【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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公爵令嬢の婚約事情

旅立ち

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 リシュアとの舌戦を繰り広げていたナディアだったが、まさかもうエラディオが現れると思っていなかった為に少しバツが悪そうな顔をしている。


「…一体いつからそこにいらっしゃったのです?」

「うーん、そうだなぁ…」


 わざとらしく考えるふりをしながらチラリとエラディオがリシュアを見る。
 リシュアはハッと気づいたようにエラディオを見つめ、そして頬を染めてエラディオに近付こうとした。


「エラディオ様!お会いしたかったですわ…!」

「おっと、これ以上近付かないでください、ゴメス公爵令嬢」

「コーレイン様…!何をなさるんです!」


 エラディオに抱き着こうとしたリシュアを寸前で遮ったバルテルを、リシュアは憎々し気に睨みつける。その視線を全く気にする事なく、バルテルはナディアに微笑みかけた。


「ナディア様、出発の用意が整いました。さあ、殿下も」

「ああ、ご苦労だった。ナディア、行くぞ」

「はい」

「お、お待ちください!」


 その場を立ち去ろうとするエラディオに縋るようにリシュアが声をかける。が、振り返ったエラディオの冷めた視線を受け、リシュアがその場に立ち尽くした。


「ゴメス公爵令嬢、俺はアンタと婚約関係になった事は一度もねぇよ。嘘を振りまくのはやめてくれ」

「で、ですがわたくしは…!」

「迷惑だ」

「…!」


 絶望したように目を見開き、リシュアが口をパクパクとさせる。一方エラディオは無表情でリシュアを見下ろしていた。
 そんな二人を複雑な思いでナディアが眺めていたが、バルテルがナディアに向かって苦笑しながらも首を横に振った。
 今二人の間に口を挟む気はない。そんな事をしても何にもならない事くらい分かっている。
 だが、思惑はどうあれリシュアはそれなりにエラディオを好いていたのだろう。彼女の、エラディオを見つめる目がそう語っている。
 もしもエラディオが自分に対してあんな風に冷たい視線を向けたら。
 そう考えただけで心臓が冷える思いだった。


「ゴメス公爵令嬢。いい加減親に甘えて我儘を言うのをやめろよ。もう大人として独り立ちしてもおかしくない年齢なんだ。俺の事もこの国の人間なら分かっているはずだろ」

「…で、ですが…そちらの方と婚約すると…」

「仕方ねぇだろ。兄上の為に生涯独り身でいると決めていたが…」


 そこまで言いかけてチラリとナディアを見る。急にこちらを振り返ったエラディオにナディアが不思議そうに首を傾げると、エラディオの表情が一瞬フッと柔らかくなった。
 そして改めてリシュアに向き合う。


「手に入れたいと心から思う相手に出会っちまったんだ。ナディアを諦めるくらいなら、俺はザクセンを捨ててもかまわねぇ」

「…!」

「え」


 エラディオの言葉にリシュアは息を飲み、悔しそうに唇を噛みしめる。半面ナディアは間抜けな声を出してしまい、思わず両手で口元を覆った。


「…そこまで、サルトレッティ公爵令嬢を想われていらっしゃるんですね」

「ああ、そうだ」


 あっさりと肯定され、リシュアが下を向く。ぎゅうっと両手でドレスを握っていたようで、スカートに皺が寄っていた。
 そんなリシュアを一瞥したエラディオは、クルリと振り返りナディアに腕を差し出す。


「行くぜ」

「…はい」


 そっと腕に手を添えて返事をすると、エラディオが嬉しそうに微笑んだ。
 立ち去り際にバルテルとオブライエン、それにチャドがリシュアにお辞儀をする。だがそれもずっと下を向いていたリシュアには気付く様子もなく、後ろに控えていた侍女や護衛達が慌ててお辞儀を返していた。

 そうこうしながらも城門まで行くとそこには豪華な馬車が用意されいていた。
 馬車の隣にはオルガがこちらに向かって手を振りながら立っていて、護衛騎士達も出立の準備が完了しているようだった。


「これに乗るのですか?」

「ああ、乗り心地は保証するぜ」

「あの、オルガは…」

「さすがにこの馬車には乗せられねぇからな。後数台馬車が付いて来るから、そっちに乗ってもらう」


 王族のみが乗れる馬車らしく、装飾も豪華だ。ナディアは自分は王族ではないと進言したかったが、国王が「用意する」と言って準備した馬車に乗らない訳にもいかず、おずおずとエラディオの手を取って乗り込んだ。


