16 / 24
第1章 始まりの街『グリィト』
閑話2 蠢き出す影
しおりを挟む
空が黒く染まり、月明かりが仄かに街を照らす時刻。
グリィトの街の外、森の深くに位置するとある洞窟に一人の中年の男が踏み入った。
この洞窟は場所を知っている者でなければ辿り着けないだろう。そう思わせるほどに周囲は草木で生い茂っており、森の一部と化している。
真っ暗なその洞窟の中へ入った男は、マジックバッグからオレンジ色に光るランプを持って歩み出す。洞窟の奥には、隠された地下への階段があった。
その階段を降りていく。コツ、コツ、と靴音を響かせると、鉄製の重厚な扉がある。
その扉をギィィ……、と軋む音を鳴らしながら開いた。
「――時間通りの到着だな、『依頼人』さん」
明るい照明のもと――下卑た笑みと共に、大きな図体の男が待ち構える。顔や体に走らせた歪な刺青が常人ではないことを物語っていた。高級なソファにドッカリと腰を下ろし、見下すように『来客者』を眺める。
部屋の周囲には仲間の男たちも十人ほどたむろしていた。
ピリついた、物騒な空気が漂っている。
人目を忍び、夜闇に紛れてこの洞窟まで訪れた男は、ランプを消して扉を閉める。
「……裏のルートからすでに連絡はいっていると思うが、改めて言おう。ボルザルド……お前に、とある人間の始末を依頼したい」
「はいはい、届いてますぜ? 俺たち――『黒烏』に『仕事』を頼みたいってお手紙は」
殺し屋――『黒烏』。
依頼人から指定された人物を殺害し、金をせしめる裏組織。
傲岸不遜な態度でソファに座す男――ボルザルドは、その『黒烏』を束ねる首領だ。
ボルザルドが手を広げて尋ねた。
「で、今回はどいつを殺して欲しいんだ?」
「似顔絵を持ってきた」
「似顔絵?」
「特徴的なナリをしてるから、見れば分かるはずだ。――こいつを、始末して貰いたい」
男はマジックバッグから一枚の羊皮紙を取り出し、ボルザルドに渡した。
受け取った紙面に視線を落としたボルザルドは、眉を曲げて怪訝に唸る。
なぜなら、描かれていた似顔絵が少し予想外だったからだ。
「なんだ、アンタが殺したい奴ってのは――女のガキなのか?」
ボルザルドの手にある紙には、幼女の首から上の似顔絵が描かれていた。
まるで指名手配犯さながらの描き方。
ボルザルドに殺しを依頼する人間は数多くいれど、子供をターゲットにするのは珍しい。
そして気になる点がもう一つ。
似顔絵の幼女は、黒いサングラスをして目を隠していることだった。
依頼人が静かに告げる。
「そのガキは今日グリィトで見つけた。居場所もおおよそ特定できる。たしか今は『アイリ』という偽名で活動しているはずだ」
「……へぇ」
ボルザルドは思案する。
この、ターゲットが特殊な『仕事』を受けるかどうか。
しかしボルザルドが判断を下す前に、依頼人が自身のマジックバッグを漁った。
そして、片手で大きく鷲掴むように、一つの水晶玉を取り出す。
「俺もただの使い走りに過ぎない。事の詳細は、主が直接してくださるそうだ」
「その水晶……通信型の魔道具か? それもかなりの高性能。市販にゃ流通してねぇ、特注品か」
依頼人はボルザルドの正面にあるテーブルの真ん中に水晶玉を置いた。
すると、水晶玉から半透明の映像が投影される。
その映像には、堀の深い冷酷な顔立ちの男がいた。首元に移る衣服は、貴族御用達のハイブランド品。
画面の前の男が、低く声を震わせた。
『――お前が、悪名高きボルザルドか』
「……っ!」
ボルザルドは預けていた背中を起こし、画面に釘付けになる。
それも当然だ。
今ボルザルドの眼前に映る男は、目が飛び出すほどの超有名人だったからだ。
「おっと……こいつぁ驚いた。あなた様はパロウル王国南部領のほぼ全域を支配していらっしゃる大公爵――フェルマーレ公爵家当主、ヴィルゲリア=フェルマーレ様じゃありませんか」
