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二章
50話 いつから
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「分かりません。ここからはシナリオも物語の強制力とかも無しです」
「絶望しかない……!」
「ピング」
脱力するピングの肩に、ティーグレが鼻を埋める。
「すみません」
「お前が悪いわけじゃ」
「ほんとは、色々止められた」
きっぱりと否定しようとした声に、掠れた声が覆い被さる。背中から包んでくる大きな体が、小刻みにわなないているのにピングは気がついた。
「ペンギンが炎をまとってアトヴァル殿下に突撃するのを止められたし、アトヴァル殿下の飲み物に毒が入らないようにもできた。それでピングが傷つくことも、俺は知っててそのままにした。でも、それが生存ルートでは絶対に必要で」
ピングの存在を確かめるように頬を擦り寄せてくる。冷たく濡れた感覚がして、ピングは大きな手に自分の手を重ねた。
「どうしても、生きて欲しくて」
「ティーグレ……」
胸がズクンと疼く。
死の恐怖よりもティーグレへの気持ちが大きくなっていく。
どうやらピングは最悪の結末を迎えてしまう可能性がまだまだあるらしい。
取り乱している時間もない。
ピングはグッと唇を噛み締め、ティーグレの指に自分の指を絡めた。
晴天色の瞳が、しっかりと光を持つ。
「ありがとう」
ピングはスルリと腕から抜けて、改めて正面からティーグレを見た。
潤み輝く紫水晶の瞳が美しくて、思わず触れてしまいたくなる。
本当に瞳に触れるわけにはいかないから、ピングの親指は濡れた目元を拭った。ティーグレがいつもそうしてくれているみたいに。
鼻まで真っ赤にして泣く自分と違って、泣き顔まで涼やかなティーグレと見つめ合う。
分からないことも気になることもたくさんあるが、とにかく今まで共に過ごした時間を信じよう。
「少しずつ、質問してもいいか?」
「いくらでも」
「いつから、前の世界の記憶が戻ってたんだ?」
「アトヴァル殿下と仲良くしたいって、子供の頃にピング殿下が言った時です」
思い出そうとする素振りも見せないティーグレは、その時のことをずっとはっきり覚えているのだろう。
ピングは自分がベソを掻きながら下手くそな刺繍のハンカチを抱き締めていた日を思い出す。
アトヴァルと側妃が帰ってから、遊んでくると母に告げて庭の隅っこで蹲っていた日だ。
「……お前が、優しくなった時期」
ティーグレはフッと目を細めた。
「記憶がごちゃごちゃする中で、針で刺しまくって傷だらけの手を見たときに『あー、ピングってこんな頑張ってたんだ』って思って」
普段の調子を取り戻してきたティーグレが、両手でピングの髪に触れてくる。額が出るように髪を撫でられ、生え際を指でなぞられた。
「見た目も天使そのものだし、この子も一緒にハッピーエンドになんないとって決めました」
そこからはずっと守ってくれていた。
ピングが落ち込みすぎないように。アトヴァルを憎みすぎないように。
皇后の愛情を、素直に受けられるように。
それでいて、物語の本筋から外れることもないように。
ピングは通った鼻筋に自分の鼻先が掠めるほど顔を近づける。
「私がその物語の悪役と少し違うのは、お前が側にいてくれたからなんだろうな」
「かもしれません」
「お前はよくあそこへいくなこっちへ来いと言ってきていたけど……それも私の邪魔してたんじゃなくて守ってくれてたのか」
「そのつもりでした」
瞬きすると長いまつ毛同士が当たって目元が擽ったい。だからといって離れる気にはなれなくて、言いたいことがいっぱいあるのに出てきた言葉は結局一つだった。
「ありがとう」
「チューしてくれていいですよ」
照れ隠しだったのかもしれない。元気付けようとしてくれたのかもしれない。
いつものようにふざけているだけなのかもしれない。
でも、言われた通りにピングの体が動いた。
涙が乾いてカサついた頬に、ピングの紅くふっくらとした唇が触れる。
「へ」
今日は、ティーグレの新しい顔を次から次へと見る日だ。
口付けた頬から顔全体、いや、首も耳も全部真っ赤に色に染まった。手で顔を覆ってピングから慌てて背けてしまう。
まるで、全身から湯気が出ているのが見えるかのようだ。
目を瞬かせたピングは、つられて顔に熱が昇ってきた。
「も、もっとすごいこと平気でするくせにこのくらいで真っ赤になるのかお前は!」
