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第四話 剣の重み

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「さぁ、貴様も剣を抜け。私の力を……ん?」

 何かに気がついたのか、メティスは彼の周囲をぐるりと見る。

「貴様、剣はどうした?」

「剣は……持ってきていないです。まさかこんな展開になるなんて予期していなかったので」

 彼の発言にメティスはやや困惑の表情を見せる。

「んー……ならば代わりになるものもないのか?」

「えぇ。基本的に武具は持ち合わせていないと言いますか……」

 完全に彼は丸腰であることを、僅かに恥ずかしがりながら答えた。
 メティスは目を丸くする。

「貴様、つまり着の身着のままでここまで来たのか!?」

「そうなりますね……はは」

 頭をかきながら、彼はそう言った。

 従者もいない、武器も携帯していない。
 無防備極まりないメイジに対し、メティスは呆れ果てながらも忠告をする。

「ハァ……貴様はポリーの王子なのだろう? いかに小国の王子であろうとも、民とはわけが違う。少しは危機意識を持て。でないと良いように利用されるぞ」

「そうですね……すみません」

 彼女の言葉は経験に基づくものなのだろう。
 スティールヴァンプを転覆させ、大陸の権力を確固たるものにしようと画策するような連中は山程いるはずだ。

 ではポリーはどうか。
 そんなことは考えなくてもわかる。
 武装をして身構えようが、強力な傭兵を雇って護衛しようが同じこと。
 他国がその気になれば潰される、ただそれだけだ。

 どちらにせよ同じなら、そんな煩わしいだけのものは持たない。
 それが彼の考えだった。

「まったく……。そこの衛兵、彼に剣を貸してやってくれ」

 近くの衛兵一人に声をかける。

「はッ!」

 衛兵は腰に備えている剣を外し、メイジに授けた。

「こちらをどうぞメイジ殿下」

「ありがとう」

 ずっしりとした重みが手に伝わる。
 衛兵は皆、この剣を携えながら重厚な甲冑を着ているわけだ。
 相当鍛え上げられているのであろう。

 見慣れない剣をまじまじと見るメイジに、メティスは歩み寄りながら話す。

「心配するな。我が兵の剣は、なまくらなどではない。見てくれこそ違うが、私の剣とさして変わらぬ性能を持つが故、安心しろ」

 そう言われ、頭を軽く下げるメイジ。
 そして鞘から剣を抜き、それとなく構えるものの重すぎて足元がふらつく。

 見かねたメティスが近づいて、軽く彼の腕を掴んで支える。

「なぁメイジ殿下よ……貴様、剣を構えたこともないのか?」

「えーっと……無いですね」

 彼が剣術に関して、ずぶの素人であることは誰の目から見ても明らかである。

「……まぁ良い、今から指南するわけにもいかんからな」

 メティスはそう言いながら、ゆっくりと彼を支えていた手を離し、スタートラインとして決めているのか玉座の前に戻った。

 そして改めて剣を抜き、宣戦した。

「さぁ行くぞ……気を抜くなよ!」

 ハツラツとした声で叫んだ彼女は、人間とは思えない跳躍を見せ、瞬く間にメイジの眼前まで迫った。

 そして極太の剣を大きく縦に斬り落とす。

「フンッ!!」

 何かが破裂したかと錯覚するほどの大きな音を立て、斬撃はメイジの剣とぶつかった。

「グッ……!」

 彼は衝撃を受け止めきれず、思わず後退あとずさりをしてしまう。

 無論、彼女はメイジを殺そうとしているわけではなく、加減をしている。
 本来であれば、受け止めることすらできないはずだ。
 メイジが剣を構えた場所に、彼女は自らの攻撃をあてがっただけ。
 それでも今、彼の腕をはじめ身体の使ってこなかった筋肉や骨が軋み、悲鳴を上げているのだ。

 メティスは振り払うように力を入れ、彼を遠ざける。
 壁にぶつかるような形で後退したメイジは、急に力を緩めた反動からか剣先を地面に落とし、脚を震わせる。

 そんな彼に、メティスは発破をかける。

「もう終わりか? まだやれるだろう! さぁ立って見せろ!」

 彼女は厳しい言葉をかけながらも、その言葉の節々には一種の思いやりのようなものを感じさせた。

「ハぁ……はぁ……」

 メティスの喝を受け、彼は震えた脚を制し、剣を再び構えなおした。
 その姿を見た彼女は口角を上げる。

「そう来なくてはな!」

 またしても暴風のように跳び、今度は横一閃に大剣を薙ぎ払う。

「く……」

 メイジは少し剣を傾かせ、斬撃を受け止める。
 激しい鍔迫り合いの音が、静かで冷たい王の間に響く。

 せめぎ合っている間、彼女はメイジの目を見ていた。
 やがて力は強められ、彼は押されだす。

「気概だけでは私を妻にすることなぞできん!」

 そう一喝し、思い切りメイジを剣ごと吹き飛ばした。

 そのまま彼は備え付けてあったテーブルに激突する。

「がッ……」

 たった二撃。
 それでも彼の体力を持っていくのには十分すぎるものであった。
 メイジはまだ立ち上がろうと、手足を小さく動かそうとするが叶わない。
 表情からは、自らの未熟さに対する苛立ちのようなものが見え隠れしていた。

 メティスは納刀し、座り込んでいる彼に近づき手を差し伸べる。

「その意気は良し、だが私の勝ちだメイジ殿下。貴様はよくやった、誇りを持ってポリーへ帰るがいい」

 彼女の表情が将から女王のものになる。
 それは言葉通りに、メイジの挑戦がここで終わったことを意味していた。

「誇りだけじゃ……やっていけない……」

 メイジは彼女の手は取らず、剣を杖のようにして無理矢理立ち上がった。
 ただでさえ粗末な服は更にボロボロになっており、顔つきも王子のそれではなく、勝負ごとに負けて悔しさを滲ます年相応の泥臭い青年のものになっていた。

 彼の意外な一面に、ちょっとばかり驚きながらも、メティスは衛兵にメイジの治療をするように指示をする。
 それでもなお戦おうとする彼に、彼女はさとした。

「これ以上続けるのは身体を痛めるだけだぞ。ほら、潔く……ん、なんだ?」

 何やら異変を感じたのか、彼女の表情が神妙なものになる。
 周囲を見回すが、衛兵たちは通常通りの様子。
 メティスだけが感じ取っていた。
 彼女の様子の変化に、メイジも気が付いたのか警戒をし始める。

 彼女は聴覚に意識を集中させ、その違和感の正体を探る。
 その時、何者かが走る音を立てたかと思えば、予告なく王の間の扉が打ち開けられた。

「申し上げます! ロックアビスより奇襲! 既に多くの死傷者が出ています!」

 やってきたのは伝令役の衛兵。
 額からは血を流し、激しく息を切らしていた。

 王の間に戦慄が走る。

 敵の名を聞いた瞬間、メティスの表情は一変した。

「ロックアビスめ……私が出る。このスティールヴァンプの地へ侵犯しんぱんした罪、その血肉であがなってもらう」

 先ほどまでの力比べとは比較にならいほどの殺気が彼女を包む。
 その姿は吸血鬼の長と言ってもいいほどの禍々まがまがしいものであった。
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