ボルザルドの言葉に、周囲にたむろしていたゴロツキたちも表情が変わる。
画面に映るヴィルゲリアは驚愕の反応を返すボルザルドを前に眉一つ動かさず、最低限の言葉を紡いだ。
『……この俺が出てきた意味、理解るな?』
「ケケケ、まさかあのヴィルゲリア様が幼女趣味ですかい? こりゃあ傑作だ! 世間にバレりゃあ大スキャンダルじゃ済まねぇぜ!」
「お、おい貴様! 当主様に向かって無礼なッ!!」
自身が仕える主を侮辱され、依頼人の男がいきり立つ。
ボルザルドは肩を竦めて一笑に付した。
「冗談ですよ。で、本題にいこうじゃありませんか」
『使いの者が伝えた通りだ』
端的なヴィルゲリアの返答。
ボルザルドは再び似顔絵を見た。
似つかわしくない黒いサングラスをかけた幼女の顔がある。
「この幼女――アイリとか言いましたかい? こいつを殺せ……それがヴィルゲリア様のご要望で?」
『くどい』
突き放すような物言いに、ボルザルドは笑みで応える。
「とは言え、ターゲットの説明がこの似顔絵だけじゃあちと情報不足ですぜ。もう少し、このガキに関する情報を教えてもらえませんか?」
ヴィルゲリアはしばし沈黙した後、ぽつりとこぼした。
『その者の真の名は、セリエーヌという。齢にして六歳。一昨年の冬、我が「幽閉塔」から脱走し、そのまま行方を眩ませていた』
ヴィルゲリアは羅列するように情報を言った。
ボルザルドは黙って聞き、頭に入れる。
ほどなくして、ヴィルゲリアの表情が暗く歪む。
『あやつは公爵家の忌み子だ。とっくに死んだものと思い諦めていたが、生きていたならば好都合。今度こそ見失う前に我が手中に収める』
「……そうですかい。ま、色々と気になる言い回しじゃあるが、最低限の情報はもらった。余計な詮索はしないでおきますよ」
ただ、とボルザルドは視線を鋭くさせる。
「公爵家の当主様がそれだけ血眼になって求める幼女だ。となりゃあ、少しばかし……値は張りますぜ?」
『無論だ。――おい』
「はっ」
控えていた男が、マジックバッグを開ける。
そして、そこから大きく膨らんだ巾着型の革袋をテーブルにドンッと置く。
衝撃で、じゃらり……と金属が擦れあう音が響いた。
ボルザルドは巾着の口を開け、僅かに目を見開く。
巾着の中には、百や二百では到底効かないほどの大量の金貨がぎっしりと詰め込まれていた。
「おいおい、こいつぁ……」
『金貨千枚だ』
「「「な、なんだって!?」」」
周りを取り囲んで話を聞いていた『黒烏』の荒くれ者たちも、たまらず叫んだ。
ボルザルドも叫びこそしなかったものの、驚きは隠せない。
それも当然だ。
金貨千枚――日本円にして一千万円もの大金をポンッと投げ出されたのだから。
「金貨千枚クラスの依頼を受けたことがねぇわけじゃねぇが、さすがに一人のガキを殺す対価として差し出されたのは初めてだな」
が、ボルザルドは衝撃と同時に冷静に思考を巡らせた。
そして、直感する。
これはもっと――絞れると。
ボルザルドは不安をアピールするように芝居がかった素振りで首を振った。
「とはいえ、こうも易々と大金を手渡されちゃ逆に気味が悪くなってきた。何か重大なリスクが孕んでるんじゃねぇかと邪推しちまうな」
フェルマーレ公爵家は大貴族だ。
それゆえ、保有している資産も膨大。
資金力だってそこらの成金や裏組織とは次元が違う。
大半の人間にとったら金貨千枚は大金でも、公爵家からしてみればその価値はさほど大きくはない。
ボルザルドは、最低でもこの倍……上手く乗せれば三~五倍近い金も引き出せると確信する。
長年、裏で生きてきた者の直感だ。
が、ヴィルゲリアから発された言葉はボルザルドの想定を遥かに超えていた。
『何を勘違いしている』
「あ?」
『今、貴様の目の前に放ったのはただの「前金」だ』
「……前金、だと?」
ボルザルドの表情が変わる。
が、ヴィルゲリアは変わらぬ声色で告げた。
『もし、セリエーヌの殺害に成功したならば、その十倍の報酬をくれてやる』