動かなくなった肩を揺さぶるピングの声は、森の中に響き、そして溶けていった。
2章完
「絶望しかない……!」
「ピング」
脱力するピングの肩に、ティーグレが鼻を埋める。
「すみません」
「お前が悪いわけじゃ」
「ほんとは、色々止められた」
きっぱりと否定しようとした声に、掠れた声が覆い被さる。背中から包んでくる大きな体が、小刻みにわなないているのにピングは気がついた。
「ペンギンが炎をまとってアトヴァル殿下に突撃するのを止められたし、アトヴァル殿下の飲み物に毒が入らないようにもできた。それでピングが傷つくことも、俺は知っててそのままにした。でも、それが生存ルートでは絶対に必要で」
ピングの存在を確かめるように頬を擦り寄せてくる。冷たく濡れた感覚がして、ピングは大きな手に自分の手を重ねた。
「どうしても、生きて欲しくて」
「ティーグレ……」
胸がズクンと疼く。
死の恐怖よりもティーグレへの気持ちが大きくなっていく。
どうやらピングは最悪の結末を迎えてしまう可能性がまだまだあるらしい。
取り乱している時間もない。
ピングはグッと唇を噛み締め、ティーグレの指に自分の指を絡めた。
晴天色の瞳が、しっかりと光を持つ。
「ありがとう」
ピングはスルリと腕から抜けて、改めて正面からティーグレを見た。
潤み輝く紫水晶の瞳が美しくて、思わず触れてしまいたくなる。
本当に瞳に触れるわけにはいかないから、ピングの親指は濡れた目元を拭った。ティーグレがいつもそうしてくれているみたいに。
鼻まで真っ赤にして泣く自分と違って、泣き顔まで涼やかなティーグレと見つめ合う。
分からないことも気になることもたくさんあるが、とにかく今まで共に過ごした時間を信じよう。
「少しずつ、質問してもいいか?」
「いくらでも」
「いつから、前の世界の記憶が戻ってたんだ?」
「アトヴァル殿下と仲良くしたいって、子供の頃にピング殿下が言った時です」
思い出そうとする素振りも見せないティーグレは、その時のことをずっとはっきり覚えているのだろう。
ピングは自分がベソを掻きながら下手くそな刺繍のハンカチを抱き締めていた日を思い出す。
アトヴァルと側妃が帰ってから、遊んでくると母に告げて庭の隅っこで蹲っていた日だ。
「……お前が、優しくなった時期」
ティーグレはフッと目を細めた。
「記憶がごちゃごちゃする中で、針で刺しまくって傷だらけの手を見たときに『あー、ピングってこんな頑張ってたんだ』って思って」
普段の調子を取り戻してきたティーグレが、両手でピングの髪に触れてくる。額が出るように髪を撫でられ、生え際を指でなぞられた。
「見た目も天使そのものだし、この子も一緒にハッピーエンドになんないとって決めました」
そこからはずっと守ってくれていた。
ピングが落ち込みすぎないように。アトヴァルを憎みすぎないように。
皇后の愛情を、素直に受けられるように。
それでいて、物語の本筋から外れることもないように。
ピングは通った鼻筋に自分の鼻先が掠めるほど顔を近づける。
「私がその物語の悪役と少し違うのは、お前が側にいてくれたからなんだろうな」
「かもしれません」
「お前はよくあそこへいくなこっちへ来いと言ってきていたけど……それも私の邪魔してたんじゃなくて守ってくれてたのか」
「そのつもりでした」
瞬きすると長いまつ毛同士が当たって目元が擽ったい。だからといって離れる気にはなれなくて、言いたいことがいっぱいあるのに出てきた言葉は結局一つだった。
「ありがとう」
「チューしてくれていいですよ」
照れ隠しだったのかもしれない。元気付けようとしてくれたのかもしれない。
いつものようにふざけているだけなのかもしれない。
でも、言われた通りにピングの体が動いた。
涙が乾いてカサついた頬に、ピングの紅くふっくらとした唇が触れる。
「へ」
今日は、ティーグレの新しい顔を次から次へと見る日だ。
口付けた頬から顔全体、いや、首も耳も全部真っ赤に色に染まった。手で顔を覆ってピングから慌てて背けてしまう。
まるで、全身から湯気が出ているのが見えるかのようだ。
目を瞬かせたピングは、つられて顔に熱が昇ってきた。
「も、もっとすごいこと平気でするくせにこのくらいで真っ赤になるのかお前は!」
動かなくなった肩を揺さぶるピングの声は、森の中に響き、そして溶けていった。
2章完
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