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39話
しおりを挟む「うまくいってラッキーだったな!」
「いい作戦だった。」
「いやいや、リュウのナイフと蹴りのおかげだよ。」
2人は子どもたちと手を繋ぎ、道を小走りしながら笑い合う。
計画を考えたのはミナトだった。
連れてこられた時の「商品を雑に扱うな」という言葉から、おそらく自分たちが傷つくのは困るだろうと考えたのだ。
案の定、自分より弱いと思っている相手になんの警戒もなく止めに入ってきた。
ミナトの作戦では、壁に頭をぶつけて気を引こうととしていたのだが。
「それでは本当に怪我をしてしまう。」
と、ケンリュウが止めたのだ。
「でも他に方法あるか? 俺なら多少大丈夫だよ。」
あざの1つや2つは幼いころから日常茶飯事だった。少し傷でも作って見張りを慌てさせてやろうと言う気持ちだったのだが、ケンリュウは眉を顰めて首を横に振った。
そして、金の髪留めを外す。
サラリと肩に艶やかな髪が掛かる動きに、ミナトは目を奪われた。
その飾りは手の中で光ったかと思うと、金の柄のナイフに姿を変える。
王族であるケンリュウは、身につけているものの中にいくつか護身用の武器を隠し持っていたのだ。上級の魔術師があつらえた物だろう。
武器があろうとも、小さなナイフでは男たちに勝てまいと思い、隠していたらしい。
「これで傷つけようとするふりだけしてくれ。」
差し出されたナイフを恐々と握りしめて、芝居を打ったのだった。
そのナイフは、今は再びケンリュウの後頭部に戻って青い髪を纏めている。
先が見えにくく薄暗い道は、曲がり角が多く迷路の様に入り組んでいる。逃げ出した人間がすぐに出られないようになっているのだろう。
ミナトはカズユキに与えられた指輪で、その他の5人はケンリュウの腕輪の魔石の力で防御の魔術に包まれている。少しのことでは傷つく心配はない。
それでもミナトたちは慎重に、曲がり角では止まって様子を伺う。
人がいない方に進むつもりだったが、そもそも道に人はいなかった。
ミナトとケンリュウは知らなかったが、カズユキたちが建物内で暴れていたために見張りの2人を残して応援に向かったのだ。
疲れてしまうだろう子どもたちに歩調を合わせ宥めながら、勘を頼りに全員で歩いて行く。
「なぁ、なんでセイゴウさんのやってることをここまでして探っちゃったんだよ。」
歩きながら、ふと疑問に思っていたことが口をついて出た。
話すことで不安を紛らわせたかったのもある。
ミナトの感覚では、セイゴウがケンリュウに言った通り、一国の王子が気にするような事件ではない。いや、正直に言うと気にかけてはいただきたいが、王族が直接行動に移すところまでは行かないだろうと思う。
問われたケンリュウももちろんそれは承知していた。周囲への警戒を怠らないよう気を張りながらも、目線を彷徨わせる。
「…それは、その…そうだな…どうしても気になった、というか…」
歯切れの悪い返答だ。
心なしか、白い肌が赤く色づいている。
それだけでミナトはピンときた。
「…もしかして、セイゴウさんのこと好きなのか?」
元々ミナトの勘が鋭いのもあるが、色恋沙汰に敏感な年頃なのだ。
一刻も早く脱出しなければならない緊迫した状態のはずなのに、口元を楽しげに緩める。
具体的な言葉にされたケンリュウの顔は、今度こそはっきりと赤くなる。
消え入るような声を落とした。
「…頼むから他言するなよ。」
「言う相手がいないから。そうかー、怖そうだけどかっこいいもんな。」
知らなかったこととはいえ、第二王子に対して礼をとらなかった自分の頭を強制的に下げさせた男の顔をミナトは思い出す。
命を狙われていると思っていた時はただただ恐ろしかったが、本当は助けようとしてくれていたと聞いて好感度が上がっていた。同じ孤児院の出身だというのも親近感が湧き、人懐っこいミナトは勝手に遠い親戚のようなものだと思っている。
ケンリュウは恥じらいながらも小さく頷いた。
「それに、私のことをすごく大切にしてくれるんだ。」
幼いころからさまざまな大人と関わって過ごしてきたケンリュウは、相手の気持ちがこちらに向いているかいないかを察することができた。
大人の欲に巻き込まれることも多い立場上、必要な能力でもある。
これまでの第二王子近衛騎士隊長は、優秀かつ野心家の者が多かった。職務に集中しケンリュウを大事に扱ってくれていたが、いつももっと上を見ているのが幼い彼には伝わっていた。
彼らが守っているのはあくまで「第二王子」なのだ。
「セイゴウはいつでも『私』を見てくれている気がして…好きなものとか苦手なものもすぐに覚えてくれたし…その、兄上のことより優先してくれたり…」
「王太子様?」
「そう。次期国王になるべき素晴らしい方だ。」
例えばケンリュウの兄である王太子が、気まぐれにセイゴウに剣の稽古をしてくれないかと誘ったとする。セイゴウはケンリュウと魔術の稽古へ向かわねばならないと断ってくれるのだ。
人格者である王太子はそんなことで気を悪くしたりはしないのだが、今までの騎士であればすぐにそちらを優先した。それは当然のことなのだと、ケンリュウ本人も疑問には思っていなかった。
初めて兄の申し出を断っているのを見た時には驚きすぎて「本当に良かったのか」と何度も確認してしまったものだ。
「でも、セイゴウは『私はケンリュウ殿下の近衛騎士です。貴方が第一優先に決まっております。』と。分かっているんだけどな。仕事だからそうしてくれるってことは。でも仕方ない…って、どういう顔だそれは。」
話がひと段落しそうなところで曲がり角につき、足を止める。
ふと顔を上げると、ミナトは口角は上がっているのに眉は下げた、楽しそうでもあり悲しそうでもある不思議な表情になっていた。
「いや、分かるなぁって…なんか、自分が相手にとって特別かも、とか一瞬でも勘違いしちゃうともうダメだよなー…ただの義務感なのに…」
目を凝らして左右を確認しながら掠れた声を出すミナトを、ケンリュウはじっと見つめる。
「いるのか? そういう相手が。」
「うん、告白する前にフラれたけど。」
「私も似たようなものだ。」
お互いに、叶わぬ恋をしているのだと少年たちは切ない微笑みを向け合った。
短い期間で急激に友情を深めている2人。共通点というのは、更に絆を強固にする。
「あ、あっちじゃないか?」
ミナトの耳がかすかに聞き覚えのある人の声を拾った。
そちらに目を向けたケンリュウは漂ってくる金属が混ざり合ったような臭いに、足を進めるのを躊躇する。
「これは…血の匂い、か?」
「気味悪いけど行くしかねぇよ! 危なそうだったら引き返すから、しっかり手を握ってろよ!」
ミナトの言葉に、子どもたちはしっかりと自分たちよりも大きい手を握りしめた。
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