「「「じ、十倍!?」」」
度肝を抜く報酬額に、ボルザルドを含め『黒烏』全体が激しい衝撃を受ける。
ボルザルドは、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「……ケケケ、これは参った。金貨千枚の十倍――金貨一万枚! それが幼女の殺しの代金ですかいッ!!」
ヴィルゲリアは無言でボルザルドの目を見据える。
画面越しというのに凄まじい迫力。
不意に、ヴィルゲリアが言った。
『だが、いくつか条件がある』
「条件?」
『どのような手段で殺害しても構わんが、遺体は全てこちらに引き渡してもらう。そしてセリエーヌの「眼球」は両方とも絶対に傷をつけるな。もし「眼球」が傷ついていれば、報酬は半減するものと思え』
「眼球、ですかい……分かりましたよ」
もはや是非はない。
金貨一万枚もの報酬を払う大貴族だ。
これほど金払いの良い依頼人はまずお目にかかれない。
となれば。
セリエーヌを殺した後、回収した幼女の『眼球』を何に使うかなど、ボルザルドにとってはどうでも良いことだった。
『期限は一週間以内。終わり次第、そこの使いの者に報せろ。回収係を派遣する』
「了解ですぜ。この『仕事』を終えた後も、ぜひ『黒烏』をご贔屓にしてくだせぇな――ヴィルゲリア様」
『此度の働きぶり次第だ』
通信が切れ、画面が消失する。
水晶玉から光が失われた。
「で、では俺はこれで失礼する」
「ああ。ヴィルゲリア様にヨロシク」
依頼人の男が水晶玉を回収し、そそくさと帰っていった。
バタン、と扉が閉められると同時、『黒烏』の面々が騒ぎ出す。
皆、金貨一万枚という破格の報酬に目が眩んでいる様子だ。
まだ金も入っていないのに、どんちゃん騒ぎと化していた。
ボルザルドは興奮している手下たちを尻目に、虚空に向けて言う。
「おい、出番だぜ――ナデシコ!」
「…………、」
ボルザルドの背後に伸びる影から、一人の少女が姿を現した。
華奢で、黒髪が揺れる。
服装は暗い紺の忍び装束を全身にまとっていて、クールなくノ一のような風体だった。
ボルザルドは似顔絵が描かれた紙を指に挟み、後ろに回す。
「今回はデカイ仕事になる。お前も手伝え。『黒烏』総出で当たろうじゃねぇか」
「…………い、いや……私、は……」
「――取れよ」
「う、ぐぁ……!」
ボルザルドが凄む。
瞬間、少女の首に紫色の紋様が光った。
少女が苦しみ出し、震える手でボルザルドの指に挟まった似顔絵を受け取った。
すると、首に光っていた紋様が収まる。
「お前も十分に殺しの腕は育っただろう。なにせ、この俺から英才教育を受けたんだからなぁ。後は実践あるのみだ」
ボルザルドはおもむろに立ち上がった。
「このガキはお前が殺せ。そうすればお前に施した『奴隷印』は消してやるよ。この仕事を成功させた暁には、本当の意味で『黒烏』の一員として仲良くやっていこうじゃねぇか」
ボルザルドはゆっくりとソファを迂回し、少女――ナデシコの肩に手を置いた。
「期待してるぜ、ナデシコ」
「…………っ!」
ナデシコは唇を噛みしめ、似顔絵を握る手に力を込めた。
グリィトの街の外、森の深くに位置するとある洞窟に一人の中年の男が踏み入った。
この洞窟は場所を知っている者でなければ辿り着けないだろう。そう思わせるほどに周囲は草木で生い茂っており、森の一部と化している。
真っ暗なその洞窟の中へ入った男は、マジックバッグからオレンジ色に光るランプを持って歩み出す。洞窟の奥には、隠された地下への階段があった。
その階段を降りていく。コツ、コツ、と靴音を響かせると、鉄製の重厚な扉がある。
その扉をギィィ……、と軋む音を鳴らしながら開いた。
「――時間通りの到着だな、『依頼人』さん」
明るい照明のもと――下卑た笑みと共に、大きな図体の男が待ち構える。顔や体に走らせた歪な刺青が常人ではないことを物語っていた。高級なソファにドッカリと腰を下ろし、見下すように『来客者』を眺める。
