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どこか懐かしい
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(これはまずい……絶対に相性が良くない……!)
しかし、相手はそんなこと気にした風もない。
「どうやらお疲れのようですね。少し個室で休みますか」
「は、はい」
個室で休む、ということが何を意味するのか。それが分からないほど子どもではない。
セルジュはギュッと胸の内ポケットを握りしめる。
(上手く、いくといいけど……)
相性が良かろうが悪かろうが関係ない。
男が継ぐはずの財産がどうしても欲しかった。
この時のために、家にあった本を全て売って用意した「発情誘発剤」。
この国ではたとえ事故であっても、番になってしまえば責任をとるのが常識だ。
もしも一方的に番を解消することがあれば、そのアルファは周りに後ろ指を刺されることになる。
(ごめんなさい、いくらでも愛人作っていいから結婚だけしてください! というかもうお金だけ欲しい!)
祈るような気持ちで甘えるふりをして肩に頭をすり寄せた時。
「そこの浮気者、婚約者殿に言いつけるぞ」
涼やかな声と共に、隣を歩く男の体がピタリと止まった。
セルジュの肩を抱く手が緩み、色気たっぷりに微笑む口元が引き攣る。
二人で同時に振り返った先を見て、セルジュは目を見開く。
夜空を閉じ込めたような漆黒の髪と透き通る紫の瞳の美男子がそこには立っていた。
身長はセルジュより頭一つ分も高く、正装をしていても鍛えていることが分かる体躯をしている。
間違いなく、アルファだろう。
「カルロス、こういう場でそれを言うのは」
「こ、婚約者?」
ため息をついている隣の男の言葉を遮り、セルジュは唖然とカルロスと呼ばれた美男子の言葉を復唱する。
カルロスは目線をセルジュに向けた。
生真面目そうに眉間の寄せられた紫の瞳は、戸惑う緑の瞳と視線を交え、ふんわりと柔らかい色に変わる。
「やはりご存知なかったんですね、美しい人。そいつには近々結婚の予定があるんですよ」
「け、結婚の……ご予定ですか……」
「結婚前に少し羽を伸ばしておこうという親友を見逃してくれないか?」
「それならこんなに清らかな人を誑かすのは良くないな」
戸惑うセルジュを他所に、アルファ同士で火花を散らしている。
どちらも笑みの表情だが、纏う空気は全く穏やかではない。
特にカルロスの威圧感は、有無を言わせぬものであった。
隣に立っていた男は諦めたように肩をすくめると、セルジュの手の甲にキスをして軽やかに去っていった。
(あ、危なかった)
甘ったるい香りが遠ざかって、大きく息を吸う。
懲りずに若い女性に声を掛けている様子を見ながらセルジュは鼓動の早い胸を抑えた。
さすがに、結婚の予定がある人を無理矢理番にしてしまうのは気が引ける。
上手く事が運ばずにがっかりするとともに、どこかほっとする自分がいた。
相手を騙し討ちするやり方は、やはり気持ちが重たい。
(でも、そんなこと言ってられないし次こそは)
「差し出がましいかと思ったんですが」
決意を新たにしているところで、カルロスが眉を下げ、一歩近づいてきた。
おそらく、どうするべきか悩んでから声を掛けてくれたのだろう。
セルジュは微笑みを浮かべて首を左右に振る。
「いえ、とんでもない過ちを犯すところでした」
誠実で正しい行動だったと思うし、心からの感謝だった。
しかし、また相手を探さねばならないという不安も頭をチラつく。
目の前にいる青年はアルファには間違いないだろうが、身元が分からない。
どのように探りを入れようかと頭を巡らせていると。
カルロスがスッと手を差し出してきた。
「気持ちを切り替えるお手伝いになれば」
「ありがとうございます。カルロス様」
優雅で流れるような仕草に見惚れ、自然とその手をとってしまう。
力強い腕に腰を抱かれて踊る時間は、まるで夢のようだった。
優しく見つめてくれる紫の瞳に温かい手、逞しく広い肩に厚い胸板。
そして何よりも、ふわりと鼻を擽り心を騒めかせるアルファのフェロモン。
新鮮な果実のような爽やかさは、セルジュ好みの香りだった。
(なんだろう……どこか懐かしい……)
ゆったりとしたテンポの曲に変わり、ピタリと体を寄せながら。
ついさっき出会ったばかりの相手とのこの時間が、ずっと続いて欲しいと感じた。
しかし、相手はそんなこと気にした風もない。
「どうやらお疲れのようですね。少し個室で休みますか」
「は、はい」
個室で休む、ということが何を意味するのか。それが分からないほど子どもではない。
セルジュはギュッと胸の内ポケットを握りしめる。
(上手く、いくといいけど……)
相性が良かろうが悪かろうが関係ない。
男が継ぐはずの財産がどうしても欲しかった。
この時のために、家にあった本を全て売って用意した「発情誘発剤」。
この国ではたとえ事故であっても、番になってしまえば責任をとるのが常識だ。
もしも一方的に番を解消することがあれば、そのアルファは周りに後ろ指を刺されることになる。
(ごめんなさい、いくらでも愛人作っていいから結婚だけしてください! というかもうお金だけ欲しい!)
