星は夜に抱かれ光り輝く〜人の顔がお金に見えちゃう貧乏貴族オメガは玉の輿にのりたい!のに苦学生アルファに恋する?〜

虎ノ威きよひ

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一張羅が!

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 なんとか持ち直そうと、コホンと軽く咳払いをする。

「お恥ずかしいです。もっと現実を見なければいけないのに」
「現実、ですか」
「はい、そろそろ結婚相手も……」

 そこまで口に出して思い出す。
 自分がここに何をしに来たのかを。
 何故わざわざ発情を促す薬を、大切な本を売ってまで手に入れて持ってきたのかを。

(結婚相手を探さないと!)

 突然言葉を切って黙ってしまったセルジュの言葉を待ってくれているカルロスから目を逸らす。

 カルロスと一緒にいると、初対面なのに落ち着く上になんでも話せる雰囲気で。
 穏やかに弧を描く整った顔を見ていると胸がときめくし、醸し出されるフェロモンは永久に吸っていたいほど。
 はっきり言ってもうすでに恋の種が心に植えられてしまっている自覚はあるが。

(お金……っ)

 残念ながら聞いた話ではどう考えてもカルロスと結婚することはできない。
 家族と領民のために、財政を立て直す目標を捨てることはセルジュにはできなかった。

 本来であれば、きちんと金策を練り国や周辺の領に助けを求めるべきなのは分かってはいる。
 だが、そのための駆け引きの方法をセルジュは知らなかったし誰も教えられる者は居なかった。

 セルジュのぐるぐると重い心の内は無意識に表情にも現れており、カルロスが気遣わしげに口を開きかけた。
 だがそこに丁度、

「お二人とも、楽しんでいらっしゃいますか?」

 と、鈴が転がるような声が話しかけてくる。
 このパーティにセルジュとカルロスを招待した伯爵令嬢だ。
 背中まで波打つ赤毛によく似合うエメラルドグリーンのドレスを閃かせ、人好きする笑顔で二人の前にやってきた。

 スッと差し出された赤色が揺れるグラスに、セルジュはカチンと自分のグラスを合わせる。

「うん、招待してくれてありがとう」
「楽しませていただいてます」

 同じように、カルロスもグラスを重ねた。
 学校でもこのようなイベントがあるのだろうか。
 流れるような仕草は本物の貴公子と比べても遜色なく、高貴な雰囲気を纏っている。

(アルファだから、きっと飲み込みも早いんだな)

 カルロスと話し始めるまでは、ボロが出ないようにずっと気を張っていたセルジュは羨ましかった。
 見た目はいつも褒められるが、ちょっとしたことで田舎臭さが出ていないかといつも緊張しっぱなしだ。

 そんなセルジュの気持ちには気がつかない伯爵令嬢は、二人を見比べて嬉しそうに顔を綻ばせる。
 薔薇色の唇の間から白い歯を見せて、楽しげに声を弾ませた。

「お二人が並んでいると絵になりますわね! 仲良くなってくださったなら、招待した甲斐があったというもの……っきゃ!」

 小さく声を上げて、ぐらりと揺らいだ伯爵令嬢の体をセルジュは咄嗟に支える。
 胸に冷たい物がかかるのを感じながら伯爵令嬢の後ろを見ると、男性が軽く謝罪して通りすがって行った。

 人が多い場所ではよくある事だ。
 目くじらを立てるほどのことではない。
 伯爵令嬢も、

「驚きましたわ……ありがとうございますセルジュ」
「君が無事で良かった」
「でも、服は着替えた方が良さそうですよ」
「へ?」

 紳士的な笑顔を向けたセルジュだったが、続いたカルロスの言葉に慌てて自分の姿を見下ろした。

 涼やかな水色の上着も、その下の白いブラウスも。
 一部が真っ赤に染まっている。
 伯爵令嬢の持っていたグラスの中身を、セルジュは全て服で受け止めてしまったのだ。

「まぁ! わたくしとしたことが、なんてことを!」
「大丈夫だよ、このくらい」

 真っ青な顔になる伯爵令嬢を前に暗い表情をするわけにはいかない。
 強張りそうな顔をなんとか笑みの形にし、セルジュは落ち着いた声を出して彼女の肩に手を置いた。

 だが当然、本音では。

(うわぁああん! 一張羅がー!!)

 と悲鳴を上げている。
 なんと言っても、セルジュの家は財政難なのだ。
 セルジュは季節を問わずにこの服で、全てのパーティに出ていたのだから。
 ワインのシミがきちんと落とせるのか、頭の中で半泣きで考える。

 すると、セルジュの家の状況を知っている伯爵令嬢がギュッと手を握ってきた。
 真剣な眼差しが、セルジュの緑色の瞳を射抜く。

「着替えを用意します。もちろんそのまま差し上げますわ。別室でお待ちくださいませ」

 彼女は「別室」の場所を説明すると、足早に使用人と思しき男性に声を掛けにいった。
 遠慮をする隙もなく戸惑っているセルジュを見ていたカルロスは、安心感のある余裕のある声と共に笑いかけてくる。

「手伝いますよ」
「ひ、一人で着替えられます!」

 男同士といえども、番でも恋人でもないアルファに手伝ってもらうのは気が引ける。
 勢いよく首を振るセルジュの金色の髪を、カルロスはそっと撫でた。

「では着替えが来るまでご一緒します。一人で個室にいるのは危ないですから」

 光の強い紫色の瞳に諭され、確かにその通りな気がしてセルジュは頷いた。
 
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