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一章
2話 回廊
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気持ちが明るいと体も軽い。
食堂へつながる天井の高い回廊には、生徒が行き交う足音に混じってタンッタンッとご機嫌な音が響いた。
ピングが鼻歌交じりに石の床をスキップしているのだ。
その隣でティーグレの手が肩を叩き腰を軽く押し、と、ピングの体に忙しなく触れてくる。
人にぶつからないように上手く誘導してくれているのだが、ピングはそんなことに全く気づかずニコニコと体を跳ねさせている。
触れられるのも、慣れすぎてなんとも思っていなかった。
「デザート~デザート~」
中庭が見えるところに差し掛かった時のことだ。突然、
ドドーンッガラガラガラッ!
と、岩が砕け散るような大きな音が聞こえた。
「わぁああ!」
ピングは文字通り飛び上がった。すぐに音のした中庭の方を向くと、
「ひ……っ!」
何かの影がビュンっと襲いかかってきてうずくまる。と、同時に、ピングの体は後ろから引っ張られてふわりと宙に浮く。
「あっぶねぇ」
ティーグレが低い声で呟く。
ホワイトタイガーに襟首を咥えられているピングは、目の前に広がる光景にゾッとした。
回廊の屋根を支える、太い石柱が砕け散っている。
あそこにいたら、ピングはひとたまりもなかっただろう。
飛んでくる石の破片に眉を顰めたティーグレが守護魔術の呪文を唱えた。
白い光がピングを取り巻いていく。礼を言う間もなく、ホワイトタイガーは咥えているピングをポーンと上に放り投げた。
ピングは舌を噛みそうになりながら、ホワイトタイガーの背中になんとか着地する。
そして、自分を襲った影の正体をはっきりと見た。
「……! これは!」
真っ黒な鱗に覆われた、大蛇のように長く大きな体。頭には鹿のように枝分かれしたツノと長い二本の髭、背中の金の立髪はその存在をより神々しく見せていた。
金の瞳はこちらを見ておらず、先ほどまでピングのいた場所では尻尾がゆらゆらと揺れている。
「リョウイチのドラゴンですね」
やれやれとため息を吐きながら、ティーグレが短い前髪を掻き上げた。
リョウイチとは、二年生になってから隣のクラスに来た転入生だ。
魔力に疎いらしい東の島国からやってきた。
そして初日からこの国では見たことがない形のドラゴンを召喚して、学園中を驚かせた男なのだ。
周りから、
「また転校生か?」
「本当になんなのこの化け物!」
「いい加減にしてほしいな」
といった、好意的ではない声が聞こえてきた。
ピングはホワイトタイガーの背で、アワアワと口元を抑える。
異国からの転校生に対する風当たりの強さは、今に始まった事ではないのだ。
「リョ、リョウイチ……! また誰かに変な八つ当たりをされているのか!?」
「んー、ここは中庭だから……相手はアトヴァル殿下ですよ」
「アトヴァル!?」
巨大なドラゴンで隠れてしまって相手どころかリョウイチすら見えないというのに、ティーグレははっきりと言い切った。
ピングには「中庭だから相手はアトヴァル」の意味は分からないが、ここまで迷いがないのならばそうなのだろう。
アトヴァルはピングの弟だ。リョウイチと同じく、隣のクラスに所属している。
一日しか誕生日が変わらない第二皇子の顔を思い浮かべたピングの目の前を、今度はシャチが横切った。
「シャチ! アトヴァル様だわ!」
「なんて優雅なんでしょう」
「すぐにドラゴンを止めてくれますね!」
周囲の生徒から歓声が上がる。
ティーグレの読みは、やはり当たっていたらしい。空中を華麗に泳ぐシャチはアトヴァルの使い魔である。
ピングが理想とするような、迫力も威厳もある使い魔だ。それでもドラゴンが中庭を占領している今はまだ可愛らしく感じた。
シャチがドラゴンの周囲を旋回しながら、体に青い光を纏わせていっている。
おそらく、ドラゴンを止めるために攻撃を仕掛けようとしているのだろう。
二回瞬きをするほどの時間様子を見ていたティーグレは、腰に手を当てて紫の瞳をピングに向けた。
「参戦しますか」
「頼む……って、あわぁあ!」
頷いた瞬間、ホワイトタイガーはピングを振り落とし、猛スピードで中庭に駆けて行く。
腹が冷えるような浮遊感になすすべなく、ピングは情けない声を上げた。
「っと、失礼~」
ティーグレがすぐに両腕で受け止めてくれた。
もし落ちていたら固い床に真っ逆様だったとゾッとする。バクバクと嫌な音を立てる心臓を押さえながら、ピングはティーグレを睨み上げた。
「急にやるな!」
「やれって言ったの殿下でしょうが」
横抱きにしている相手が怒鳴っても、怖くもなんともなさそうだ。
ホワイトタイガーはなんの問題もなくドラゴンの前に辿り着く。
「あれはティーグレ様の!」
「きゃー! ティーグレ様!」
「アトヴァル様とティーグレ様がお揃いなのね!」
ティーグレは黄色い歓声のする方へ向くと、慣れたようにウインクを投げる。
その上で、更に高音になった声たちを掻き消すように、ホワイトタイガーが辺り一体に響き渡る咆哮を上げた。
白い毛並みが逆立ち、水色に発光する。ティーグレが口を動かすと共に、鎮静魔術が中庭全体を包み込んだ。
光を纏ったシャチも、その動きを目で追っていたドラゴンも動きを止める。
中庭は、すぐに静けさを取り戻した。
食堂へつながる天井の高い回廊には、生徒が行き交う足音に混じってタンッタンッとご機嫌な音が響いた。
ピングが鼻歌交じりに石の床をスキップしているのだ。
その隣でティーグレの手が肩を叩き腰を軽く押し、と、ピングの体に忙しなく触れてくる。
人にぶつからないように上手く誘導してくれているのだが、ピングはそんなことに全く気づかずニコニコと体を跳ねさせている。
触れられるのも、慣れすぎてなんとも思っていなかった。
「デザート~デザート~」
中庭が見えるところに差し掛かった時のことだ。突然、
ドドーンッガラガラガラッ!
