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公爵令嬢の婚約事情

女性を甘く見ると痛い目を見る5

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 ナディアが楽しそうにマティアスに告げる。
 扇子で口元を隠してはいるが、隣に立っているエラディオにすれば笑いそうなのをこらえて居るのが良くわかる。
 ナディアはこの状況をとても楽しんでいるようだ。

 だが一方でナディアにとんでもない事を言われたマティアスは、顔色を悪くしてナディアを見つめていた。


「私の記憶違いでなければ、カイラモ大公殿下は私に求婚されていたと思いましたけど…、そのご様子でしたら私の勘違いでしたのね。大変お恥ずかしい限りですわ」

「え、いや、ちが…」

「ああ、ひょっとして本当はキャンディス様の事を愛しておられるのに、素直になれずにこのような事をされたのですか?」

「は…?そ、それはどういう…」

「うふふふ、今更恥ずかしがらなくてもよろしいのでは?キャンディス様のお気持ちを確かめる為に、他の令嬢に求婚する素振りをして嫉妬させようと思われたのでしょう?私を選んだのも計画的だったのでは?」


 呆然とするマティアスに楽しそうに語り掛けるナディアは、チラリとキャンディスに視線を向け、そして目を細めて微笑んだ。
 その笑みを受けたキャンディスも扇子で口元を隠し、意味深な笑みを浮かべる。
 そんな二人のやり取りに気付かないマティアスは、絶望したような顔でナディアを見つめた。


「そんな事はありません!私は本当に貴女の事を…」

「そう言って口説いても絶対に落ちない女性をお探しだったのでしょう?私はそもそもドルフィーニ国の第一王子の元婚約者で、一方的に婚約破棄を告げられた傷物令嬢ですもの。男性に不信感を持っていて、簡単に心を許さないとでも思われたのですよね?それに今私は…」


 そう言いながらナディアはスッとエラディオの腕に自身の手を添える。
 ずっと黙って見ていたエラディオも、ナディアの意図を理解したらしく、ニヤリと笑みを浮かべてナディアを引き寄せた。


「私にはエディ様がいますもの。ですから他の男性の求婚を受けるはずもございませんわ」

「それは光栄だな。相手が王族でもか?」

「まあ、エディ様も王族ではありませんか。それに、私はエディ様が王族だから婚約したのではありませんので」

「身分を捨ててもいいってのか?」

「勿論です。どこまでもついて行きますわ」


 そう言って見つめ合って微笑みあう。誰が見ても相思相愛の恋人だ。
 ナディアにここまで言われてしまっては、マティアスも「違う」とはとても言い出せない。
 マティアスとてコルト国の王弟なのだ。このままみっともなくナディアに縋る事はプライドが許さないだろう。
 となれば、出来ることは目の前の元恋人を取り戻す事くらいだ。
 幸いにもナディアがそう発言しても問題ないようにお膳立てしてくれたのだ。ならばそれに乗っからない手はない。


「…そこまでナディア嬢に見抜かれていたとは、お恥ずかしい限りです」


 マティアスは苦笑を浮かべながらも態度を急変させた。
 その変わり身の早さには感心さえしてしまうが、彼も王族なのだ。足元をすくわれるような事をする訳にもいかない。
 今はドルフィーニ国の建国祭の記念パーティーなのだ。
 そこで騒ぎを起こしてしまったのは自分の失態であり、それを治めるにはナディアの案に乗っかるしかない。

 急に態度を変えたマティアスにガブリエルは表情を険しくする。
 その反面、キャンディスは凪いだように静かな表情でマティアスを見つめていた。


「ご指摘の通り、私とキャンディは長年恋人関係にありました。ですがお互いに割り切った関係と思い、今まで過ごしていましたので、自分の気持ちには蓋をしていたのです」

「まあ、そうでしたの」


 どうやらマティアスはキャンディスへの秘めた想いを隠し続けた事にするようだ。
 少し面白いのでナディアもその演技に乗ってみる事にしたらしい。ちょっと口元が笑っているが、そこはエラディオも見なかった事にする。


「私が彼女と一緒にいると、彼女の縁談にも響く。最初の頃は良かったが、お互いに適齢期が過ぎてしまい…私が側にいる事で彼女を不幸にしてしまうのではと思い、身を引く決心をしたのです」

「そのような事情があったのですね」


 実際にはどんな風に彼女を捨てたのかナディアは知っているし、それをさっきマティアスに伝えたのだが、ここはマティアスの芝居に乗る事にしたのであえて話を合わせる。
 すると面白い程にマティアスは演技を続けた。


「ええ。彼女をあきらめる為にナディア嬢を利用したような事になり、大変申し訳ありませんでした」

「頭を上げてくださいまし。王族の方がこのような人目のある場所で頭を下げる等いけませんわ」

「では私を許してくださるのですか?」

「ええ、勿論です」


 縋るような視線でナディアを見たマティアスは、ナディアが優しく微笑んでいるのを見て内心ホッとする。
 本当にナディアとの婚姻を望んではいたが、ここ数日エラディオと一緒にいるナディアを見ていると、正直望みはないような気がしていた。
 それならば今ここでキャンディスを再び手に入れれば、美談に仕立て上げることもできるだろう。
 そう考えたマティアスは内心ほくそ笑んでいた。