祈るような気持ちで甘えるふりをして肩に頭をすり寄せた時。
「そこの浮気者、婚約者殿に言いつけるぞ」
涼やかな声と共に、隣を歩く男の体がピタリと止まった。
セルジュの肩を抱く手が緩み、色気たっぷりに微笑む口元が引き攣る。
二人で同時に振り返った先を見て、セルジュは目を見開く。
夜空を閉じ込めたような漆黒の髪と透き通る紫の瞳の美男子がそこには立っていた。
身長はセルジュより頭一つ分も高く、正装をしていても鍛えていることが分かる体躯をしている。
間違いなく、アルファだろう。
「カルロス、こういう場でそれを言うのは」
「こ、婚約者?」
ため息をついている隣の男の言葉を遮り、セルジュは唖然とカルロスと呼ばれた美男子の言葉を復唱する。
カルロスは目線をセルジュに向けた。
生真面目そうに眉間の寄せられた紫の瞳は、戸惑う緑の瞳と視線を交え、ふんわりと柔らかい色に変わる。
「やはりご存知なかったんですね、美しい人。そいつには近々結婚の予定があるんですよ」
「け、結婚の……ご予定ですか……」
「結婚前に少し羽を伸ばしておこうという親友を見逃してくれないか?」
「それならこんなに清らかな人を誑かすのは良くないな」
戸惑うセルジュを他所に、アルファ同士で火花を散らしている。
どちらも笑みの表情だが、纏う空気は全く穏やかではない。
特にカルロスの威圧感は、有無を言わせぬものであった。
隣に立っていた男は諦めたように肩をすくめると、セルジュの手の甲にキスをして軽やかに去っていった。
(あ、危なかった)
甘ったるい香りが遠ざかって、大きく息を吸う。
懲りずに若い女性に声を掛けている様子を見ながらセルジュは鼓動の早い胸を抑えた。
さすがに、結婚の予定がある人を無理矢理番にしてしまうのは気が引ける。
上手く事が運ばずにがっかりするとともに、どこかほっとする自分がいた。
相手を騙し討ちするやり方は、やはり気持ちが重たい。
(でも、そんなこと言ってられないし次こそは)
「差し出がましいかと思ったんですが」
決意を新たにしているところで、カルロスが眉を下げ、一歩近づいてきた。
おそらく、どうするべきか悩んでから声を掛けてくれたのだろう。
セルジュは微笑みを浮かべて首を左右に振る。
「いえ、とんでもない過ちを犯すところでした」
誠実で正しい行動だったと思うし、心からの感謝だった。
しかし、また相手を探さねばならないという不安も頭をチラつく。
目の前にいる青年はアルファには間違いないだろうが、身元が分からない。
どのように探りを入れようかと頭を巡らせていると。
カルロスがスッと手を差し出してきた。
「気持ちを切り替えるお手伝いになれば」
「ありがとうございます。カルロス様」
優雅で流れるような仕草に見惚れ、自然とその手をとってしまう。
力強い腕に腰を抱かれて踊る時間は、まるで夢のようだった。
優しく見つめてくれる紫の瞳に温かい手、逞しく広い肩に厚い胸板。
そして何よりも、ふわりと鼻を擽り心を騒めかせるアルファのフェロモン。
新鮮な果実のような爽やかさは、セルジュ好みの香りだった。
(なんだろう……どこか懐かしい……)
ゆったりとしたテンポの曲に変わり、ピタリと体を寄せながら。
ついさっき出会ったばかりの相手とのこの時間が、ずっと続いて欲しいと感じた。
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