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満更でもない、どころか

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 結婚式から二ヶ月ほど経った頃、ディランはパーティ会場の端のテーブルで大きな溜息をついていた。

 現在、盗賊団の根城を突き止め、壊滅させることに成功した祝勝会が催されている。
 晴れやかな音楽が奏でられ、パートナーと共に出席した兵士たちが楽しげにダンスに興じる。

 それにもかかわらず、ディランは頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。
 美しい髪がテーブルに流れ、耳はしょんぼりと寝てしまっている。
 ずっと追っていた盗賊団をお縄にした功労者に似つかわしくない姿だ。

 同じテーブルに座る将軍のファルケと、今回ハイエナ族の幹部から盗賊の根城を聞き出した拷問官のヴォルフは、そんなディランの話を一通り聞いてからほーっと息を吐く。

「つまり、口付けを交わしてからまともに顔が見られなくなったと。貴方、本当にあの色好みで手当たり次第に雌に手を出していたディランと同一人物ですか」
「重症だな」

 幼いころからディランを知っている二人は、完全に参ってしまっているディランの頭を信じられない心地で眺めた。
 ディランはヴォルフの言葉が、巨大な石になって頭に伸し掛かって来るような錯覚を起こして唸った。

「うるせぇ。俺だってわけわかんねぇんだよ。なんか、変に意識しちまって……くっそやりずれぇ」

 盗賊討伐の後の口付けから、影千代とはほとんど会話をしていない。

 いや、していないのではなく出来ないのだ。

 姿を見かけただけで鼓動が早くなり、あの青い瞳に見られているだけで顔に熱が集まる。
 声をかけられる前に逃げてしまう生活を送っていた。
 ディラン自身も初めての経験で、自分に何が起こっているのかさっぱり分からない。

「二人の様子がおかしいとは思っていたが、キス如きでお前が……」

 ファルケはまだ奇妙なものを見る目をして腕を組み、椅子の背にもたれ掛かる。
 仲睦まじい番いだと思われているほどに打ち解けてきていた分、周囲に与える違和感は尋常では無かった。
 当然、影千代本人も避けられていることには気が付いているだろう。

 ただただ目を瞬かせているファルケとは違い、ヴォルフは青いアルコールの入ったグラスを傾けながら肩をすくめる。

「そもそも結婚しているんですし、伴侶を好きになっても何の問題もないのでは?」
「は? 好き? んなわけねぇだろ」
「そんなわけないわけないだろう」
「今の話を客観的に思い返してください」

 心外な言葉だと慌てて顔を上げて反論したが、友人両方ともに容赦なく言葉を被せられてしまう。
 ディランの心境映像は、正論の大岩にぺしゃんこにされている状態だ。

 再びテーブルに頬を付けるディランに、ヴォルフは涼しい顔をして眼鏡を指で直す。

「キスをされてまともに会話が出来なくなった、と言いましたね。もしもあなたが不快に思ってそうなっているならば、キスをした瞬間に影千代殿と殴り合いにでもなっているはず。違うということは不快ではないどころか」
「分かった! 分かったからもうやめろ! ここは拷問室か!」
「これしきで拷問などと甘ったるい」

 グラスを空にしたヴォルフは乾いた笑いを見せる。ファルケは苦笑いするだけだった。
 耳を両手でペタンと押さえたディランは、この雄の取り調べを受けることがあれば全力で逃げようと心に誓う。
 冗談はさておき、とヴォルフは続ける。

「立派な方です。別に好いて恥ずかしい相手でもないでしょう」
「影千代殿も満更ではなさそうに見えるがな」
「そりゃ……」

 事も無げに言う友人二人の言葉を、まだディランは上手く受け入れることが出来ない。

 だが、認められないだけで本当は分かっている。
 初めて会った時から、どこか見下されているように感じていた。
 それはディランが自分よりも体が大きく、雄を感じる影千代に対して覚えていた劣等感のせいだと最近気が付いた。

 気が付いてからは、あの苦手だった微笑みが、実はとても温かい意味の篭ったものなのだと思うようになる。
 慈しむような、愛しいものを見るような、そんな視線だ。

(満更でもない、どころか)

 ディランの自惚れでなければ、影千代の心はもう決まっているのだろう。

 長いダークブロンドの髪の両側をぐしゃりと握ると、落ちた髪が口元を隠す。
 ずっと仄かに色づいていた顔が、決定的に朱に染まった。
 目元しか見えない状態になっても隠すことは出来なかった。 

「あんな俺より雄らしくて何でも出来る上位互換みたいなやつ、認めるのが悔しい」

 金茶色の瞳が揺れる。
 いつもは太陽のように燦然と輝く端正な顔が、今は雨に濡れた花のような繊細さを見せていた。

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