部屋の周囲には仲間の男たちも十人ほどたむろしていた。
ピリついた、物騒な空気が漂っている。
人目を忍び、夜闇に紛れてこの洞窟まで訪れた男は、ランプを消して扉を閉める。
「……裏のルートからすでに連絡はいっていると思うが、改めて言おう。ボルザルド……お前に、とある人間の始末を依頼したい」
「はいはい、届いてますぜ? 俺たち――『黒烏』に『仕事』を頼みたいってお手紙は」
殺し屋――『黒烏』。
依頼人から指定された人物を殺害し、金をせしめる裏組織。
傲岸不遜な態度でソファに座す男――ボルザルドは、その『黒烏』を束ねる首領だ。
ボルザルドが手を広げて尋ねた。
「で、今回はどいつを殺して欲しいんだ?」
「似顔絵を持ってきた」
「似顔絵?」
「特徴的なナリをしてるから、見れば分かるはずだ。――こいつを、始末して貰いたい」
男はマジックバッグから一枚の羊皮紙を取り出し、ボルザルドに渡した。
受け取った紙面に視線を落としたボルザルドは、眉を曲げて怪訝に唸る。
なぜなら、描かれていた似顔絵が少し予想外だったからだ。
「なんだ、アンタが殺したい奴ってのは――女のガキなのか?」
ボルザルドの手にある紙には、幼女の首から上の似顔絵が描かれていた。
まるで指名手配犯さながらの描き方。
ボルザルドに殺しを依頼する人間は数多くいれど、子供をターゲットにするのは珍しい。
そして気になる点がもう一つ。
似顔絵の幼女は、黒いサングラスをして目を隠していることだった。
依頼人が静かに告げる。
「そのガキは今日グリィトで見つけた。居場所もおおよそ特定できる。たしか今は『アイリ』という偽名で活動しているはずだ」
「……へぇ」
ボルザルドは思案する。
この、ターゲットが特殊な『仕事』を受けるかどうか。
しかしボルザルドが判断を下す前に、依頼人が自身のマジックバッグを漁った。
そして、片手で大きく鷲掴むように、一つの水晶玉を取り出す。
「俺もただの使い走りに過ぎない。事の詳細は、主が直接してくださるそうだ」
「その水晶……通信型の魔道具か? それもかなりの高性能。市販にゃ流通してねぇ、特注品か」
依頼人はボルザルドの正面にあるテーブルの真ん中に水晶玉を置いた。
すると、水晶玉から半透明の映像が投影される。
その映像には、堀の深い冷酷な顔立ちの男がいた。首元に移る衣服は、貴族御用達のハイブランド品。
画面の前の男が、低く声を震わせた。
『――お前が、悪名高きボルザルドか』
「……っ!」
ボルザルドは預けていた背中を起こし、画面に釘付けになる。
それも当然だ。
今ボルザルドの眼前に映る男は、目が飛び出すほどの超有名人だったからだ。
「おっと……こいつぁ驚いた。あなた様はパロウル王国南部領のほぼ全域を支配していらっしゃる大公爵――フェルマーレ公爵家当主、ヴィルゲリア=フェルマーレ様じゃありませんか」
ボルザルドの言葉に、周囲にたむろしていたゴロツキたちも表情が変わる。
画面に映るヴィルゲリアは驚愕の反応を返すボルザルドを前に眉一つ動かさず、最低限の言葉を紡いだ。
『……この俺が出てきた意味、理解るな?』
「ケケケ、まさかあのヴィルゲリア様が幼女趣味ですかい? こりゃあ傑作だ! 世間にバレりゃあ大スキャンダルじゃ済まねぇぜ!」
「お、おい貴様! 当主様に向かって無礼なッ!!」
自身が仕える主を侮辱され、依頼人の男がいきり立つ。
ボルザルドは肩を竦めて一笑に付した。
「冗談ですよ。で、本題にいこうじゃありませんか」
『使いの者が伝えた通りだ』
端的なヴィルゲリアの返答。
ボルザルドは再び似顔絵を見た。
似つかわしくない黒いサングラスをかけた幼女の顔がある。
「この幼女――アイリとか言いましたかい? こいつを殺せ……それがヴィルゲリア様のご要望で?」
『くどい』
