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体が勝手にってやつだ※影千代目線
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「おい、聞こえるか!」
影千代がディランの耳元で呼びかける。
ピクリと耳が反応を示しただけで、しなやかな筋肉のついた鍛えられた体は、ただ草の上に寝そべっているだけだ。
影千代はディランの胸に耳を当てて心臓の音を確認する。
問題なく動いているが、口元に手をやり腹部の動きを見れば呼吸はしていなかった。
直ぐに気道を確保するために額を抑え、顎を上げる。
影千代は、色を失ったディランの唇を覆うように自分の唇を触れ合わせ、ゆっくりと息を吹き込む。
「げほっ……!」
二回息を吹き込んだところで、ディランは水を吐き出した。
横を向いて何度も咳き込むディランに肩を撫でおろした影千代は、濡れて頬に張り付くダークブロンドの髪に指先で触れる。
「話せるか」
「あー……」
覗き込むと、瞼が薄く開き金茶の瞳が姿をあらわした。
冷えて青白くなった手がゆっくりと唇に移動し、今の状況について考えを巡らせているようだ。
「雌なら良かったのに」
「贅沢言うな」
助けられたのだと気づいた様子のディランであったが、掠れた力のない声で出てきたのは不満そうな台詞だった。
しかし影千代は、憎まれ口を叩く元気があるのだと安堵してついつい笑ってしまう。
緊張の糸が切れそうなのを堪えて、ディランの肩に腕を差し入れて抱き起こす。
「じ、自分で起きれるって……!」
「ディランさまー!」
慌てて身を捩ったディランであったが、五人の子どもたちが勢いよく飛びついてきた衝撃で言葉を切る。
影千代の指示で取りに行っていたディランの衣服を押し付けるようにしながら、子どもたちは泣きわめく。
子どもたちの中でも濡れている頭の子を特に重点的に撫で、ディランは僅かに綻んだ口元をすぐに引き締めて眉間に皺を寄せた。
「ったく、気をつけろよ。ふざけて橋の手すりに乗ったりしてたんだろ」
「お前こそ、泳げないのに何故川に入ったんだ。私が居なかったら全員死んでたぞ」
常は涼し気な声のディランが低音を出して戒めようとしていたが、子どもたちが返事をする前に、それ以上の威圧感のある声で影千代が割り込んだ。
「いやお前……叱る順番ってもんがあるだろ……」
「その子供たちは言わなくても十分に反省している。お前はしていなさそうだ」
ディランは改めて子どもたちを見下す。
影千代の言う通り、目に涙を浮かべる姿からは猛省している様子が見て取れる。少なくとも今回の恐怖が薄れるまでは同じことはしないだろう。
そうなると、ディランは影千代の問いに応えるしかない。
だが、濡れて落ちてきた前髪を掻き上げながら目線を彷徨わせてしまう。
「んー……あれだ。体が勝手にってやつだ。気がついたら飛び込んでた」
返答もハッキリはしない。
本当に言葉通りなのだ。
影千代も似たようなものであったが、泳ぎには自信があってのことだった。
「しかし俺、あんなとこまで泳げたんだな。訓練した甲斐があった」
「……あそこまで泳げたことが逆に問題なんだが……」
泳げないと足を止めてくれれば、影千代は三人を助ける構想を頭で練りながら動いただろう。
無駄に深いところまで泳げてしまったせいで、決して軽くないディランを背負って泳ぐことになったのだ。
ディランの後先考えない行動には言いたいことが募るが、子どもの前で皇子をこれ以上責めることは躊躇われる。
何より、水浸しの美しい顔で脳天気に笑っているディランに力が抜けた。
先ほどまで死にかけていたというのに、自覚がないのだろうか。
仕方なくこの件については口を噤むことにした影千代は、ディランのものと共に子どもたちが持ってきていた着物を羽織る。
「……ところで、何を言おうとしてた?」
「ん?」
「川に飛び込む前」
「あー……忘れた……」
特に重要なことではないだろうと分かっていながら聞いたが、目線を逸らされてしまった。
顔色が悪かったはずの頬に僅かに朱が混じる。
『お前の国は……』
会話の流れを考えると「どんなところなのか」と続く予定だったのだろう。
