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43話
しおりを挟むセイゴウの魔術でミナトたちが移動するのを見届けたカズユキとコウ。
2人はほぼ同時に、フッと肩を撫で下ろした。
そのことに互いが気がつき、目線を合わせる。
「さーて、今回も一件落着だな」
「ああ」
口角を上げながら肩を叩くカズユキに、コウは頷いて口元を緩める。
「お互い、生きてて良かったな。帰るか」
「ああ」
一歩間違えれば命がなかった。
最後の建物の倒壊もだが、大量の魔獣たちの攻撃もなかなかのものだったのだ。
厄介な魔獣からコウが潰していってくれたから、カズユキもセイゴウも周囲に意識を向けて戦えたのだ。
改めて、コウが仕事の相棒として隣にいてくれることのありがたみを噛み締める。
「……なんか、言わねぇのか?」
肩から手を離すと、それをそのまま上げて伸びをし、ボソリとカズユキが呟く。
取りこぼす事なく言葉を拾ったコウは、読めない表情で首を傾げた。
「何がだ?」
その声も態度も、あまりにもいつも通りで。
先ほどミナトに「渡さない」などと言っていたのはなんだったのか、と少しモヤモヤした。
今であれば、彼の気持ちを素直に受け入れることが出来そうだとカズユキは思っていたのだ。
「あー……いや、なんでもない」
「……」
明らかに何か言いたげに目線を彷徨わせたカズユキだったが、腕を下ろすとそのまま歩き始めてしまう。
コウは気付かれないように溜息を吐くと、何も言わずに後を追うことにした。
家までの道中、並んで歩く褐色の端正な顔を横目で見上げる。
切長の目に男らしく通った鼻筋、大きな体に見合ったしっかりとした輪郭。
カズユキの煌びやかさとはまた違う、剣闘士時代は男女問わず惹きつけて人気だった容姿。
コウも年齢不詳の外見で、出会った10年前と変わらないようにカズユキには感じる。
当然、実際に並べて見ることが出来れば、2人とも変化しているのだが。
(より取り見取りなのに、10年も俺のこと追っかけてんのか……)
理解はしていた。
どう考えても、2回も断っておいて向こうからまた告白してほしいと思うのは虫が良すぎると。
それでもこの男は本当に後5年待てば、言ってくれる。
カズユキは無意識に、指先で唇に触れた。
今、欲しいのであれば。
自分から、今、言うしかない。
暗い道で、真っ直ぐ前だけを見ながら拳を握り締める。
「なぁコウ」
「なんだ」
「お前、俺のことまだ好きなのか」
この話題をカズユキから出すのは初めてのことだった。
常日頃の調子で、軽薄に聞こえるよう出された声の僅かな揺らぎを、コウは聞き逃さない。
すぐには返事をせず、カズユキの顔を斜め上からジッと見下ろした。
不自然なまでのポーカーフェイスが目に入り、コウの胸の内で期待が芽生える。
「何を今更」
肯定の意を含む言葉に、カズユキの体がさらに緊張する空気を纏う。鋭いコウに隠すことは出来ないと諦めて、手を開いたり閉じたりして落ち着かない様子が現れ始めた。
「俺が、もし…もしだぞ? 好きだって言ったら気持ちが冷めたりしないか?」
カズユキが最も恐れていることはそれだった。
10年も待ち続けるのは、本人も気がつかないうちにただ意地になっているだけかもしれないと。気持ちに応えてしまったら、コウは満足してすぐに離れていってしまうのではないかと。
手に入れたら要らなくなってしまう。よく聞く話だ。
カズユキはうるさいほどに鳴る自分の心臓を聞きながら返事を待つ。
気持ちを疑われていると受け取ったコウは心外に思って眉を顰めた。
「何が言いたいんだ」
質問の答えにはなっていないが、声色から否定していることが伝わる。
この気持ちは、もっと重いと。
「つまりその…やっぱりいい。これからも良い相棒で」
「カズユキ」
結局、話をはぐらかして早足で前へと出る。コウは逃げようとする後ろ姿に低い声で呼び掛けた。
痛いほどコウの気持ちを分かっているカズユキだったが、自分からはどうしても一歩が踏み出せなかった。
これまでの人生で心の伴わない体の関係を築きすぎて、真摯に向き合ったことがないのだ。
「……ミナト、すげぇ震えてたよ」
腕の中で涙を零すのを耐えて笑っていた、色違いの丸い瞳。
初恋だと言っていた。
若いからこそ出来る、当たって砕けた恋。
「カズユキ」
「流石の俺も、あんなガキの泣き顔みたらちょっとまぁ…そういう気分にもなったっつーか…」
ミナトは隠れているつもりだったが、彼がケンリュウに抱きついて泣いている姿はカズユキにもコウにも見えていた。
あの姿を見ておいて、それでも逃げようとしている自分をカズユキは恥ずかしく思う。
砕けることがない、安全地帯にいるのだ。
それでも、短い二文字がどうしても胸につっかえて出てこなかった。
ただボソボソと要領を得ない文言を並べている内に、家の入り口の前にたどり着いてしまう。
カズユキはそこで言葉を切って、流れるようにドアノブに手を掛ける。
しかし、ドアは鍵を開けても開かなかった。
後ろからコウがドアに手をついて押さえていたからだ。
「……」
カズユキはコウとドアに挟まれ、上から覗き込まれるような格好になる。誤魔化せなさそうな空気に焦りながら顔だけコウに向けた。
「家、入れねぇんだけど」
「言いたいことがあるならはっきり言え。お前らしくない」
予想通り、コウは話を終わらせる気は無いようだった。
10年間で初めての機会だ。当然の反応だ。
「家に入ってから言う」
「そうしたら、飯の後、風呂の後、眠いからまた明日って言うに決まっている」
「……そこまで俺のこと分かってんなら言わなくても分かるだろ……」
カズユキは肩も視線も落とす。
仕事のことならフットワークが軽いが、気が乗らないことはどんどん後ろ倒しにしてしまう悪い癖。
コウは10年間生活する中で、それをよく分かっていた。
「分からない」
「絶対分かってる」
互いに、言わなくても分かるようなことも増えてきている。
しかし、今回のことは、コウは断固として首を振る。
「分からない」
これだけは察してやるわけにはいかなかった。
都合の良い勘違いだったら、とコウの方も不安なのだ。
「……コウ、」
「お前の気持ちまでは、分からない」
強く、切ない眼差しが顔を上げたカズユキを射る。
一言だ。
なんとか一言搾り出さねばならない。
少年に、背中を押して貰ったのだから。
こんなにも求められているのだから。
「お前が好きだ」
本当に、それだけ。
それだけを伝えるのに10年かかった。
ようやく口から出た言葉を聞いたコウは、息を飲む。
その瞬間から、待ち侘びた言葉を何度も頭の中で反芻した。
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