と、岩が砕け散るような大きな音が聞こえた。
「わぁああ!」
ピングは文字通り飛び上がった。すぐに音のした中庭の方を向くと、
「ひ……っ!」
何かの影がビュンっと襲いかかってきてうずくまる。と、同時に、ピングの体は後ろから引っ張られてふわりと宙に浮く。
「あっぶねぇ」
ティーグレが低い声で呟く。
ホワイトタイガーに襟首を咥えられているピングは、目の前に広がる光景にゾッとした。
回廊の屋根を支える、太い石柱が砕け散っている。
あそこにいたら、ピングはひとたまりもなかっただろう。
飛んでくる石の破片に眉を顰めたティーグレが守護魔術の呪文を唱えた。
白い光がピングを取り巻いていく。礼を言う間もなく、ホワイトタイガーは咥えているピングをポーンと上に放り投げた。
ピングは舌を噛みそうになりながら、ホワイトタイガーの背中になんとか着地する。
そして、自分を襲った影の正体をはっきりと見た。
「……! これは!」
真っ黒な鱗に覆われた、大蛇のように長く大きな体。頭には鹿のように枝分かれしたツノと長い二本の髭、背中の金の立髪はその存在をより神々しく見せていた。
金の瞳はこちらを見ておらず、先ほどまでピングのいた場所では尻尾がゆらゆらと揺れている。
「リョウイチのドラゴンですね」
やれやれとため息を吐きながら、ティーグレが短い前髪を掻き上げた。
リョウイチとは、二年生になってから隣のクラスに来た転入生だ。
魔力に疎いらしい東の島国からやってきた。
そして初日からこの国では見たことがない形のドラゴンを召喚して、学園中を驚かせた男なのだ。
周りから、
「また転校生か?」
「本当になんなのこの化け物!」
「いい加減にしてほしいな」
といった、好意的ではない声が聞こえてきた。
ピングはホワイトタイガーの背で、アワアワと口元を抑える。
異国からの転校生に対する風当たりの強さは、今に始まった事ではないのだ。
「リョ、リョウイチ……! また誰かに変な八つ当たりをされているのか!?」
「んー、ここは中庭だから……相手はアトヴァル殿下ですよ」
「アトヴァル!?」
巨大なドラゴンで隠れてしまって相手どころかリョウイチすら見えないというのに、ティーグレははっきりと言い切った。
ピングには「中庭だから相手はアトヴァル」の意味は分からないが、ここまで迷いがないのならばそうなのだろう。
アトヴァルはピングの弟だ。リョウイチと同じく、隣のクラスに所属している。
一日しか誕生日が変わらない第二皇子の顔を思い浮かべたピングの目の前を、今度はシャチが横切った。
「シャチ! アトヴァル様だわ!」
「なんて優雅なんでしょう」
「すぐにドラゴンを止めてくれますね!」
周囲の生徒から歓声が上がる。
ティーグレの読みは、やはり当たっていたらしい。空中を華麗に泳ぐシャチはアトヴァルの使い魔である。
ピングが理想とするような、迫力も威厳もある使い魔だ。それでもドラゴンが中庭を占領している今はまだ可愛らしく感じた。
シャチがドラゴンの周囲を旋回しながら、体に青い光を纏わせていっている。
おそらく、ドラゴンを止めるために攻撃を仕掛けようとしているのだろう。
二回瞬きをするほどの時間様子を見ていたティーグレは、腰に手を当てて紫の瞳をピングに向けた。
「参戦しますか」
「頼む……って、あわぁあ!」
頷いた瞬間、ホワイトタイガーはピングを振り落とし、猛スピードで中庭に駆けて行く。
腹が冷えるような浮遊感になすすべなく、ピングは情けない声を上げた。
「っと、失礼~」
ティーグレがすぐに両腕で受け止めてくれた。
もし落ちていたら固い床に真っ逆様だったとゾッとする。バクバクと嫌な音を立てる心臓を押さえながら、ピングはティーグレを睨み上げた。
「急にやるな!」
「やれって言ったの殿下でしょうが」
横抱きにしている相手が怒鳴っても、怖くもなんともなさそうだ。
ホワイトタイガーはなんの問題もなくドラゴンの前に辿り着く。
「あれはティーグレ様の!」
「きゃー! ティーグレ様!」
「アトヴァル様とティーグレ様がお揃いなのね!」
ティーグレは黄色い歓声のする方へ向くと、慣れたようにウインクを投げる。
その上で、更に高音になった声たちを掻き消すように、ホワイトタイガーが辺り一体に響き渡る咆哮を上げた。
白い毛並みが逆立ち、水色に発光する。ティーグレが口を動かすと共に、鎮静魔術が中庭全体を包み込んだ。
光を纏ったシャチも、その動きを目で追っていたドラゴンも動きを止める。
中庭は、すぐに静けさを取り戻した。
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