照れるような内容でもないのに、ディランはその話は終わりにしてしまった。
初めて祖国の事に興味を示したディランの質問に答えられないことを、影千代は残念に感じた。
影千代がディランの耳元で呼びかける。
ピクリと耳が反応を示しただけで、しなやかな筋肉のついた鍛えられた体は、ただ草の上に寝そべっているだけだ。
影千代はディランの胸に耳を当てて心臓の音を確認する。
問題なく動いているが、口元に手をやり腹部の動きを見れば呼吸はしていなかった。
直ぐに気道を確保するために額を抑え、顎を上げる。
影千代は、色を失ったディランの唇を覆うように自分の唇を触れ合わせ、ゆっくりと息を吹き込む。
「げほっ……!」
二回息を吹き込んだところで、ディランは水を吐き出した。
横を向いて何度も咳き込むディランに肩を撫でおろした影千代は、濡れて頬に張り付くダークブロンドの髪に指先で触れる。
「話せるか」
「あー……」
覗き込むと、瞼が薄く開き金茶の瞳が姿をあらわした。
冷えて青白くなった手がゆっくりと唇に移動し、今の状況について考えを巡らせているようだ。
「雌なら良かったのに」
「贅沢言うな」
助けられたのだと気づいた様子のディランであったが、掠れた力のない声で出てきたのは不満そうな台詞だった。
しかし影千代は、憎まれ口を叩く元気があるのだと安堵してついつい笑ってしまう。
緊張の糸が切れそうなのを堪えて、ディランの肩に腕を差し入れて抱き起こす。
「じ、自分で起きれるって……!」
「ディランさまー!」
慌てて身を捩ったディランであったが、五人の子どもたちが勢いよく飛びついてきた衝撃で言葉を切る。
影千代の指示で取りに行っていたディランの衣服を押し付けるようにしながら、子どもたちは泣きわめく。
子どもたちの中でも濡れている頭の子を特に重点的に撫で、ディランは僅かに綻んだ口元をすぐに引き締めて眉間に皺を寄せた。
「ったく、気をつけろよ。ふざけて橋の手すりに乗ったりしてたんだろ」
「お前こそ、泳げないのに何故川に入ったんだ。私が居なかったら全員死んでたぞ」
常は涼し気な声のディランが低音を出して戒めようとしていたが、子どもたちが返事をする前に、それ以上の威圧感のある声で影千代が割り込んだ。
「いやお前……叱る順番ってもんがあるだろ……」
「その子供たちは言わなくても十分に反省している。お前はしていなさそうだ」
ディランは改めて子どもたちを見下す。
影千代の言う通り、目に涙を浮かべる姿からは猛省している様子が見て取れる。少なくとも今回の恐怖が薄れるまでは同じことはしないだろう。
そうなると、ディランは影千代の問いに応えるしかない。
だが、濡れて落ちてきた前髪を掻き上げながら目線を彷徨わせてしまう。
「んー……あれだ。体が勝手にってやつだ。気がついたら飛び込んでた」
返答もハッキリはしない。
本当に言葉通りなのだ。
影千代も似たようなものであったが、泳ぎには自信があってのことだった。
「しかし俺、あんなとこまで泳げたんだな。訓練した甲斐があった」
「……あそこまで泳げたことが逆に問題なんだが……」
泳げないと足を止めてくれれば、影千代は三人を助ける構想を頭で練りながら動いただろう。
無駄に深いところまで泳げてしまったせいで、決して軽くないディランを背負って泳ぐことになったのだ。
ディランの後先考えない行動には言いたいことが募るが、子どもの前で皇子をこれ以上責めることは躊躇われる。
何より、水浸しの美しい顔で脳天気に笑っているディランに力が抜けた。
先ほどまで死にかけていたというのに、自覚がないのだろうか。
仕方なくこの件については口を噤むことにした影千代は、ディランのものと共に子どもたちが持ってきていた着物を羽織る。
「……ところで、何を言おうとしてた?」
「ん?」
「川に飛び込む前」
「あー……忘れた……」
特に重要なことではないだろうと分かっていながら聞いたが、目線を逸らされてしまった。
顔色が悪かったはずの頬に僅かに朱が混じる。
『お前の国は……』
会話の流れを考えると「どんなところなのか」と続く予定だったのだろう。
照れるような内容でもないのに、ディランはその話は終わりにしてしまった。
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