突き放すような物言いに、ボルザルドは笑みで応える。
「とは言え、ターゲットの説明がこの似顔絵だけじゃあちと情報不足ですぜ。もう少し、このガキに関する情報を教えてもらえませんか?」
ヴィルゲリアはしばし沈黙した後、ぽつりとこぼした。
『その者の真の名は、セリエーヌという。齢にして六歳。一昨年の冬、我が「幽閉塔」から脱走し、そのまま行方を眩ませていた』
ヴィルゲリアは羅列するように情報を言った。
ボルザルドは黙って聞き、頭に入れる。
ほどなくして、ヴィルゲリアの表情が暗く歪む。
『あやつは公爵家の忌み子だ。とっくに死んだものと思い諦めていたが、生きていたならば好都合。今度こそ見失う前に我が手中に収める』
「……そうですかい。ま、色々と気になる言い回しじゃあるが、最低限の情報はもらった。余計な詮索はしないでおきますよ」
ただ、とボルザルドは視線を鋭くさせる。
「公爵家の当主様がそれだけ血眼になって求める幼女だ。となりゃあ、少しばかし……値は張りますぜ?」
『無論だ。――おい』
「はっ」
控えていた男が、マジックバッグを開ける。
そして、そこから大きく膨らんだ巾着型の革袋をテーブルにドンッと置く。
衝撃で、じゃらり……と金属が擦れあう音が響いた。
ボルザルドは巾着の口を開け、僅かに目を見開く。
巾着の中には、百や二百では到底効かないほどの大量の金貨がぎっしりと詰め込まれていた。
「おいおい、こいつぁ……」
『金貨千枚だ』
「「「な、なんだって!?」」」
周りを取り囲んで話を聞いていた『黒烏』の荒くれ者たちも、たまらず叫んだ。
ボルザルドも叫びこそしなかったものの、驚きは隠せない。
それも当然だ。
金貨千枚――日本円にして一千万円もの大金をポンッと投げ出されたのだから。
「金貨千枚クラスの依頼を受けたことがねぇわけじゃねぇが、さすがに一人のガキを殺す対価として差し出されたのは初めてだな」
が、ボルザルドは衝撃と同時に冷静に思考を巡らせた。
そして、直感する。
これはもっと――絞れると。
ボルザルドは不安をアピールするように芝居がかった素振りで首を振った。
「とはいえ、こうも易々と大金を手渡されちゃ逆に気味が悪くなってきた。何か重大なリスクが孕んでるんじゃねぇかと邪推しちまうな」
フェルマーレ公爵家は大貴族だ。
それゆえ、保有している資産も膨大。
資金力だってそこらの成金や裏組織とは次元が違う。
大半の人間にとったら金貨千枚は大金でも、公爵家からしてみればその価値はさほど大きくはない。
ボルザルドは、最低でもこの倍……上手く乗せれば三~五倍近い金も引き出せると確信する。
長年、裏で生きてきた者の直感だ。
が、ヴィルゲリアから発された言葉はボルザルドの想定を遥かに超えていた。
『何を勘違いしている』
「あ?」
『今、貴様の目の前に放ったのはただの「前金」だ』
「……前金、だと?」
ボルザルドの表情が変わる。
が、ヴィルゲリアは変わらぬ声色で告げた。
『もし、セリエーヌの殺害に成功したならば、その十倍の報酬をくれてやる』
「「「じ、十倍!?」」」
度肝を抜く報酬額に、ボルザルドを含め『黒烏』全体が激しい衝撃を受ける。
ボルザルドは、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「……ケケケ、これは参った。金貨千枚の十倍――金貨一万枚! それが幼女の殺しの代金ですかいッ!!」
ヴィルゲリアは無言でボルザルドの目を見据える。
画面越しというのに凄まじい迫力。
不意に、ヴィルゲリアが言った。
『だが、いくつか条件がある』
「条件?」
『どのような手段で殺害しても構わんが、遺体は全てこちらに引き渡してもらう。そしてセリエーヌの「眼球」は両方とも絶対に傷をつけるな。もし「眼球」が傷ついていれば、報酬は半減するものと思え』
「眼球、ですかい……分かりましたよ」
もはや是非はない。
金貨一万枚もの報酬を払う大貴族だ。