 だが。

 それを許さないとばかりにガブリエルがマティアスの前に出た。


「お前の勝手な行動にキャンディスを振り回す事は俺が許さない」


 そう言って鋭い視線をマティアスに向ける。
 マティアスもユルリと視線をガブリエルに向け、さっきまでナディアに向けていた甘い微笑みは嘘のように、鋭く冷たい視線を返した。


「ガブリエル、お前の許可は必要ない。これは私とキャンディの問題だ」

「彼女を愛称で呼ぶな」

「それもお前が決める事じゃないさ」


 フンと鼻で笑い飛ばし、マティアスが言い捨てる。
 何というか今まで見てきたマティアスとは全く違い、好感の持てる大人の男性のイメージが崩れ落ちる。
 それが可笑しかったのか、エラディオはプルプルと震えながら笑いをこらえて居る。
 それに気付いているのはエラディオとくっついて立っているナディアだけだったが、ナディアもちょっと震えていたのでお互い様だろう。


「エディ様、面白くなってきましたわね」

「ナディ、お前って本当にいい性格してるよな」

「あら、そんな事知ってたでしょう?」

「まあな。だからこそお前といると退屈しねぇよ」


 周囲に聞こえない程度に二人が会話する。
 顔を寄せ合って話しているので、周りから見れば仲睦まじいカップルにしか見えないだろう。

 するとそこへ空気の読まない男、ジョバンニがローデウェイクと一緒にやって来た。


「カイラモ大公殿下、コルト国王がお呼びで……ん?ああ、君は確かコルト国のモンセン伯爵家のご令嬢だな。と言う事は隣はコルト国の第三騎士団長のブラスタ侯爵か!」

「はい、ガブリエル・ホセ・ブラスタと申します。ドルフィーニ国第一王子殿下」

「キャンディス・D・モンセンと申します、王子殿下」

「いや、史上最年少で騎士団長になられたブラスタ侯爵にお会いできるとは光栄だ。モンセン伯爵令嬢も、コルト国の社交界の薔薇と呼ばれるにふさわしい美女だな。二人並ぶと何ともお似合いだ」

「「ありがとうございます、殿下」」


 まさかのジョバンニからのべた褒めに、ナディアはポカンとしてしまう。が、なかなかのファインプレーだ。
 チラリとマティアスを覗き見ると、悔しそうに表情を歪めている。
 ジョバンニの隣に立っているローデウェイクに視線を向けると、ナディアに意味深な笑みを向けながら、パチリとウインクをしてみせた。


「まさか…」

「ああ、ジョバンニは仕込みだな」


 ナディアの疑問に答えるようにエラディオが呟く。
 何となくゆっくりと視線を国王達の方へ向けると、両国の王妃陛下がニヤリと意地悪な笑みを浮かべてこちらの様子を伺っていた。


「メルセデス王妃陛下とリンダナ王妃陛下の差し金ですわね…」

「ま、ジョバンニの様子からして詳しい事は聞かされていないだろうよ。だが、あいつも馬鹿じゃねぇからな。あのくらいの演技はできて当然だ」

「本当に、なんでサブリナさんに騙されたのかしら。それまでは普通に優秀な王子でしたのに」

「ナディのジョバンニへの評価がそんなに悪くないのは意外だな」

「それはまあ、長らく婚約関係にありましたから」

「…何か面白くねぇ」


 拗ねるように呟くエラディオにナディアが目を丸くする。
 そんな子供のような反応をされると思っていなかったからか、ナディアの反応が一瞬遅れた。
 それにエラディオがさらに機嫌を悪くする。


「おい、本当はジョバンニが好きだったとかねぇよな」

「あ、あるわけないでしょ!…あ、えと、そんな訳ありませんわよ」

「クククッ、今更取り繕うなって。そうでなくてもここ最近のナディは公爵令嬢っぽくてつまらねぇのに」

「…ぽいもなにも公爵令嬢ですわ。それにこんな公の場で素なんて出せません」


 プイっとそっぽを向くと、今度は楽しそうにエラディオがナディアの腰を引き寄せ、耳元で囁く。


「俺の前では取り繕うな。どんなナディでも俺は好きだぜ」

「…!」


 ブワッとナディアの顔が赤くなる。
 慌てて扇子で顔を隠し、上目遣いにエラディオを睨みつけた。


「そ、そういう事は今言わないでくださいませ!」


 今は大事な場面なんですから、と付け足し、ナディアは視線をそらした。
 そういう仕草や態度がエラディオを煽ると言う事に何故気付けないのかと、エラディオが悶絶しそうになる。
 が、さすがにこの場ではまずい。というか自分達がイチャつく場面ではない。
 ローデウェイクから「何やってんだ」的なあきれた視線を向けられていた事に気付き、エラディオも肩をすくめてごまかした。


 さあ、場面はクライマックスだ。




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