にナディアの手を取り、ぐっと引っ張って腰に手を回す。
 まるで今からダンスでも踊るかのような距離にナディアが目を丸くしていると、エラディオがフッと優しく微笑んだ。


「好きだ」


 そう短く呟き、ナディアの頬に口づけを落とす。
 そして名残惜しそうに一瞬だけナディアを抱きしめ、すぐにナディアを開放した。


「なっ…何を…」


 口づけされた頬を手で押さえ、ナディアは真っ赤になって震えている。
 婚約者がいたはずなのにこの程度の触れ合いさえなかったのか、ナディアの反応は実に初心だ。
 それが嬉しく思う自分がいるのも確かで、エラディオは思わずにやけそうになる顔を必死でおさえる。
 そしてナディアの頬をスルリとひと撫でし、妖艶に微笑んで顔を近づけた。


「その顔、可愛いぜ」

「…!?」


 耳元で囁かれ、ナディアが今度は耳を押さえて仰け反る。すると満足気な顔をしたエラディオは、「おやすみ」とだけ言って一人で部屋に戻っていった。

 残されたナディアはずるずるとその場に座り込む。


「…もうっ、本当に最悪…!」


 エラディオに振り回されている自覚があるから余計に恥ずかしい。
 火照る顔を両手で煽ぎながら、ナディアはしばらくその場から動けなかった。






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