これほど金払いの良い依頼人はまずお目にかかれない。
となれば。
セリエーヌを殺した後、回収した幼女の『眼球』を何に使うかなど、ボルザルドにとってはどうでも良いことだった。
『期限は一週間以内。終わり次第、そこの使いの者に報せろ。回収係を派遣する』
「了解ですぜ。この『仕事』を終えた後も、ぜひ『黒烏』をご贔屓にしてくだせぇな――ヴィルゲリア様」
『此度の働きぶり次第だ』
通信が切れ、画面が消失する。
水晶玉から光が失われた。
「で、では俺はこれで失礼する」
「ああ。ヴィルゲリア様にヨロシク」
依頼人の男が水晶玉を回収し、そそくさと帰っていった。
バタン、と扉が閉められると同時、『黒烏』の面々が騒ぎ出す。
皆、金貨一万枚という破格の報酬に目が眩んでいる様子だ。
まだ金も入っていないのに、どんちゃん騒ぎと化していた。
ボルザルドは興奮している手下たちを尻目に、虚空に向けて言う。
「おい、出番だぜ――ナデシコ!」
「…………、」
ボルザルドの背後に伸びる影から、一人の少女が姿を現した。
華奢で、黒髪が揺れる。
服装は暗い紺の忍び装束を全身にまとっていて、クールなくノ一のような風体だった。
ボルザルドは似顔絵が描かれた紙を指に挟み、後ろに回す。
「今回はデカイ仕事になる。お前も手伝え。『黒烏』総出で当たろうじゃねぇか」
「…………い、いや……私、は……」
「――取れよ」
「う、ぐぁ……!」
ボルザルドが凄む。
瞬間、少女の首に紫色の紋様が光った。
少女が苦しみ出し、震える手でボルザルドの指に挟まった似顔絵を受け取った。
すると、首に光っていた紋様が収まる。
「お前も十分に殺しの腕は育っただろう。なにせ、この俺から英才教育を受けたんだからなぁ。後は実践あるのみだ」
ボルザルドはおもむろに立ち上がった。
「このガキはお前が殺せ。そうすればお前に施した『奴隷印』は消してやるよ。この仕事を成功させた暁には、本当の意味で『黒烏』の一員として仲良くやっていこうじゃねぇか」
ボルザルドはゆっくりとソファを迂回し、少女――ナデシコの肩に手を置いた。
「期待してるぜ、ナデシコ」
「…………っ!」
ナデシコは唇を噛みしめ、似顔絵を握る手に力を込めた。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
元・神獣の世話係 ~神獣さえいればいいと解雇されたけど、心優しいもふもふ神獣は私についてくるようです!~
草乃葉オウル ◆ 書籍発売中
ファンタジー
黒き狼の神獣ガルーと契約を交わし、魔人との戦争を勝利に導いた勇者が天寿をまっとうした。
勇者の養女セフィラは悲しみに暮れつつも、婚約者である王国の王子と幸せに生きていくことを誓う。
だが、王子にとってセフィラは勇者に取り入るための道具でしかなかった。
勇者亡き今、王子はセフィラとの婚約を破棄し、新たな神獣の契約者となって力による国民の支配を目論む。
しかし、ガルーと契約を交わしていたのは最初から勇者ではなくセフィラだったのだ!
真実を知って今さら媚びてくる王子に別れを告げ、セフィラはガルーの背に乗ってお城を飛び出す。
これは少女と世話焼き神獣の癒しに満ちた気ままな旅の物語!
異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。
葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。
だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。
突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。
これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる