【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
43 / 46

42話

しおりを挟む
 話は終わった。
 これ以上は、今は一緒に居られない。
 
(多分、全部言えた。悔いはない。大丈夫)
 
 両拳を握りしめ、自然と早足になっていく。
 孤児院まで送ってくれる予定のセイゴウのところまで行こうと周りを見渡した。
 忙しそうに部下に指示を出している姿が、倒壊した建物の近くですぐに見つかる。
 近衛騎士の制服は本当に目立つのだ。
 そのセイゴウのすぐ隣には、ケンリュウも立っているのが見える。
 その美しい顔は曇っているどころか、今にも雨が降り出しそうだった。
 自分がセイゴウのことが気になって行動したせいで、近衛騎士隊長を辞めてしまうかもしれないという不安からだろう。
 
 ミナトは自分の気持ちを振り払い、持ち前の明るい声で手を振った。
「リュウ! じゃ、ない……えと、ケンリュウ殿下!」
 もう、名前を隠す必要はない。隣のセイゴウが横目でこちらを見たことでそれを思い出し、慌てて訂正する。

 しかし、当のケンリュウはふわりと微笑んだ。
「リュウで良い。ミナトにはそう呼んで欲しい」
「そっか、じゃあリュウ。お疲れ様。お互い生きてて良かったな~」
 王子自らが望むのであれば、わざわざ畏まることもないだろう。公の場でもないのだ。

 喜びと安心で、へらっと気の抜けた顔になる。

「本当にな。……大丈夫か?」
「ん? 何が?」
 相槌を打ってくれたケンリュウの大きな瞳がじっと見つめてくる。
 ケンリュウの方が心配だったが、ミナトが話しかけたことで気が紛れているようだ。

 ミナトが首を傾げると、ケンリュウは手首を引っ張って場所を移動する。地下闘技場があった場所の隣の建物の陰で立ち止まった。
 口元を手で隠して声を落とし、戸惑うミナトの耳に直接話しかける。

「カズユキたちと、話していただろう?」

 想像以上に、ケンリュウは人の機微に鋭かった。明言はしていなかったにも関わらず、ミナトの思い人がカズユキであることに気がついている。
「うん……」
 おそらく、話していた内容も察しがついているのだろう。
 そう思うと、ミナトは隠す必要もなくなる。弱々しい声で頷くと、そのまま俯いてしまう。

 ケンリュウは、何も言わずにその背に腕を回した。
 先ほどのカズユキとは違い自分と同じくらいの体格のケンリュウを、ミナトは強く抱き締め返す。

「怖かった」
「ああ」
「不安だった」
「ああ」
「でもちょっと楽しかった」
「そうだな」
 ミナトはケンリュウの肩に顎を乗せ、ポツポツと整理するように言葉を落とす。
 言葉の前には必ず鼻を啜る音が混ざる。
 そのひとつひとつにケンリュウは、澄み切った声色で静かに相槌を打った。

「……もう少し、早く生まれたかった」
「分かるよ」

 例えば20年早く生まれ、出会っていたとして。
 カズユキとコウの関係を乱す存在になれるとは到底思わなかったが。
 それでも、もし今、大人だったならと想像せずにはいられない。
 カズユキには軽くあしらわれたとしても、コウはあんなにも穏やかに自分を見なかっただろう。
 それが、どうにも悔しい。
 
 大人への叶わぬ恋のやるせなさを分かち合えるケンリュウからの、心からの同意。

 耐えきれずに、涙が溢れてきた。

「リュウ~……」
「カズユキの前では泣かなかったな。偉かったぞ」
 肩に目元が擦り付けられるように、頭を柔らかく抑えられる。微笑みを浮かべながらゆったりと、白い手が赤い髪を撫でた。
 止め処なく流れる涙を、質の良さそうな衣服が吸い取っていく。
「服、汚れるぞ」
 心地よい温もりにずっと甘えたくなる気持ちをなんとか抑え、ケンリュウの方へと鼻と目が真っ赤になった顔を向ける。
 そうすると、長いまつ毛に縁取られた目がバサリと風が起こりそうな瞬きをする。
「洗うのは私じゃない」
「じゃあ遠慮なく……ってなるわけねぇ!」
 本気なのか王室ジョークなのか分からない言葉に、普段友人にするように強くツッコミを入れた。

 それからお互いに顔を見合わせる。

 どうやらふざけただけだったらしいケンリュウと2人で口を開けて笑う。
 一緒に過ごした、本当に少しの時間で、ケンリュウの表情がとても豊かになっている。
 
 ケンリュウがハンカチでミナトの顔を拭く。肌触りの良いそれは、白地に白い糸で繊細な刺繍が施されている。とても良いものなんだろうと感じつつも、ミナトはもう遠慮をしなかった。

 そうしていると、低音で2人の名を呼ぶ声が聞こえる。
「ケンリュウ殿下、ミナト。」
 揃って顔を向けると、セイゴウが歩いて近づいてくる。
「終わったか?」
「はい、ミナトを送り届けたら王都に帰ります」
 実はセイゴウはもう少し早くに、駐在騎士への指示を終えていた。
 ミナトたち2人の行動は視界の端で捉えていたため、タイミングを測っていたのだ。
 頭の堅い男だが、流石にそのくらいの空気は読んでくれる。

「セイゴウ、あの……」
 笑顔を引っ込めたケンリュウが、別人のように控えめに口を動かした。
 涙を拭ってくれた友人の手を、「次は自分の番だ」とばかりにミナトは握った。その温もりに勇気付けられながら、ギュッと強くケンリュウは握り返す。

「すまなかった。もうこんな馬鹿なことはしないから、だから…」
 緊張で乾いた口を一度閉じる。
 急かさず待っている深緑の片目をジッと見据えた。
 少し汗ばみ始めた手が震えるのを知っているのは、ミナトだけだった。

「辞めないで、そばにいてくれ」

 お前じゃないと嫌だ、と。
 真っ直ぐな言葉を投げかけた。
 セイゴウの心はすでに「辞職」を決めていた。
 しかし、その強く輝く紫色から、彼は視線を外すことが出来ない。
 無理矢理目を逸らすためにセイゴウは目を伏せる。そして重々しい声で返事をした。
「……それでは、私の気はすみません」
「……っ」
 ケンリュウはキュッと唇を噛み締める。

「ですが、陛下がもしもお許しくださるなら、貴方のお気持ちにお答えします」

 全ては父である国王にかかっている。だが、必ず辞めてしまうと言われなかったことは僥倖だ。
 必ず父を説得しようとケンリュウは心に決める。
「二度とこのような向こう見ずなことはなさらないでください」
 僅かに口角が上がった様子に、あくまでも厳しい口調でセイゴウは釘を刺す。
 それでも、ケンリュウは嬉しそうに頷いた。

「分かった!」
「良かったな~」
 ずっと隣で聞いていたミナトは、ケンリュウの体を抱き寄せた。ケンリュウは早くも晴れ晴れとした気持ちになってギュッと抱きしめ返す。
「ミナト」
「は、はい!」
 セイゴウは次はミナトへと視線を移した。
 王子への態度がなっていないと叱られるかと思ったミナトは、ケンリュウから体を離して背筋を伸ばして立った。
 しかし、叱責は飛んでこなかった。

「帰ったら院長も交えて話がある」

 ただそれだけを告げ、孤児院へ向かうための移動魔術を詠唱し始めた。
 今回の件の報告をする話ならば、わざわざ改まって宣言しておく必要もない。
 
 あまりの説明の無さに、ミナトとケンリュウは瞬きをして顔を見合わせた。
 
(なんだろう?)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

処理中です...