「わあ…」


 座るとその違いが一目瞭然だ。
 フカフカのクッションに、足元の絨毯もフカフカだ。全部、フカフカ仕様。
 内装も凝っていて、そして異様に広い。どのくらい広いかと言うと、この中で眠れるくらいに広い。


「気に入ったか?」

「はい、ですが何だか申し訳ないですね…」

「気にする必要はねぇよ。忘れてるかもしれねぇが、俺も王族だからな」

「ウフフフ、忘れてませんよ。では遠慮なく堪能させていただくことにしますわ」

「そうしてくれ」


 向かい合って座ると馬車が進みだす。窓から外を見ると、馬車を囲うように騎士達が馬で追随していた。
 その中にオブライエンとチャドの姿もあった。


「…随分とスピードを出しているように思えますが」

「ああ。急いでるからな」


 スピード感はあるが、体に負担は全く感じない辺りがさすが王族使用の馬車だ。だが追随している騎士達や、後ろから付いてきている馬車は大変だろう。


「気にしなくてもいいさ。騎士達は慣れてるし、後ろの馬車もこの馬車程じゃねぇがを用意している。お前の侍女もそれ程負担にならねぇはずだ」

「それなら…ですがどうして急いでいるのですか?」

「そりゃお前、他国の王族達がお前に求婚してるんだ。ちゃんと誰がナディアの相手なのか分からせに行かねぇとな」

「まあ」


 ナディアが呆れたように声を上げると、エラディオがニヤリと不敵に微笑んだ。


「それよりもいいのかよ?この馬車、中で何をしてても外には漏れねぇんだぜ。俺と二人っきりで数日間過ごすんだが」

「ウフフ、何も心配しておりませんわ。だってエラディオ様は紳士でしょう?無体な事はしないと信じております」

「それは約束できねぇな」

「約束はしなくても大丈夫ですよ。それに」


 からかうように告げるエラディオに、ナディアは妖艶に微笑む。その表情にエラディオが驚いて小さく目を瞠ると、ナディアは扇子で口元を隠して少しだけ目を伏せた。


「エラディオ様になら、何をされても構いません」

「な」


 いきなりのとんでもない発言にエラディオの目が今度こそ見開かれる。ナディアはフイっとそっぽを向いたままこちらを見ようとしない。
 けれど、その頬がほんのり色付いている事は隠しきれず、照れているのだとエラディオにも分かる。

 思わずゴクリと喉を鳴らし、エラディオは落ち着けるように小さく息を吐いた。


「…そういう事言ってると、馬車の中でお前に襲いかかっちまいそうだ」

「エラディオ様のいいようになさってください。ですが…」


 視線を逸らしていたナディアがエラディオにしっかりと向き直る。そしてニッコリとエラディオに向かって微笑んだ。


正式に婚約が成立しておりませんので、そこの所は念頭に置いてくださると助かりますわ」


 ニンマリと悪戯が成功した子供のような顔を見せられ、エラディオの体から力が抜ける。


「…お前…、本っ当に…」


 今度こそはあーっと大きく溜息をついてエラディオが頭を抱える。そしてガシガシと乱暴に自身の頭をかき、不貞腐れたように肘をついて顎に手を当てた。


「…可愛くねぇ」

「フフフ、それはありがとうございます」

「今のは褒めてねぇぞ」

「知ってますわ。でも、意地悪を言うエラディオ様が悪いんですよ。やられたらやり返すのが信条ですので」


 知ってますよね?と視線で問う。それにはエラディオも苦笑を漏らした。


「あーはいはい、俺が悪かったって。だが本当に数日間密室で二人っきりだ。俺も魔が差すかもしれねぇぞ?」

「その時はその時ですわ」

「全く、ちょっとは動揺してくれ」

「弱みは見せない主義ですもの」


 少しぐらい弱みを見せて欲しいと思ったエラディオだったが、それは今言う事でもないと飲み込む。
 そして何より、目の前で楽しそうにしているナディアを見ていると、些細な事はどうでもよくなった。


「…じゃあ、ドルフィーニ国に着くまでおさらいしておくか」

「おさらいですか?」


 突然妙な事を言い出すエラディオにナディアが首を傾げる。


「お前に求婚していると言う、サーシス国の第一王子とコルト国の大公殿下についてだ」


 そう言って真面目な顔をしたエラディオに、ちょっとだけ笑いそうになったのは秘密にしようとナディアは思ったのだった。


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